偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

都筑道夫『誘拐作戦』感想

トクマの特選の都筑道夫第3弾!


路上に倒れる女を発見した4人のチンピラと1人のヤブ医者。悪党5人組は女の身代わりを用意し、誘拐事件を演出してひと儲けしようと企むが......。


相変わらずトリッキーな演出、構成で面白かったです。

とりあえず、冒頭からして2人の事件関係者が匿名でリレー小説の形式で実際に起きた出来事を小説化する......という設定がもう魅力的。
お互いに相方をディスりながらも、犯人側と探偵側の両面から描かれていく奇妙な誘拐事件がまた魅力的です。

たまたま倒れてる女を拾ったことから始まる5人の悪党による行き当たりばったりな犯行がドタバタコメディのように描かれつつ、被害者家族と探偵のパートもまたキャラの濃い人が多くて喜劇じみています。
今読むとノリの古臭さは多分にあって若干読みづらいところもあるとはいえ、独特の軽妙なタッチで進むストーリー展開そのものが楽しい。

しかし、その軽妙さに乗せられて楽しく読んでいると、終盤では思っくそ足を掬われました。
思わせぶりな描写が続いたところからのどんでん返しの連続。
一つ一つのトリック自体はそこまで意外なものでもないのですが、最後の最後までとにかくトリッキーなことをやってやろうというスピリットが凄えっす。

個人的にだんだん心が弱ってきてるのでこういう悪い奴らが出てくる小説にノるのがややしんどくなってきてるのはあるけど、ラストでしっかりそれまでのしんどさ分の元は取れたかなって感じ。

土井善晴『一汁一菜でよいという提案』感想

料理研究家の土井先生による、料理本とも食文化論ともエッセイともつかないけどタイトル通り「一汁一菜」から和食文化を見直そうという提案の本です。


土井先生、テレビに出てるのを見てて、穏やかなんだけど時に痛烈な皮肉っぽいことも言うんだけど、そこにも優しさが感じられるから下品さがなくて、すげえ面白い人だなと思ってたんですよね。
そしたらこないだ本屋でこの本が文庫になってるのを見かけて、ついつい手に取ってしまった次第。
普段は決まった作家やジャンルの小説しか読まないので、こういう本屋での衝動買い自体久しぶりでしたが、衝動が奏功してめちゃくちゃ面白かった......というか良かったです。


とりあえず、文章がまず素敵なんです。
やっぱ人柄が表れてるのか、簡潔で分かりやすくもどこか暖かさのある、まさにテレビとかで見る土井先生のイメージそのもの。

そして本書の内容なのですが、先述の通り料理本のようにも読めるし、食文化論でもありエッセイでもあるという味わい深い本なんですよね。

「一汁一菜でよい」「料理に失敗なんてない」という言葉には共働き=共兼業主婦(夫)の私たち夫婦、感化されちゃいまして(笑)、「とりあえず味噌汁に色々ぶち込んどけばおかず!」ってなってます(身も蓋もない言い方をすればそんなような内容なんですが、土井先生の言葉はもっと上品)。
まじでこの人味噌汁になんでも入れるんすよね。いかに私のこれまでの味噌汁観が井の中の蛙だったかと啓蒙されました。
本書は厚めの紙を使った全ページフルカラー印刷で、土井先生が実際に作ったお味噌汁の写真なんかもたっぷり載ってて、見てるだけでお腹空くし味噌汁に色々ぶち込みたくなります!

さらに、和食という文化に関する料理研究家としての知識や見識を1人の家庭人としての感慨のような文章で丁寧に綴ってくれるので分かりやすくも先生の和食への想いに感動し、雑な生活をしてた自分を恥じたりさえしました。
食べることは生きること......分かってるつもりだったし、仏教育ちなので食べ物を大事にしてるつもりでもあったけど、それでも豊かすぎる現代社会の中でじっくりと向き合ってなかったなと反省。
なかなか全部実践は無理だけど、これからはせめて季節のものとかにも目を向けて、その日その日に作ったものを味わって食べようと思います。

また、昭和の食の風景を描くエッセイのようなパートもあって美しいものや人情があった時代への憧れを抱いてしまいます。もちろん、今の方が良くなったことだっていっぱいあるんだけど、ね。



とまぁそんな感じで、和食について知らなかったことを知れて純粋に楽しいのと、先生の人柄に癒やされるのと、実際に明日からの料理に本書で学んだ考え方が活かせるのとで、面白いし人生が変わる一冊でした。激オススメ。

