偽物の映画館

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連城三紀彦『小さな異邦人』800字レビュー

小さな異邦人 (文春文庫)

小さな異邦人 (文春文庫)

2013年に逝去した著者が遺した短編をまとめた遺作集のような短編集。
しかし、「遺された短編をただ纏めただけならそこまでのクオリティは期待できないか」......などと思っていた読む前の自分をぶん殴りたくなるくらい粒揃いの1冊に仕上がっています。
むしろ、統一テーマがないことがバラエティの豊かさにつながっていて、最後の短編集にして著者の色々な顔を垣間見られます。だから余計悲しくなってしまったり......。

例えば、「指飾り」「さい果てまで」は情感あふれる恋愛小説としての側面が強いのに駆け引きや伏線を扱う手捌きはミステリーとしても読める佳品ですし、 「風の誤算」は "噂"をテーマに、謎の焦点そのものが見えないところに、予想外の方向からのオチがつく変わり種、
「冬薔薇」は夢と現実が錯綜する幻想ミステリーで、無人駅」 「白雨」もいつも通り素晴らしい連城ミステリー。

そして、 「蘭が枯れるまで」と 「小さな異邦人」はこれまでの数多くの連城ミステリーの傑作群にも引けを取らないのです。

「蘭が枯れるまで」は交換殺人という難しいテーマから後半でめくるめくどんでん返しを繰り出して読者を驚愕の坩堝に叩き落とし、ホラーにも通じる恐るべきラストへ雪崩れ込む傑作。

そして表題作の「小さな異邦人」こそ、著者の生涯最後の短編小説にして、歴代連城短編でもトップクラスのこれまた傑作。母親と8人の子供の家族に「子供の命は預かった」と脅迫電話がかかってくるが、家には子供は全員揃っていて.....という筋立てを珍しく少女の一人称で描いた作品です。とはいえ、物語とミステリーの融合といういつもの連城節は炸裂しています。こういう物語を歴代ベスト級のトリックと融合させたこの作品が著者から我々への最後のプレゼントだったのだと思うと、著者の作家人生そのものが1つの奇跡の物語だったようにすら思えます。

本当に惜しい作家さんを亡くしましたが、彼が描いた数多くの作品はこれからも読み継がれるでしょう。本書がきっかけになって彼の作品に触れる読者が増えればと思います。