偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

田島列島『水は海に向かって流れる』感想


著者の田島列島先生のデビュー作『子供は分かってあげない』が好みドンピシャという意味において完璧パーフェクトな作品だったのでそもそも気になっていたのに加え、なんと映画化されて主題歌がスピッツだったので、もはや私の中では倍満みたいな感じで読まないわけにはいかず、読んだ。



高校進学を機に叔父さんの家に暮らすことになった直達。しかし引っ越しの日に駅に迎えに来たのは榊さんという女性だった。叔父さんは榊さんを含めた数人でシェアハウスをしていて、住人たちはみんな変人揃い。そして、「私、恋愛しないので」と言い放つ榊さん。実は直達の父親と榊さんの母親はかつてW不倫をしていて......。


という感じのボーイ・ミーツ・お姉さんなお話。

題材はシリアスで、親の不倫の影響で恋をしないと決めて自分の時間を止めてしまった女性と、彼女との因縁を知って謂れなき罪悪感を抱く少年という閉じた2人の物語。なんだけど、絵柄は柔らかく、会話も軽妙でほとんど常にゆる〜いギャグが連なっていて、読み心地は軽くて暖かいというギャップがいい。
しかし登場人物が「怒り」に対して不器用なことからも分かるように、現実なんてのは怒ってるからって「怒ってます!」って分かりやすく怒りを表明できるわけでもないし、そういう自分の中で確固とした感情と生活の折り合いをとりあえずでなんとなく付けてふわっと暮らしてる感じとかも逆に凄いリアルな気がして良いんだよなぁ。
映画版の主題歌がスピッツに決まったのでスピッツの歌詞から引用させてもらうと、「子供のリアリティ、大人のファンタジー」みたいな。ファンタジーっぽさすら感じさせるふわっとしたタッチと、描かれる感情のリアルさのギャップが凄い漫画です。

主人公の直達と榊さんがそういう感じでずっとモヤモヤを抱えていて、個人的に彼らよりも印象的だったいわゆる負けヒロインの楓ちゃんが切なさを一手に引き受けてる代わりに、ニゲミチおじさんや教授といった大人のキャラクターたちがほっこり可愛いのも安心感があって良いです。猫のムーちゃんも可愛いすぎる。

あとギャグが今時っぽかったりやけに古かったりするのもなんか作中年代がぼやける感じがして浮世離れした雰囲気を強調してるように思います。

主人公たちが若者らしい紆余曲折を経た後にある、タイトル『水は海に向かって流れる』を思わせる結末もとても素敵。あの一言のあの語尾とかがもう、最高。

しっかし、こういうクールっぽいけど実はお茶目なんだけど闇を抱えてるお姉さん好きすぎるんだけど著者はなんでここまで繊細な男心が分かるんだ。
いやしかし、榊さんのことをずっとお姉さんだと思いながら読んでたけど私より2つくらい歳下でした😇