具沢山の味噌汁作ってみた。

笹沢左保『求婚の密室』感想

トクマの特選笹沢左保100連発第6弾。
前回の『他殺岬』の主人公・天知昌二郎が再登場する密室ミステリです。


軽井沢の西條教授の別荘に招待された13人。教授は女優である娘・富士子の結婚相手をこの場で決めるつもりでいた。しかし翌朝、教授夫妻は密室で毒を飲んで亡くなっていた......。


これまでの特選笹沢作品は主人公が全国あちこち飛び回ったりしながらストーリー展開の面白さで魅せる作品が多かったです。
しかし本作は主軸を密室での夫婦の死に絞り、基本的に招待客たちが事件について推理していくだけの非常にシンプルな構成になっています。
それでも、「誰が事件を解決して富士子と結婚できるのか?」という対決がミステリとしては多重推理ものの面白さを出しつつ、動きの少ない中でのサスペンスを演出してもいます。
また、事件の核心に近づくにつれて明かされる登場人物たちの因縁や、2人の婚約者候補がいる中での天知と富士子の禁断の恋などドラマとしての見所も用意されているので密室一本勝負なのに一本調子にはならないところは流石に上手いです。
特に「密会」とか「情事」とか昭和ロマンな形容が似合う恋愛描写は80sブームの今読むと井上陽水とかの歌謡曲みたいな雰囲気を彷彿させて一周回ってオシャレですね。ヒロインはグレース・ケリー似だし。今の価値観とはそぐわないかもしれんけど、フィクションとしてはこういうオトコとオンナのキケンなカンケイみたいなの好きです。

そして、ミステリとしてはあの密室はやっぱ凄い!
密室の強度としては、実はさほど堅牢な感じはしないんですよね。手の届かないところに天窓はある密室内でペットボトルの水に入った毒を飲んで死んだ......という状況で、例えば自殺とか犯人にボトルを渡されて中で鍵をかけてから飲んだとか考えれば物理的には可能だし、天窓もなんかしら使えそうだし......みたいな。
一分の隙もないような密室だと「じゃあもうこれしかないだろ」みたいな解き方が出来ちゃったりしますが、こんくらい隙があると逆にとっかかりが分からないというか、隙をつこうと思っても絶妙にひらりと躱されてしまうような難しさがありました。
しかし解決されてみれば鮮やかに全てが繋がるのが気持ちいいっす。詳しくは書けないけど、トリックの面白さと伏線回収の凄さの合わせ技みたいな。痺れるぜ。

解決編が関係者が一堂に会して行われる派手なものであっただけに、その後に現れる昏い人間ドラマもより印象的。
笹沢左保のトリックメーカーとしての一面が垣間見られつついつものやるせない余韻もしっかりあってめちゃくちゃ良かったです。堪能。

前回の『他殺岬』も本作も昔一度読んだことがあり再読でしたが忘れてたのもありめちゃ楽しめました。
そして次回の『暗い傾斜』は久々の未読作品だけど傑作と名高いので楽しみです!あとトリックが面白いやつだと『霧に溶ける』とかも復刊して欲しいな......。

氷室冴子『海がきこえる』感想

1993年に刊行され、同年にジブリの長編テレビアニメにもなった作品......らしいです。
私はジブリに疎く、どメジャーどころはある程度見てるけど『魔女の宅急便』くらいになるともう観たことないくらいなので、当然本作も観てないです。
てゆかなんならジブリに『海がきこえる』なんて作品があること自体知らなかった......。
そんな知らない作品を読む機会をくれるトクマの特選にはいくら感謝してもし足りないですね💕


大学進学を機に高知から上京した杜崎拓は、武藤里伽子も東京た来ていたことを知る。
高校時代、東京からの転校生として出会った里伽子とは、とある出来事を境に疎遠になっていて......。


うーん、なかなか良かったです。
逆に言うとめちゃくちゃ刺さりはしなかった、とも言えるのかな。
いかにも私の好きそうなエモい青春恋愛小説という感じなので、もっとハマると思ったけど、そんなにでした。

