偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

楠田匡介『いつ殺される』読書感想文

河出文庫から最近出てるノスタルジック怪奇探偵幻想シリーズより。
河出さんはここんとこ泡坂妻夫日影丈吉、それからこのノスタルジックシリーズといった国内ミステリの復刊に力を入れているようで非常に嬉しいところです。
今作は、知る人ぞ知るミステリ作家・楠田匡介による長編です。現在新品で手に入る作品がたぶんこれだけっていうくらいマニアックな作家さんなので読めるだけでも貴重ですね。


糖尿病で入院中の小説家・津野田は、自らが入っている病室にまつわる幽霊騒動を知る。
この病室には以前8000万円の公金を横領して心中を図った滝島という男が入っていて、その時以来、看護婦らが女の幽霊を見るようになったというのだ。
この騒動に興味を持った津野田は、妻の悦子や友人である刑事の石毛の力を借りて幽霊の正体を暴こうとする。しかし、やがて何者かが津野田に圧力をかけ始め、津野田はいつ殺されるか分からない状況へと追い込まれて行き......。



まず前半は入院中の小説家が暇を持て余して病室の幽霊騒動を調べるというお話。
地の文と会話の比率が2:8くらいの会話重視な文章で、古い作品ですがかなり読みやすかったです。
特に、津野田と妻の悦子とのやり取りがステキです。

「だって幽霊が出たり......」
「出たっていいじゃないか」
「あたし厭だわ」
「なぜ?」
「あなたの寝顔を、深夜に他人の女のひとに見られるなんて......」
「よせやい!」

可愛くないですか?こんな感じで、ぶっちゃけ悦子さんめちゃくちゃ可愛かったです。結構おばちゃんだけど。
こういった軽妙な語り口で、8000万円の隠し場所探しやトイレでの幽霊消失事件などが描かれていきます。この辺までは謎が謎を呼ぶ展開と、魅力的な会話と、モダンな雰囲気で、めちゃくちゃ面白く一気読みしていました。前半部のクライマックスもスピード感があって印象的です。


ただ、後半はそこから比べると失速したかなぁというのが正直な感想ですね。
津野田が病室で妄想に近い推理を繰り広げる前半から、後半では石毛が足を使ってあちこち飛び回る地道な捜査が主体となっていきます。
で、そのこと自体は、味変みたいな感じでどっちの味も楽しめるお得感があってむしろ好きなんです。ただ、そこで話の軸が滝島事件に纏わる(真ん中らへんで初めて出てくる)四人の女に移ってしまうんです。で、その四人の女が皆、物語に直接登場しない人たちなので「誰が誰だっけ?」となってしまい、ここまで高かったリーダビリティが一気に下がっちゃうんですよね。読者のわがままな意見としては、お話はできれば後半に向かって加速していってほしいもので、逆だと読むのがつらいです。


とはいえ、終盤はワケありの証言者との対話や、黒幕との直接対決、そして明かされる真相と、見所たっぷりで巻き返してくれました。
トリックも今から見ると既視感あったり小ネタだったりはするけどいくつも仕掛けてきてくれてミステリファンには嬉しい限り。その中でわりと大きめなあのトリックなんかは、最初から分かってはしまったものの、小粋な演出も込みで楽しめました。
結末もなかなか皮肉が効いていて良いですね。


というわけで、今読むとやや物足りなさや分かりづらさはあるものの、色々なアイデアがてんこ盛りの長編でした。マニアにはオススメ。