偽物の映画館

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川上未映子『夏物語』感想

『乳と卵』で名前だけ知っていた作家さんですが、本作はその『乳と卵』のリライト?語り直し?が「第一部」として全体の3割程度を占め、その後にそれから8年後の主人公の人生を描いていくという、いわばリブートみたいな作品らしいです。
『乳と卵』は読んだことなかったんですが、Twitterなどでも話題になっていたのと、結婚妊娠出産、あるいは反出生についてなどがテーマであるらしく、個人的な興味とも重なたったため、またミーハーだから海外でも評価されているというのも正直気になったのも重なって読んでみた次第でございます。



第1部は2008年、第2部は2016年〜2019年の出来事が描かれています。
主人公・語り手は、作家志望の女性・夏目夏子。
彼女の人生模様を通して、1人の女性が人生において直面する生理、結婚、出産、親しい人間の死などを描きつつ、彼女が知り合う人々の話を聞いていくことで家父長制や生命倫理や反出生にまでテーマが広がっていきます。
......と言うとなかなか重たそうな感じがしますが、大阪弁を基調とする会話のリズミカルさや主人公のピュアだけど鋭い眼差しは読んでいて心地よく、軽々しくはないけど軽やかな読み口ですらすらと読むことができました。

全体に女性特有のというか、現代日本において女性が直面せざるを得ない問題についてガッツリ描かれているので、女性からの支持が強いのも納得です。が、いわゆる男の中の男である私が読んでも面白かったです。
作中で男というものがけちょんけちょんに言われる場面があり、正直少し反発を覚えてしまったのですが、その反発の基を冷静に見つめてみると私の中に無意識に流れる家父長制の血がそうさせているのだと気付かされてヒヤッとしたりもしました。
女性からすると共感なのかもしれませんが、男性目線では「そうだったのか」と思わされることばかりで、小学生の頃に男子がドッジボールをしていて知りそびれたことを今になって教わったような気もします。例えば第1部の生理の話なんかも知識としてそういうものがあることは知っていましたが、登場人物の生きた言葉で語られるのを読むことでほんの少しはどういう気持ちがするのか知れましたし、そういう意味で男こそ読むべき作品だという気もしますね。


元『乳と卵』に当たる第1部は、そうしたアレコレを描きながらもまだ主人公夏子、姉の巻子、その娘の緑子の3人が悩みもがきながら生きる様を描いた小さな輪の中でのお話です。
個人的に緑子の日記の反出生論的な内容や、観覧車の話や、親と口を利かなくなることなんかも全て自分の子供時代に思い当たるフシがあって結構共感しちゃう部分もあって面白かったです。あと酒の効能の話も凄く分かりみが強くて泣いちゃいました。私にとっては宝くじと音楽が酒なんですよね......。
ラストに出てくる卵のモチーフはちょっと分かりやす過ぎる気もしますが、でもエモい。


そして第2部が、『乳と卵』をわざわざリブートしてまで描かれた今の物語=『夏物語』ってことですかね。
『夏物語』とは言いつつ、夏子さん本人の物語は行き先を決めかねている感じで、そんな中で様々な人と出会い、かれらの物語を聞くことで本書の結末以降から夏子さんの物語が始まっていく......みたいな印象です。
本書全体で何か明確な答えみたいなものが読者に提示されるわけではないし、そもそも明確な答えなんてないのだけど、生きていく上で自分の中では答えを出さなきゃいけないんであって、夏子さんが最後に出すその答えは私の考え方とは違うものだけど、真摯に考えた末の答えなので爽やかな余韻を残してくれます。

本書を読んで私の考え方の根本の部分が変わったわけではないですが、自分の考えが整理できたり違う考え方を知ったりして少し視野が広がった気はするし、選挙にもちゃんと行ったのでけっこう影響は受けてると思います。
またそれはそれとして笑ったりムカついたり喜怒哀楽を引っ掻き回されてめっちゃ面白かったのでオススメです!