やっぱ、ヒロインである里伽子の魅力が分からなかったのがデカいっすね。
本作を読むついでに映画版の方も観たのですが、映画版だと大学編のエピソードがほとんど削られていて高校編メインなので、ガチで里伽子がただのムカつくクソ野郎なんすよね。吊し上げられるシーンなんかザマァみろすら超えてこんな奴と同じクラスになってしまった吊し上げてる子たちが可哀想になったし、ただ嫌いなだけで終わっちゃいました。
その点、原作では大学編のエピソードが多かったり、そもそも文章だから情報量も多かったりで、もうちょい里伽子のことを理解できるというか、嫌ってた相手とも時間を置いて話すことで分かり合える現象みたいなのはありましたね。
それでも、基本的にああいう人はどうも好きじゃないです。悪い言い方をすれば、杜崎も松野も顔がいいから惚れただけやろというか、顔が良くなかったらこんな女好きにならんやろ、みたいな。

その点、杜崎と松野の関係性はよかったですね〜。お互いに同じ人を好きでありながらも親友でい続ける2人、しかし......って流れ最高やし大学編のドライブデートはキュンキュンしました。そっか、里伽子はこの2人のための咬ませ犬だったんだ。という感じ。

ともあれ、それぞれに何かしらを抱えながら狭い世界の中でそれなりに必死に立ち回っていた高校時代と、世界が広がってその頃のことをある程度客観視できるようになった大学時代とのギャップがリアルでした。
そう考えると、里伽子のキャラ造形も変に美化したり男の都合のいい妄想ではないリアルに等身大な少女という感じで受け入れればいいのかもしれません。
でも人からお金を借りたらもっとこう、さぁ......。

魔女の宅急便(1989)

ジブリ意外と観てない説が浮上してきたので、観てないやつ、観たけど忘れてるやつを観ていこうと思います。第一弾がこちら!

13歳見習い魔女のキキが相棒の黒猫ジジと遠くの街へ修行の旅に出るお話!



これなんで今まで観てなかったんだろうってくらい好きでしたが、魔女が出てくること以外めちゃくちゃ地味で日常的な話なので大人になって観たからこそハマった感じもします。
なんせ、主人公のキキが(13歳にして!)親元を離れて独り立ちする話なので、26歳でようやく実家を出た(倍の歳!)今だからこそ「偉いねぇ〜」という気持ちで観れました。

いそいそと準備をして、両親や友人たちに別れを告げ、不器用に飛び立ってパパからもらったラジオをつけると流れるオープニングテーマ曲の「ルージュの伝言」にもうヤラれちゃいますね。ちょっとオシャレで、でも童心にかえるような「はじまるぜ!」のワクワクもあって、子供の頃家族で金曜9時に集まって金曜ロードショー観てた時のことを思い出しました。

キキがやってくる海のある街の風景がもうめちゃくちゃ綺麗で、「こんなとこ住みてえなぁ」と思っちゃいます。シチリアとかかなぁと思ったんだけど、モデルはクロアチアとかスウェーデンみたいですね。
しかし住みてえな良い街じゃんと思った5秒後には歓迎しないムードを突きつけられて、ここで「うぅ、頑張れ......」と思っちゃったとこから本格的に引き込まれました。
主人公が一人暮らしを始めるためにスーパーでフライパンや食材を買うっていうリアリティも良いっすね。魔女なのに。

その後も大きな事件などは起きずに繊細な心の機微を丁寧に描かれていくのが心地いいです。
オソノさんや絵描きの姐さんはもちろん、出会う人たちがモブに近いキャラも含めてそれぞれ魅力的というか、ちゃんとこの街で生きている感じがするんですよね。例えば「あたしこのパイ嫌いなのよね」の少女がなんであんなことを言っちゃったのかとかを妄想するだけであの一家の平凡な物語が浮かび上がってくるような。
あのパイの子の一言をきっかけにキキが他人との関わり合いということを見つめなおして徐々にメガネに心を開くというか、拒絶はしなくなっていくあたりの流れとかも絶品ですわ。

クライマックスで別に世界を救ったり強大な敵を倒したりしなかったり、本編の終わり方がやたらとあっさりしてるのも好みだし、でもエンドロールでユーミンの曲と一緒に後日談が流れて、映画は終わっても彼らはこの街で生活し続けてるって感じもエモいしもう最高でした。

キキがしょっちゅうパンツ見せるとこだけ観てて気になったんだけど、これは何か意味があるんですよねきっと。未熟さとか純粋さの暗喩でしょうか。
まぁ未熟な少女が一人前になる話なので、そんなとこかと思います。しかしその割にお客様への電話対応とかめちゃくちゃしっかりしてて私より100倍社会人としての常識や責任感があって恥ずかしくなりました......。5歳とかに戻りたい。

