偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小川勝己『あなたまにあ』感想


鬼才・小川勝己による短編集。
『あなたまにあ』というタイトルからてっきり恋愛系の話が多いのかと思いきや、怪奇風味のものからヤクザものやウザい友達の話、もちろん恋愛系もあり、色んな味が楽しめる一冊でした。



「蝦蟇蛙」

本書で最も、というかほぼ唯一、がっつり怪奇小説なお話。
生々しい田舎の人間関係のエグさが前提としてあるからこそ、最後のカエルさんのビジュアル的エグさも際立って印象深くなります。
もっとこういう怪奇小説寄りの小川勝己も読んでみてえぜ。


「聖夜」

翻っていつもの(?)拗らせすぎた男女の恋愛モノ。男ってのはどうしてこうも結婚するのを嫌がる生き物なんでしょうねと思うけど、世の中の構造が悪いせいだと思いたいところです。
切なすぎてこっちまで自己嫌悪におちいったところからのアレやコレやからのあのラストがもう......。悪い意味でエモいですよね(いい意味で)。


「春巻」

ウザい友達の話なんですけど、こいつがもう本当にウゼえのね。
小川勝己作品では怒りとか憤りが物語を動かす原動力になりがちですけど、それがこんだけ小っちゃい「友達がウザい」という形で使われてるのは案外珍しい気がします。
で、そいつのウザさで読ませつつも最後には思わぬ方向に気持ちが転換するのがまた面白いところで、どうせそういうこったろうと思ってた通りのタイトルの使い方なんだけどそれがなぜだか印象に残ります。


「壁紙」

お得意のヤクザもので、『彼岸の奴隷』の大人気キャラ・八木澤さんもほぼ名前だけですがカメオ出演しています。
内容は不器用で気弱な下っ端ヤクザの男が逃げた妻子の気持ちを取り戻すために奮闘するめちゃ泣けるヒューマンドラマで、そこにこんなくだらないオチをつけるあたりの冷淡さが小川勝己らしいですね。これもまた読み終わってみるとタイトルが印象的。


諧謔の屍」

暴力教師の視点で語られる物語になんとも居心地の悪さを感じるだけに「こいつ死んでくれや」と思わされてしまうところから、まさかの思いもしなかった展開に......というのは良いんだけど、個人的にはこのツイストはあんまり面白く感じられませんでした。こういう変な捻り方をするくらいならストレートに行ってくれればいいのに、と思っちゃいます。


「盧薈」

自称読書家の私でもこのタイトルなんて読むか分かんなかったけど、「アロエ」だそうで。
女性蔑視はよくないと思うけど、この主人公のように女性嫌悪まで行くともう同情するより他ないですね。
完全に異常者なんだけどそんなわけでどこか感情移入してしまうのは、もしかしたら私も思い出に生きる人間だからかもしれませんな。


「あなたまにあ」

表題作ということもあり期待していましたが、微妙でしたね。面白いんだけど。
なんかタイトルから勝手にイメージしてたのとだいぶ違ったからそこのギャップでいまいちに感じるのかもしれません。
なんつーか、サイコすぎて軽いというか、作り話めいてしまって著者らしい生々しさが足りない気がしちゃうんですよね。オチも上手いことやろうとしすぎて安っぽいというか。まぁ好みですよね。