偽物の映画館

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アレン・エスケンス『償いの雪が降る』読書感想文

先日まだギリギリ不要不急に外出してもOKだった頃にフォロワーさんたちと本屋に行って、ケーキおじさんって人に勧められて買った本です。

償いの雪が降る (創元推理文庫)

償いの雪が降る (創元推理文庫)



英語の授業のレポートで身近な人物の伝記を書くことになった大学生のジョーは、近所の介護施設を訪れ、そこでカールという老人を紹介される。
彼は30年前の少女暴行殺人事件で有罪になった男で、末期癌のために刑務所から出て施設に移されていた。
最初は手応えのあるレポートの題材としてカールの話を聞くジョーだったが、次第に事件に違和感を覚え、独自に調査を開始する......。



素晴らしかったです。激エモきゅんきゅん丸でした。


まず、普段あんまり翻訳ものを読まない身としては、どうしても海外の小説を読むときに文章読みづらかったらどうしようという不安を抱いてしまいますが、本作に関してはめちゃくちゃ読みやすかったです。
全編にわたり主人公の一人称で語られ、彼の性格上やや捻くれた言い回しが使われることもあるものの全体に平易な文体でつっかえることは少ないです。加えてストーリーはどんどん加速していくので序盤を超えたあたりからは面白くて一気に読んでしまいました。


内容としては、一方では30年前の事件と、その犯人とされるカールという男の壮絶な人生が軸となります。
もう一方では酒浸りの母親と自閉症の弟を実家に置いてきて一人暮らしで大学に通う主人公の家庭環境、そして隣家のキュートなGirlライラとの甘酸っぱい恋が描かれます。
そして、その2つの軸が邦題に冠された『償い』というキーワードで絡み合っていくのが見事。

つまり、ミステリファンならみんな大好きなスリーピング・マーダーもの(解決済みとされる過去の事件を調べてくやつ)でありつつ、私が個人的に大好きな青春恋愛小説の側面もある、一冊で何度も美味しい作品なんです!



まず、主人公のジョーのキャラクターが魅力的というか、とても良いです。
彼は冴えないように見えて賢いしできる子なんですけど、それだけに「自分はつらい環境にいるんだから」という青い傲慢さをも持っていて、それによってちょいちょい怒られ案件を起こしたりするのに等身大な感情移入が出来ました。
ヒロインのライラへの恋も、最初は「隣に住んでて可愛いから」くらいのもので、彼女にも素っ気なくされるのでやきもきしますね。

そんな彼が、本書の物語を通して他人にも過去があるということを身をもって知り、視野を広げていくところが見どころです。
最初は概ね共感しつつ反感をも抱かせる主人公に、だんだんだんだん愛着を沸かせていくのが凄い。
また、彼を生暖かく見守るヒロインのライラも素敵。彼女のためのシーンではことごとく感情を揺さぶられましたね。恋って素敵よね💕



......一方、カールという男の逮捕されるまでの半生についてもまた読み応えがあります。
ゆっても「母親が酒浸りでうんぬん」くらいのジョーに比べ、彼は戦争経験者で、その語りは壮絶。彼の過去のエピソードは、本書の第一のクライマックスと言ってもいいでしょう。実際、私なんかはちょっと本を閉じてショックでため息をついたくらいですから。
そして、読者は冤罪というものについて考えざるを得なくなります。彼が本当に少女を殺したのか?それは定かではありませんが、もしもこれが冤罪だとしたら、人生の大半を塀の中で過ごすとはどういうことなのか......。想像もつかないし、それでもなんとか想像しても、言葉にはならないですよ......。


そして、そこからは、これまでどちらかと言えば「静」の印象だった(それでもぐいぐい読ませてた)物語がガラッと「動」のモードに切り替わり、一気読み不可避。
ミステリとしては予想のつく範囲にとどまりやや物足りないものの、サスペンスとしてはぐわんぐわんと振り回されて圧倒的に面白く、合間合間でちゃっかり恋模様もエモい。
まぁ、ここまでしっちゃかめっちゃかにしちゃう主人公に「おいおいやめとけよ......」とは思うんだけど、そのめちゃくちゃさが若さですよ!眩しい!!

そうしてぐわんぐわんと振り回された挙句、最終章ではしんみりと泣けますからね。てか終盤はわりとずっと泣いてましたね。



そして、読了後タイトルと表紙を見てしんみりと余韻に浸りました。
苦味、甘酸っぱさ、ハラハラ、ドキドキ、絶望、多幸感、全てが詰まった傑作でした。



以下、少しだけネタバレで良かったとこを。

































ジョーは「償い」というキーワードでカールと、またライラはレイプ被害でクリスタルとそれぞれ対応している造りが良いですね。
過去と現在の全く異なる話ながらもこうした繋がり方で群像劇として綺麗にまとまってます。
結末はこの状況における最大限のハッピーエンドで、苦味や今後の課題をも抱えつつ、雪道に一筋の光が差した表紙の写真のようなほのかな多幸感を感じます。
まぁ、懸賞金のくだりはさすがにうまいこといきすぎやろ......って思ったけど笑


あと、ライラとの初デートのシーンと初チョメチョメのシーンがとても美しかった。やっぱり女の子って可愛いですよね。うん、ネタバレ感想という名目でそれだけ言いたかった。ライラちゃん可愛い。