偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

深水黎一郎『最後のトリック』感想

第36回メフィスト賞を受賞したデビュー作『ウルチモトルッコ』を改題・改稿した文庫版。


作家の主人公の元に届く、「ミステリ界最後のトリック"読者が犯人"のアイデアを2億円で買ってくれないか」という手紙。
果たしてそのトリックとは......!?

といった具合で、デビュー作にして「読者が犯人」という離れ業に挑んだ野心作です。

まず先に言ってしまうと、読者が犯人のトリック自体は「うん、まぁ......」といった感じのものです。
だって私がやってないことは私が1番よく知ってますからね。
どうしたって読者に本気で「俺がやったんだ......」と思わせるのは無理筋ですから、そしたらもうどう頑張ったって意外性やインパクトの方に振り切るしかないわけで。
そのインパクトの点で、例えば国内のコージー歴史ミステリで有名な某作家の某長編(ネタバレ→)鯨統一郎パラドックス学園』のようなインパクトはなかったかなぁ、と。

ただ、本作の面白さはトリックそのものではなくその扱いであり、その点においてはめちゃくちゃ面白かったです。
序盤の、特に何の変哲もない作家の日常が描かれつつ、謎の手紙が挿入されていくあたりの「これから何が起こるのか?」、また中盤からの挑発的な展開への「何が起こっているのか?」というホワットダニットのような興味で読ませてくれます。
また、私がどうやって被害者を殺したのか?というハウダニット的な側面もありますね。
その辺の引きの強さでぐいぐい読ませてくれます。
と言いつつ、終盤までわりと関係なさそうな話が続くのですが、それをどう本筋に絡めるのか......?というところもまた謎の一つですよね。
そして、トリックが明かされることでここまでの物語の意味が分かり、それと同時に隠されていたもう一つの物語が浮かび上がってきて実は結構泣けるんですよ。
この辺の人間ドラマ部分、「読者が犯人」というイロモノっぽい趣向とは正反対で驚きましたが、それこそが本書の面白さの眼目だと思います。
なんというか、イロモノだと期待してたら真っ当に面白い小説だった......というところを是とするか非とするかで評価が分かれそうですが、私は好きですこれ。
デビュー作にして、ミステリの新たな可能性を切り拓こうという挑戦的なところと小説としてのソツのない巧さが併さった良作。
そんなに読んでないけどこれが後の作品に繋がっていくんだなと分かり、ほかの未読作品も読んでみたいと思わされました。ハマるかも。