偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『真夜中の詩人』感想

トクマの特選笹沢左保100連発、第4弾。



江戸幸デパートを経営する三津田家と、平凡なサラリーマン家庭浜尾家。富豪と庶民の両家から連続して生後間もない一人息子が誘拐される。犯人は身代金の要求をせず。
失意の母親浜尾真紀は単身、犯人一味と思われる「百合の香水の女」の行方を追うが......。


二重誘拐というトリッキーな発端から始まりますが、刑事が出てきて犯人と駆け引きしたりはせず。良くも悪くもいつも通り一般人が事件に巻き込まれて探偵役を務めざるを得なくなるっていうお話です。
なんせ犯人からの要求も特にないので、誘拐ものらしいサスペンスは望むべくもありませんが、その分主人公の真紀の視点によるドラマが楽しめます。
息子を奪われた母親で妻、妹を心配する姉、母親の秘密に迫っていく娘と、周りの人々との関係の中で色々な顔を見せながら、孤立しながらも奮闘する彼女そのものが読み進める推進力になっている気がします。

今読むと男と女観がやっぱりかなり古臭さの連打を繰り出してくるのでしんどいところはありますが、むしろそういう時代の空気に抵抗しようと足掻く普通の女性である真紀の姿が印象的。解決編の犯人と対峙する場面は、犯人を通して理不尽な社会を描いているようでもあり、そこに小さな反撃をするところには胸がすく思いがしました。

ミステリとしては、民間人が足で捜査して少しずつ犯人に近づいたり、かと思えば道が途絶えたり......という過程が面白いです。
登場人物それぞれに何かしら秘密があったりなかったりして、それが小出しにされる細かい意外性の連打、ですね。
一方で、誘拐犯の目的とかは今読むとそんなに新鮮味がないかも。この設定ならそんなことだろうとはなんとなく分かってしまいますからね。ただ、前述の通りそれをドラマに組み込むことでインパクトを強めているのはさすがです。

あと、毎度魅力的なタイトルの回収も今回はちょっと微妙。私の読みが浅いせいかもしれませんが、本筋のお話と詩の繋がりが弱い気がして......。これまで特選で出た3作品はどれも読後感とタイトルが=で結ばれてる感じだったのが、今回はそれはなかったかな、と。

そんな感じで、ミステリ面ではこれまでの作品群に比べてやや見劣りはするものの、しかしやはり読んでいて普通に没入してしまう良作でした。