綿矢りさ『意識のリボン』感想

8編の短めの短編を収録した作品集。

連作とかではないし厳密に縛りがあるわけでもないけど、緩やかに「女であること」「30歳が感じる老いへの恐怖」というのがコンセプトのようになった作品集。
全体に私小説的というかエッセイ的というか、「綿矢りさ」本人を思わせる、でもそれも含めて遊び心的サービスもしくは読者への揺さぶりのようでもあり、その中に時折がっつり物語として書かれた作品も入ってたりする辺りが太宰治の短編集っぽくて好きです。
最後の1話で全体がリボンで結ぶように緩やかに繋がる(内容がじゃなくてテーマ的な部分が)のも素敵な、なんちゃってコンセプトアルバムみたいな感じの一冊でした。



岩盤浴にて」

主人公も、おばちゃん二人組も、こういう人いるわ〜という感じ。特にどうってことない話だけど、リラックスしに岩盤浴に来てるのに周りを気にしすぎてなんか疲れちゃうみたいなのは私もなりそうで分かる〜と思った。



「こたつのUFO」

30歳になった女性作家のぼやきみたいな感じで、否応なく「綿矢りさ」本人をチラつかせるメタな語り口が凄い。
太宰治の「千代女」が引き合いに出されていますが、作者本人の語りのように見せることで胸ぐら掴まれて対面で話を聞かされているような生々しさがあります。
内容も切実な悩みとかじゃないし目の前に死を感じるとかでもないけど、なんとなく老いていくことへの不安や30歳だけど大人になれているのか?みたいなのが今年28になる私にも刺さってくるし、noteか Twitterみたいな読み心地すらあります。
自身を連想させておいておっぱいを揉むという大胆なサービス(?)に笑いました。



「ベッドの上の手紙」

本書で唯一の男視点となる掌編。
別れた恋人への手紙という体裁。書簡体ってのも太宰治のやり口ですよね。あるいは男女の間の観念だけの話ってとこで連城三紀彦っぽさもあるのかな。
なんか書き手も相手の女もどっちも性格悪いなって感じでどういう気持ちで読めばいいのか分からんけど、最後は「おい!」ってなっちゃいました。



「履歴の無い女」

結婚を機に新生活を始めるものの、新生活にすんなり馴染みすぎてこれまでの自分の生活とは......というモヤモヤを感じてしまう話。
私も同棲を始めた時に意外とすんなり慣れてしまったので状況は分からなくもないけど、主人公のモノローグはいまいち何を言ってるのか理解できなくてタイトルの意味もピンと来なかったです。
これはやっぱり結婚して男よりも多くのものが変わる(ことの多い)女性の方が分かるんじゃないかな。



「履歴の無い妹」

タイトルの通り前話の主人公の妹が主役のまさに姉妹編。
遡って妹が結婚した時の話。
仲の良い姉妹の微妙な関係性が面白いです。妹の知らなかった一面とか......。しかし男兄弟だと仲の良し悪しに関わらずもっとお互いに無関心な気がしますね。
モチーフとなる写真の不穏さから全体にやや怪談っぽい雰囲気も漂っていて、ラストもなかなかゾワっとしました。



「怒りの漂白剤」

これは私のこと書いてんじゃないかってくらい分かりみが強かったですね。
私も人格のベースに怒りがあるような人間なので、常に何かに対して怒ってる気がするし、気に食わない人間は死んで欲しいと思ってるタイプなので、自身の怒りについて赤裸々に描くこのお話に自分だけじゃないのかとちょっと救われる気がしました。



「声の無い誰か」

ラス2のとこに来て突然に深刻な話。
平和な町に流れる女児を狙った凄惨な通り魔事件の噂。
恐ろしい噂に恐怖し悲しみながらもどこか興味本位な気持ちを持ってしまう人間の性を描いているようでもあり。
また、女に生まれたことで背負わされる襲われるかもしれないというリスクや怖さを描いてもいるようで。
もちろん男が襲われることだってありますが、普段の暮らしでそのことを意識する場面は圧倒的に少ないんじゃないかな。
ラストまで読んでみると、#MeTooの流れなども意識せずにはいられません。"声の無い誰か"の存在が読後も心に重く残ります。



