偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

都筑道夫『やぶにらみの時計』感想

なんだかんだほとんど読んだことのなかった都筑道夫。この機会に読みました。



泥酔し、目が覚めると知らない家で眠っていた"きみ"。
「浜崎誠司」としての記憶はあるが、周囲の人々は自分のことを「雨宮毅」という会社社長として扱う。浜崎だった頃の妻や知人に会いにいくも、彼らは自分を知らないらしい。
"きみ"は自分を取り戻すべく東京の街を奔走するが......。


ある朝起きたら自分が別の人間になってしまっている......というあまりに強烈な発端の引きと、「きみ」という二人称で語られることにより読者もまたアイデンティティという地盤を失ったような気持ちで読めることでめちゃくちゃ引き込まれました。
あまりに理不尽な状況。とっかかりも分からないままに自分を探す過程そのものがとても面白い。
そんな謎の提示があまりに魅力的すぎて、解決は案外普通でちょっと拍子抜けしてしまうってのはあります。

ただ、本書の面白さは何よりも(この現実とは少しだけ異なる)東京の街を歩いていくことの妖しい愉しさだと思います。
私の好きな森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』などの作品に描かれる、ファンタジーの世界につまさきを突っ込んでる京都......の東京版でアダルト版みたいな雰囲気。

歩いていく中で出会うのは「殺し屋」と呼ばれる画家だったり、モヒカンのミステリオタクだったり、マシンガン江戸っ子トークのタクシー運転手だったり、奇妙な奴らどもばかり!
そういうアンダーグラウンド的な東京を巡り歩きながら、一方で敵(?)は大企業の重役連という嫌になるくらい現実的な奴らどもで、その辺のある種虚構の世界を旅しながら現実に戦いを挑むようなところがカッコよかったです。
関係ないと思うけど、殺し屋というワードや現実から遊離したような雰囲気に鈴木清順の『殺しの烙印』をちょっと連想したり。
出てくるものもジャズバーとかめんことか、レトロだったりモダンだったりするのも現代の私たちが読むとより異世界っぽく感じるのかもしれません。いいよね。
ただ、♨️(ラブホのことらしい)とか、キャバクラみたいなお店のノリは今読むとちょっと古臭くてダサく感じてしまうところかも。
ともあれ、半分夢の中をふらふらと自分自身を探し求めて歩いていくその道行き自体がめちゃくちゃ面白く、ミステリというくくりではなく何だかよくわからないごった煮みたいな魅力が楽しめる一冊でした。