偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『空白の起点』感想

今年の小説初読み!

トクマの特選より笹沢左保100連発その2です。


走行中の列車から、人が崖に飛び降りるのを見たと言う女性・小梶鮎子。飛び降りたのは彼女の父親だった。
同じ列車に乗り合わせた保健調査員の新田は、死んだ小梶に多額の保険金がかけられていることに気付き、保険金詐取目的の殺人を疑うが......。


『招かれざる客』に続き、こちらも面白かったです。

まずは冒頭の謎の提示が見事です。
列車がちょうど真鶴を通った時に、崖から人が転落し、目撃者と死者は父娘だった......という"偶然"。何かあるとは思いつつ、娘はその時列車内にいたから父親を突き落とすことなどは出来ない。彼女は何を知っているのか......?
そして、そんな謎めいた陰を背負う美少女・鮎子と、同じく過去の傷痕によって人生に失望する男・新田のキャラ造形がめちゃくちゃ良いんですよね。
お互いに相手は自分に似ていると感じて惹かれながら、一方では疑いの目で見なければならない......という哀しい関係。
そしてそこに噛んでくる負けヒロインの初子ちゃんも可愛いです。
醒めてる新田視点の三人称で描かれることで、どろどろしそうなところを作中の出来事から距離を取ったようなクールな読み味になっているのも凄く良い。
鮎子と新田が抱える闇......タイトルを借りれば「空白」の正体は......?というのが大きなテーマになっていて、真相が分かることで謎めいていたタイトルが強烈な印象を残してくれるあたり、小説として上手すぎます。
戦争を知らず、インターネットはまだないような時期に特有の「都会の中の孤独」というようなものも印象的でした。

皮肉な変転もなく葛藤もなかったとしたら、人生ほど退屈なものはないのだ

人生の深淵を覗いた者たちの物語の中でこの言葉が重く響きます。

もちろん、ミステリとしてもとても良かったです。
最近はなるべくノーガード戦法でミステリを読むようにしてるので、本作の2つの大きな意外性にはどちらも驚かされてしまいました。
とはいえネタとしてはベタなものではあります。しかし、そこを補うのが伏線の上手さですよね。序盤からさりげない描写が後から大胆に効いてくる。トリック自体は絵空事に近いくらいのものですが、物語と伏線という下支えがあるおかげで、さもありなんという感じがしちゃいます。
強烈すぎずさらりとした余韻を残す結末も、さらりとしていながらも後を引いて心に残ります。

以下少しだけネタバレで。


































序盤に出てくる「鮎子の水着姿が人気で......」というのが伏線だったのにも驚きですが、そこから、新田が鮎子を「征服したい」と思うところ、「母は美しすぎたのです」という鮎子のセリフまで一本筋が通ってくるのが見事。
兄の存在に完全にミスリードされて、鮎子と兄が通じていたというダミーの推理までは思いついたもののその先に驚かされてしまいました。
引っ張り続けた新田の過去が最後の最後にさらっと明かされるのも小粋な演出ですね。そして、新田と鮎子の空白の起点が語られると共に、この物語が初子にとっての空白の起点になる......という構図も綺麗。
事件の解決がミステリとして面白いだけでなく、人間ドラマもこうやってミステリっぽい技法で描いているところも凄いと思います。