『ハルさん』のプチブームでミステリ界隈にも名前の届いてきた作家さんですが、今回紹介する2冊はミステリではなく青春恋愛小説です。
私も『ハルさん』を読んでその面白さについついこの2冊を手に取りましたが、これがまた面白く、すっかりファンになってしまいました。
尚、この2冊は内容的に続編ではなく姉妹編という関係性ではありますが、『わたしの恋人』→『ぼくの嘘』と刊行順に読むことを想定して書かれているのでこれから読まれる方はぜひ順番に読んでいただきたいです。
『わたしの恋人』
- 作者: 藤野恵美
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2014/07/25
- メディア: Kindle版
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彼女いない歴=年齢だけど、明るくて楽天家の古賀くん。ある日彼は、保健室で出会った少女のくしゃみに恋をした。
古賀くんから告白されたくしゃみの少女・森せつなは、引っ込み思案で家庭に事情を抱えてもいることから、彼を受け入れることに不安になる。しかし、彼の優しさに次第に惹かれていき......。
対照的な高校生の男女の恋を、お互いの視点から交互に描いた青春恋愛小説です。
私自身は女の子となかなか上手くいかないので、常に「古賀ああぁぁぁ!」と殺意に満ちた心で読み進めましたが、なるほど、素晴らしい青春恋愛小説だったと思います。
本書の特徴は、あらすじに書いた通り、対照的な2人の視点が交互に描かれることでしょう。話の内容としては非常にオーソドックスなのですが、だからこそ、お互いのお互いへの気持ちや隠していることまで全て読めることで胸のきゅんきゅんが最大限に引き出されてしまいます。というかきゅんきゅんさせるの上手すぎて......。1ページにつき1回はきゅんきゅんポイントがあるので読んでいて常に死にたい気持ちにさせられました。つらい話を読むよりも、幸せな話を読む方がより死にたくなる んですね......。
あと高校生のくせにここまで彼女のこと考えられる古賀くんはイケメンだと思います。私は常に自己中心的な恋愛しかしないので許すまじと思いました。
不満な点としては、2人があまりにも上手くいきすぎてて、後半で起こる恋人関係の危機みたいな出来事も正直そこまで危機にも感じられませんでした。上手くいくのはいいことなのでただの僻みと言われちゃそれまでですが、こんなに上手くいかれるとムカつくしちょっと起伏に欠ける印象にはなってしまいます。
ただ、(ネタバレ→)高校生の男女がキスをするというシンプルな結末には胸が張り裂けて口から血と心臓と吐瀉物が同時に出てきます。いや下品なこと言ってげごめんなさい。
甘いきゅんきゅん成分しかないので、さらっときゅんきゅんしたい人にはオススメ、重いラブストーリーがお好きな人にはやや物足りないかも、という一冊でした。私はどっちも好きなので好きです。しかし誠実なこの2人の恋は、不誠実な私にはあまりにも眩しくて目がこんがり日焼けしそうでしたよ。
『ぼくの嘘』
- 作者: 藤野恵美
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
- 発売日: 2015/01/24
- メディア: 文庫
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笹川勇太が恋した相手は、親友の彼女だった......。
一方、こちらも恋しちゃいけない相手に恋する学校一の美少女・あおいちゃん。あおいちゃんは、勇太が森せつなに恋している証拠を握り、「バラされたくなければ私の恋人のフリをしろ」と彼を脅迫する。そう、恋人がいるフリをして、好きな人とその恋人とのダブルデートをするために......。
というわけで、今作の主人公は、前作の主人公・古賀くんの親友として名脇役ぶりを発揮していた笹川勇太くんです。
前作では味のある脇役に徹していた笹川くんですが、今作はなんと冒頭から彼が好きになってはいけないはずの森さんに恋していることが判明するからアラ大変。
一方、新キャラであるヒロインのあおいちゃんも、好きになってはいけない相手に恋をして勇太を脅迫するというなかなかサスペンスフルな展開に。
前作がとってもぴゅあぴゅあで甘酸っぱくてハッピーでストレートで両想いでFuckな......おっと心の声が......恋愛小説だったのに対し、今回は絶対報われない恋×2という障害多すぎなお話になっています。
個人的には順風満帆すぎた前作よりも好きです。というかむしろ、前作が今作のための壮大な前フリだったとすら思います。だからくどいようですが順番通りにぜひ。
さて、そんな本作の見所はやはり複雑な関係の主役2人です。パッとしないオタクの笹川くんとスペック高すぎ美少女のあおいちゃんという凸凹すぎる2人の感覚のズレ方に笑いながら、それでも同じ悩みを持つ者同士で通じ合うところに切なくなったりとぶんぶん感情を振り回されます。
最初からなかなかしんどい話ですがここに更に追い討ちをかけるように中盤以降2人にそれぞれ事件が起こります。あおいちゃんの方は伏せておきますが、笹川くんの方は裏表紙のあらすじにも書いてあるし、予想もしやすいので書いちゃいます。そう、彼、あおいちゃんのことが気になっちゃうのです!
