偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』

ミステリランキングや賞で累計七冠を達成した超話題作。
著者のアンソニーホロヴィッツは推理ドラマなどの脚本やYAもの、ホームズや007のパスティーシュなども手掛けるベテラン作家だそうです。
ただ日本の読者にはやはり本作から始まる創元推理文庫からのオリジナルの長編ミステリの作品群で一気に認知されたんじゃないかと思います。
とにかく前評判も良く七冠も取ってるので人生ベスト級くらいの期待をして読んでしまい、それに対してはやや肩透かしなところや好きになれないところもあったのですが、しかしやはりとっても面白かったことは確かです。




これまで数々の難事件を解決してきた名探偵アディカス・ピュントだが、主治医に不治の病を宣告される。
そんな中、彼の事務所を一人の女性が訪れ、彼女の住む小さな村でお屋敷の掃除部が不審死を遂げた事件を調べて欲しいという。
残り少ない余命を思い一度は断るピュンとだったが、同じ村で屋敷の主人が惨殺される事件が立て続けに起きたことで、捜査に乗り出す決意をする


世界的に大ヒットしている「アティカス・ピュント」シリーズを担当する編集者の「私」。
上司から渡されたピュントシリーズ最終作の原稿を週末の楽しみに読む「私」だったが、そこから思いも寄らぬ事態に巻き込まれることに......。


という感じで、本書はフードニット長編ミステリの中に作中作としてフーダニット長編ミステリが丸ごと埋め込まれているという大胆な構成を取っています。
単純に一つの作品で2つのそれぞれ満足感のある犯人当てが読めるのでお得感があります。

まず作中作では、1950年代の田舎の閉鎖的な村で起きる事件が描かれています。
登場人物=容疑者たち全員が何かしら秘密や過去を抱えているのが俯瞰の視点から描かれることで、突き放すような不穏さがあるのが探偵小説としては良い雰囲気。
被害者がほとんどの登場人物に「死んでくれて良かった」と言われるタイプの人間なので、興味本位に野次馬気分で読めてしまうところなんかも、自分の心の冷えた部分を突きつけられるような感じがあります。

一方の現実パートは現代が舞台。iPhoneも出てくるし、仕事と恋の間で揺れる女性が主人公というアメリカのロマコメ映画みたいなノリが作中作とのギャップがあって面白いです。
そして、作中作と作中現実が絡み合っていく様......事件の手がかりが類似しているようなことから、作中作の作者の思惑とかまで......も面白く、1+1がちゃんと3くらいにまでなっています。
また、作中作の作者であるアランの心情が明かされることで、名探偵アティカス・ピュントの存在が忘れ難く胸に刻み込まれてしまうのも上手いと思います。

謎解きに関しては伏線回収がメインって感じで、意外性はそこそこあります。
伏線を元にした推論って感じで、思ってたよりロジカルではなかったのがちょっと物足りなく感じてしまいました。
また、終わり方もこれはこれとして楽しむものなんだろうけど、やっぱちょっと嫌な感じがしちゃうよな〜ってのがなくもないっす。

以下一言だけその辺についてネタバレで。

















































はい、ネタバレ。


死にゆく名探偵の最期の事件と、同じく死病に冒された作者というリンクがありつつ、作者は自作の名探偵を憎んでいたというのがなんとも後味の悪い真相ですね。

個人的には終盤の主人公スーザンの言動がなんか色々モヤモヤしてしまいました。ミステリとしての面白さは損なわれないものの、そのせいで本作を好きになりきれなかった気はします。
アランの真意を知ってみれば哀しいお話ではあるので、それをバッサリ切って捨ててしまえる冷たさと、そのわりに上司のことはちゃんと破滅させる変な正論の振り翳し方がとても嫌いです。
こいつが主人公だと思うと次作もちょっと嫌な気持ちで読まなきゃいけなそう(でもミステリとしてはとても面白かったので読みますが)。