偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

殊能将之『殊能将之 未発表短篇集』感想

ハサミ男』や石動戯作シリーズなど7冊の著作を遺し、2013年に49歳の若さで亡くなった著者の、タイトル通り未発表短編集。

私の母校の隣にある名古屋大学のSF研の人だったり、亡くなった時に知ったけど親と同い年だったりと勝手に少し親近感を抱いてしまいます。そうでなくても、高校時代にハマって(短編を除く)著作は一応全て読んでいた作家さんなので、こういった本が出て文庫化までされたことは嬉しいです(とか言いながら今回文庫化するまで読んでなかった薄情なファン)。
ただ、読んだのが高校時代で今となってはほとんど内容も忘れてるし、当時よりは多少は読解力も付いてると思うので、いずれ全作再読してみたいです。

で、本書の内容はというと、デビュー前に書かれたという短編3本と『ハサミ男』刊行の裏話的な日記とを収録したものとなっています。
短編はデビュー前の習作のようなものではありつつ、奇抜な着想や皮肉っぽいユーモア、どこか上品な文体といった作風は出来上がっています。
どの話もミステリっぽさは薄く、いわゆる奇妙な味っぽい内容で、こういう指向の短編集とかも飲んでみたかったなぁと思わされます。





「犬がこわい」

私も犬が怖いので、冒頭の犬嫌いによる独白からして「わかるわかる」と引き込まれてしまいました。
犬が平気な人はこれ読んでどう思うんだろう。「そんなことある?」とか思われそうだけど、犬を避けるために迂回するとかめちゃくちゃわかるのでトホホ笑いしながら読みました。
本書の3篇のうちこれだけはミステリとしても読める話で、「犬嫌いの隣人がなぜ犬を飼っているのか?」という謎が、隣家の犬の不気味さ(犬嫌い視点)も相俟って魅力的な謎になっています。
真相もミステリっぽくもあるんだけど奇妙な話って感じもして良いですね。



「鬼ごっこ

スラップスティックとスプラッタって似てますよね。本作は大の大人が武器持ってモブを殺しまくりながら鬼ごっこをするというスラップスティックスプラッタコメディ(?)でした。
観たことないけどヤクザ映画的なノリでやってることは鬼ごっこっていう滑稽さが面白く、急に話がぶっ飛ぶラストも『黒い仏』とかを彷彿とさせて好きですね。



「精霊もどし」

妻を失った親友に呼び出された主人公は、復活の儀式を手伝わされる。しかし蘇った妻は主人公にしか見えなくて......という奇抜な設定のお話。
泣ける話に出来そうなところをもちろんそんなことはせず主人公のドライな視点から描いているのが面白く、それでいてどことなく哀切さを感じてしまうのは、文章力によるものなのか、著者自身の死を重ねて見てしまうからか......。
何にしろ、某ホラー映画(マーターズ )のラストを思わせる最後の1行に笑いながら切なくなってしまいます。



ハサミ男の秘密の日記」

ハサミ男』のメフィスト賞受賞が決まってからの出来事を綴った日記。
とりあえず受賞したのに連絡が付かなくて講談社に探されるという出だしからして面白いっすね。
そして、メフィスト賞を取るとこうなるのかっていうのが内輪ネタっぽく描かれていて講談社ファンとしては楽しいです。
本になるつもりとかなかったはずの日記ですら文体が小説と同じなのでこの文体が殊能センセーの最大の魅力だったのかもなーと思ったり。この日記も内容的にはきょうだいの悪口とかお金のこととかが描かれてて性格悪そうな感じすらあるにも関わらずどこか上品で知的なのが凄い。
畏れ多いし絶対無理だけどこんな文章書けたらなーという理想みたいな気さえします。

また、本文中でイジられてた大森望氏による解説も良かったです。