......ってまぁそりゃそうだって感じの展開ではありますが、ここが良い!ここが良いんです!
私は普段恋愛小説を読まなくて、恋愛も のの作品に触れるといえば専ら映画ばかりになるのですが、今まで結構多くの恋愛映画にある共通の不満を抱いていました。それはズバリ、「恋愛ものって"好き"から始まんじゃん?」。最初から相手のことが好きだったり、出会ったその晩にはもうセックスしちゃった、みたいな話が多い............ってそんなに数観てないし洋画ばっかだからそりゃすぐセックスはするけどさ............気がするのです。もっと、こう、どういう経緯を踏んでどういうきっかけで相手を好きになるのか、そこが観たい!と思っていたんですよ。
それがこの作品の、「笹川くんがあおいちゃんを好きになる瞬間」にはあったんです。
2人がどのように出会って、これまでどんな会話をしてきて、その上でどんなタイミングで、彼が彼女に恋に落ちるのか、謂わ ば「恋の伏線回収」といいますか......。良質のミステリを読んだ時に、「これだけしっかり伏線があれば真相に納得!」と思うのと同じく、「これだけ伏線があれば好きになるのも納得」出来ちゃうんです。はぁ、好き......。
このシーンが本作の一つの山場であることは間違いないんですが、これを皮切りに更に怒涛の山場が連続しま
す。
これ以降のストーリーはネタバレ回避のため詳しく書きませんが、とにかく切ない。どいつもこいつも実らない恋なんてしてドMじゃんと思いますけど、恋ってそういうもんっすよね。切ない。
さて、ストーリーはこれ以上書かない代わりに、本作で好きな言葉を2つ紹介します。
1つは、あおいちゃんの「恋をして、なお賢くいることは不可能だ」。
うん、言い得て妙 ですね。恋は叶ってもバカになり、叶わなくてもまたバカになり。治療のしようがない最悪のビョーキですね。
もう1つは、笹川くんの「恋愛というのは美しいものなんかじゃなく、妄執の一種で、見苦しいものだ」。
うん、言い得て妙ですね。これまで模範的な人間が登場する美しい恋愛映画を観て愚かにも「恋とは美しいものだ」という幻想を抱いてきました。実際は醜い感情のオンパレードです。
なんてね、すっかり恋愛否定論者になった気分で読んでたら、ラストに驚愕しました。物凄い豪腕。あんなことリアルにはあり得ないのに、ここまでのストーリーとこの筆力で描かれると強制的に納得させられてしまいます。この感覚、何かに似てると思ったら島田荘司です。あり得ない大トリックをさもありそうに描 く島田荘司の力技を、恋愛小説に置き換えたような。いわば恋愛小説界の『占星術殺人事件』ですよ(全然違う)。
と、最後に意味不明なこと言って台無しにした気がしますが、とにかくこれは素晴らしい作品です。
恋をしたことある人なら多少なりとも必ず共感したり身悶えしたりする場面があるはず。そして、これだけの濃い内容なのにさらさらとお茶漬けみたいに流し込める読みやすい文章なのも良いですね。1日でサクッと読めて、長いこと余韻を残す、コスパ高い恋愛小説でした。ぜひ2冊合わせてどうぞ。