偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

西澤保彦『夏の夜会』読書感想文


最近西澤保彦にハマってます。
今年は私の中で西澤保彦読むYearなのです。
今回はノンシリーズ長編のこの作品。

飲みながらディスカッションするといういつもの西澤ミステリに、人間の心の暗部を描いたいつもの西澤小説が合わさったファン垂涎のいつもの西澤保彦でした。面白かったです。

夏の夜会 (光文社文庫)

夏の夜会 (光文社文庫)



〈あらすじ〉
葬儀のため数日間郷里へ帰ることにしたおれは、そのついでに小学校の同級生の結婚式に参加することになる。
二次会で同じテーブルになった4人の旧友たちと、ふとしたことで"鬼ババア"とアダ名された井口先生が学校で殺害されたという話題になるが、各自の記憶には細かな齟齬があり......。
あやふやな記憶を擦り寄せていった先に見える真実とは......?



というわけで、飲みながら語り合う一夜のことを描いた物語です。

過去に起きたはずの殺人事件についてディスカッションしながら推理していくというミステリーなんですけど、ミステリーとして期待しすぎると微妙かもしれません。
なんせ、推理の手がかりはほぼ全て登場人物の記憶だけ。しかも、冒頭で主人公の一人称で「記憶というのはあてにならない」的な述懐があるように、「こうだった気がする」「そういえばこうだったかも」「あー、めっちゃ大事なこと忘れてたけどこうだったよね」みたいに間違いも後出しも連発されるんですよね。だから、読者に推理の余地はなく、確信犯的にアンフェアにしてる感じでした。
フェアとか本格とか難しいことは考えずに流れに身を任せて読める人にはオススメです。



で、私はこの作品けっこう好きなんですけど、それはこうした記憶の曖昧さが「過去」の恐ろしさを描くことに繋がっているからなんです。
そもそも、物語というのは普通未来へ向かって進んでいくものですが、ミステリーというジャンルは既に起きた事件の真相を追い求めて過去へ進んでいく物語形式であるとも言えるでしょう(必ずしもそうとは限らないなんて野暮なツッコミはやめてくださいね)。
そういう意味で、「過去」というテーマはやはりミステリーという形式と相性がいいのかもしれませんね。

そう、過去......。
未来というのは見えないから怖いものですが、変えることができるものでもあります。
それに比べて過去はもう変えられない。しかも、見えているようで忘れていたり頭の中で改変していたりして、案外当てにならないもの。
ふつう、人は大人になるにつれ常識や人への思いやりを身につけて成熟して行くもの。そんなマトモな大人になった時、過去の未成熟な自分が犯した罪を突きつけられる恐ろしさといったら......。
本作の主人公も、わりと序盤の段階でこうした過去の罪を思い出して苦悩します。その苦悩がラストに至るまで引きずられていくので、読者も自分が過去にしてしまったこと、してしまったかもしれないけど覚えていないことを想起していたたまれない気分にさせられます。
こういう本ばっかり読みたくはないけど、たまにはこういうつらさを味わっておくのも人生経験の一つかな!って。



ちなみに、本作とそこまで被るわけでもありませんが、過去の罪と忘却というテーマが似ているミステリー映画として、な〜んとな〜〜く、オールドボーイを連想しました。本書が好きな方なら嫌いではないと思いますので併せてぜひ......。