偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

梶龍雄『リア王密室に死す』感想

トクマの特選より満を辞して復刊された梶辰雄の第2弾!
前作『龍神池の小さな死体』は「発掘驚愕ミステリコレクション」枠だったのに対して、本作は「青春迷路ミステリコレクション」という枠からの復刊。
まだ1作ずつしか出てないから分からんけど、個人的には本作の「青春迷路」感が堪らなく好きだったのでこっちのシリーズがより楽しみになりました。



戦後すぐの京都。旧制第三高校に通う"ボン"こと武史が下宿先に帰宅すると、同居人の"リア王"こと伊場が密室で毒殺されていた。
部屋の鍵を持っているため疑いのかかる武史は、"カミソリ"、"バールト"、"ライヒ"ら愉快な仲間たちとともに真犯人を探すことにするが......。


そんなわけで、めちゃくちゃ面白かったです。

まずは京都の旧制高校の生徒たち同士の空気感が最高。
ドイツ語とかの変わったあだ名を標榜し、個性的であることを第一に考えているような学生生活にめちゃ憧れてしまいます。
こないだ『火垂るの墓』を観たので、あのすぐ後くらいの時期なのに随分楽しそうだなと清太の分まで恨めしく思ってしまったりもしましたがそんなことはどうでもいい。
とにかくそんくらい楽しそうな、もちろん物のない時代なのでバイトして食いつなぎながらの学生生活の大変さはあるけど、そんでもその分真剣に阿呆をやってる感じが素敵すぎるんすよね。
さらに、殺されたリア王と主人公は恋のライバルだった......という、嫌疑のかかった主人公には不利すぎる設定もまたエモい。恋のライバル!素敵💕
ちなみに「リア王」はリアリストすぎるって意味のあだ名でシェークスピアとは関係ないので、シェークスピア知らない人でも大丈夫です!(大学生の時借りてきて読もうとして「シェークスピアかぁ......」って辞めちゃった思い出がある)
恋のやり方も、若者らしい大胆さと、昔らしい奥手さとが同時にあって趣深いっすね。一目惚れだけで安易に好きになっちゃうのも、なんつーか「ミステリの恋愛要素」としてくらいならアリというか、分かりやすくていいと思います。

てな具合に前編はリアタイで青春を謳歌する彼らの物語なのですが、後編では一転して長い時を経て中年になった武史が息子と共に事件を回顧するうち見落としていた謎に直面する......というスリーピングマーダーみたいになるのが楽しい。
前編で曲がりなりにも解決された事件を蒸し返していく面白さ。拾いきれていなかった伏線が時間差で次々と炸裂していって真相が現れる驚き。犯人の正体も良かったですが、なによりあの脱力モノの変な密室トリックに笑いました。

そして、青春に置き忘れた恋の後日談が最高......。武史があることを知る場面は悪寒がしました。エモすぎて。

......て感じで、伏線回収の質と量、稚気に溢れるトリックとミステリ的な魅力満点+やや古臭さはあれど好みど真ん中の青春小説の側面も持つWで俺得な傑作でした。