「意識のリボン」

本書の収録作同士に内容的な繋がりは別にないけど、この話が最後に来ることでコンセプトアルバムのように全体がまとまるような、素晴らしい最終話です。
母親を亡くした主人公の女性が自身も事故に遭って生死の狭間を彷徨う......という臨死体験を軽妙なタッチの一人称語りとして描いているのが面白いです。
死への最接近を描くことによって、「30代が感じる老いや死」という本書にゆるやかに通底するテーマが、なんとなく憂鬱でうだうだと愚痴ってしまう......みたいな次元からふわっと飛翔させている感じになってるのが素晴らしいと思います。

アクロス・ザ・ユニバース

今年の初めに抱負として映画のコーナー復活させるみたいなこと言ったのにしてないので、せめてハマった映画の感想はFilmarksに書いたのコピペでもブログに載せて映画ブログっぽさを出したいと思います!(?)



さて、本作。
タイトルで気になって観てみたら、ビートルズの楽曲30曲以上を出演者によるカバーとして使用したミュージカル映画で、ビートルズがこんだけかかる時点でもう無条件に好きではあるんすよね。



舞台はベトナム戦争の頃のアメリカ。
母を捨てた実の父親を探しにイギリスからやってきた主人公のジュードは、父の働く大学でマックスという男とその妹ルーシーに出逢う。
すぐにルーシーと恋に落ちるジュードだが、やがてマックスの元に召集令状が来て......。



というわけで、マニアというほどじゃないけど自分なりに大好きなビートルズが使われてるだけでテンションぶち上げなんだけど、その使い方が面白かったです。
普通ミュージカル映画や音楽映画って、ストーリーがあってそこに合わせて曲を作るパターンが多いと思います。しかし、本作はまず「ビートルズの曲を使いたい!」というのがあって、既存の歌詞に当てはめて話を展開させてる感じなんですよね。
だから、この曲を使いたいがためにこの展開......というような歪さがあるんだけど、そこが逆に愛おしいんですよね。

そして、ビートルズの活動時期と同時代のアメリカを舞台にして、全体のストーリー構成でビートルズというバンドの歴史をなぞっているのも良いですね。
ラブストーリー(ラブソング)にはじまり、やがてベトナム戦争が始まってサイケに向かい、ジュードとルーシー(メンバー間)の軋轢もありつつも「愛こそすべて」と平和へのメッセージを打ち出す......という、まぁざっくりですけどビートルズというバンドの歩みを思わせる構成なんですよね。
ただ、中盤のサイケパートあたりはやや中弛みに感じられるのも事実。曲がいいから観てて楽しいけどね。
あと、キャラの名前も主役のジュードとルーシーをはじめ、ビートルズの曲名に付いてる人名はほとんど網羅してんじゃないかってくらい全員ビートルズ由来のネーミングで、その安直さが微笑ましいです。

そんで、歌が良いんですよね。
ビートルズの原曲を使うのは版権的にも色々難しいらしいけど、本作のキャストたちによるカバーは、ストーリーとの絡み方も相まって原曲とはまた違った魅力を放っていて最高です。
例えば、序盤でレズビアンのプルーデンスが恋する相手が男と話しているのを見つめながら歌うバラード調の「アイワナホーヂョーヘン」や、プロパガンダ的に曲解した「アイウォンチュー」「ウォームガン」、ゴスペル風味の「レリビー」、ドスの効いた女性ボーカルで原曲以上に激しい「ヘルタースケルター」など、歌詞の解釈を変えると/アレンジを変えると/他の人が歌うとこうなるんだ!というカバーならではの楽しさが全編に散りばめられているわけです。

そして、ラストで使われるあの曲。
まぁ、あの曲がトリを飾りそうなのはなんとなく分かりますけど、最後の最後であの曲のあの部分をああやって使うのはキマりすぎてて爆笑してしまいました。笑いながら、このめくるめく愛の物語の余韻を噛み締めてじわじわと泣けてくる、素晴らしい終わり方。
サントラもサブスクにあって聞けるので嬉しいんだけど、尺の都合で劇中で歌われる全曲の半数くらいしか入ってないのが残念。また観なきゃってコトね。


追記
他にも彼女が窓から入ってきたり、ルーフトップコンサートだったりといった小ネタがいっぱいあって、たぶん私が気づいてないのも多そうなので詳しい人の解説とか見たいっすね。