偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

上間陽子『海をあげる』感想

先日、本屋大賞のノンフィクション本賞を取った作品ですが、それ以前に尊敬するフォロワーがブログに載せていたので気になっていた......というよりも、気にかかっていたのもあり、これを機にと思って読んでみました。

https://kamiyamautou.hatenablog.com/entry/2021/06/06/174835


夫と娘と共に沖縄に暮らす著者による食べ物や家族や子育てに関するエッセイ......という側面もありつつ、沖縄が置かれる基地問題や性暴力について自身の生活実感と聞き取り調査をもとに綴ったドキュメンタリーでもある一冊。

正直なところ、その内容の重さに、私のようにのうのうと生きている人間がお気楽にブログの記事のネタにしてしまっていいものかとも思いました。
しかし、本書はきっと私みたいな、「沖縄海きれ〜食べ物美味しそ〜行きた〜い」くらいのイメージしかない人に向けられたものでもあると思うので、そういう無知な者の立場から紹介してみたいと思い書いてみることにしました。


貧困や性暴力に晒される少女への聞き取り調査による著書もあるらしい著者ですが、本書はそう言った聞き取りによる部分も含めてあくまでエッセイのような、あるいは私小説のようなパーソナルな語り口で統一されています。
その語り口は軽妙でありつつも鋭い。
娘さんとの会話などは思わず声に出して笑ってしまうくらい温かなユーモアがある一方、社会の理不尽への怒りや、本書の最後の数行にわたる言葉には呪詛にも近い鋭さがあり、一度読んでしまえばもう読む前には戻れないような刺さり方をします。

沖縄には基地があること、辺野古の埋め立てのこと、女であるというだけで受けなければならない差別や暴力、そういったものに壊されてしまった人がまた近しい者に同じようなことをして連鎖していく絶望......。
頭の片隅で知ってはいても普段意識することがないのは、彼らが声を上げられないから。
それを良いことに知らないフリをしていることを突きつけられ、軽率に泣いたりつらいと思ったりするのも憚られる、罪悪感のようなものを感じました。

気軽に勧めるのは躊躇われますが、しかし多くの人に読んでほしい、そんな本です。