偽物の映画館

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積木鏡介『誰かの見た悪夢』読書感想文

大学生の醍醐と女友達の夢摘は、帰省途中にひょんなことから家出した子供・悠を、縫柄記念病院へ送り届けることになる。
しかし病院は廃墟同然で、そこに棲む人々はそれぞれ醜悪な悪夢に囚われていた。
やがて悪夢に冒された病院で連続首斬り殺人が起こる......。


以上のあらすじだけ見れば、とてもベタなクローズドサークルミステリ、或はB級スプラッタホラーです。
実際、それも間違ってはいないのですが、本作はやはりそれ以上に「積木作品」という唯一無二のジャンルの傑作だと思います。


誰かの見た悪夢 (講談社ノベルス)

誰かの見た悪夢 (講談社ノベルス)



全編疲れるくらいメタにメタを重ねた『歪んだ創世記』、連作短編集に近い形式で大量のネタを注ぎ込んだ『魔物どもの聖餐』と、毎度その過剰さが魅力の積木作品ですが、本作も御多分に洩れずネタの量が物凄いです。

なんせ、病院関係者の過去と現在の首斬り殺人という2つの軸があって、どちらも謎・解決ともに奇怪で異様で変梃淋の頓珍漢のポンポコリンなんですから......。
 

本作はタイトルにもある通り、「悪夢」がテーマになっています。
そのため、作中のところどころで登場人物が見る"悪夢"の描写が挟まれます。それが単体でもまさに悪夢のような気持ち悪さなのですが、凄いのは、その夢に納得のいく説明がつくこと、そして説明されることでより醜悪になること。
悪夢とその解説によって段々と浮かび上がる縫柄家の一族の秘密は、見せ方によってはそれだけでも一冊の長編になりそうなくらいの醜怪凄惨贅沢盛りだくさんで楽しめました。


しかし、そんな盛りだくさんなアレコレはあくまでも脇道。本筋である連続首斬り殺人はさらに強烈なインパクトを持っています。
事件自体は言ってしまえばただの首斬り殺人ですが、ゴテゴテに装飾された文体で書かれると雰囲気満点だし、後半は特にスピーディーに人が死んで行くのでとりあえず楽しいです。
そして何 より真相が異様で異形。この人がこの文体とこの世界観で描かなければ、本を壁にぶつけた後壁ごと燃やしたくなるくらいバカバカしい(ネタバレ→)入れ替わりトリックの提案と口封じが延々繰り返されたという首斬りの理由に、腹の底から笑いがこみ上げます。それでいて、あまりにもつらい真相に泣きそうにもなりました。なんなんだこれは。

さらに、そこから雪崩れ込むように語られる最後のオチに唖然。いやいやそんなんで言いくるめられませんってば~と思いながらも何故だかその静かな美しさに涙が溢れそうになったりならなかったり。
この作品は結局のところ(ネタバレ→)醍醐という人形が観た一夜の悪夢にして、彼の最初で最後の短い初恋だったのだ!
......って、いやいやいやいやそんなバナナ。しかし美しい。しっちゃかめっちゃかやっときながら、終わりよければ全てよし、深い余韻の残る読後感が味わえました。


あと、本筋にあまり深く関わらないジジイによるトンデモ珍説の放言(妄言)にも笑いました。言いたいことはギリギリ分からなくもないけどお前は何を言っているんだという絶妙なぶっ飛び論理、好きな人は大好きだと思います。さらにこれが(ネタバレ→)繰り返すことと、それを遡ると諸悪の根源がいるという点で事件の真相を暗示しているようにも見えるのが面白いところ。


斯様に、悪く言えば纏まりがなく色々なネタが歪に寄せ集められた作品、よく言えば異形盛りだくさんの贅沢な作品でした。
解決前のおどろおどろしさ、もはやギャグの解決、美しいラストと、全編に渡って翻弄されまくり。私はこういうの好きなのでめちゃくちゃ面白かったし好きですが、好みは分かれそうなのでこれから読まれる方はご注意を......。