偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

笹沢左保『求婚の密室』感想

トクマの特選笹沢左保100連発第6弾。
前回の『他殺岬』の主人公・天知昌二郎が再登場する密室ミステリです。


軽井沢の西條教授の別荘に招待された13人。教授は女優である娘・富士子の結婚相手をこの場で決めるつもりでいた。しかし翌朝、教授夫妻は密室で毒を飲んで亡くなっていた......。


これまでの特選笹沢作品は主人公が全国あちこち飛び回ったりしながらストーリー展開の面白さで魅せる作品が多かったです。
しかし本作は主軸を密室での夫婦の死に絞り、基本的に招待客たちが事件について推理していくだけの非常にシンプルな構成になっています。
それでも、「誰が事件を解決して富士子と結婚できるのか?」という対決がミステリとしては多重推理ものの面白さを出しつつ、動きの少ない中でのサスペンスを演出してもいます。
また、事件の核心に近づくにつれて明かされる登場人物たちの因縁や、2人の婚約者候補がいる中での天知と富士子の禁断の恋などドラマとしての見所も用意されているので密室一本勝負なのに一本調子にはならないところは流石に上手いです。
特に「密会」とか「情事」とか昭和ロマンな形容が似合う恋愛描写は80sブームの今読むと井上陽水とかの歌謡曲みたいな雰囲気を彷彿させて一周回ってオシャレですね。ヒロインはグレース・ケリー似だし。今の価値観とはそぐわないかもしれんけど、フィクションとしてはこういうオトコとオンナのキケンなカンケイみたいなの好きです。

そして、ミステリとしてはあの密室はやっぱ凄い!
密室の強度としては、実はさほど堅牢な感じはしないんですよね。手の届かないところに天窓はある密室内でペットボトルの水に入った毒を飲んで死んだ......という状況で、例えば自殺とか犯人にボトルを渡されて中で鍵をかけてから飲んだとか考えれば物理的には可能だし、天窓もなんかしら使えそうだし......みたいな。
一分の隙もないような密室だと「じゃあもうこれしかないだろ」みたいな解き方が出来ちゃったりしますが、こんくらい隙があると逆にとっかかりが分からないというか、隙をつこうと思っても絶妙にひらりと躱されてしまうような難しさがありました。
しかし解決されてみれば鮮やかに全てが繋がるのが気持ちいいっす。詳しくは書けないけど、トリックの面白さと伏線回収の凄さの合わせ技みたいな。痺れるぜ。

解決編が関係者が一堂に会して行われる派手なものであっただけに、その後に現れる昏い人間ドラマもより印象的。
笹沢左保のトリックメーカーとしての一面が垣間見られつついつものやるせない余韻もしっかりあってめちゃくちゃ良かったです。堪能。

前回の『他殺岬』も本作も昔一度読んだことがあり再読でしたが忘れてたのもありめちゃ楽しめました。
そして次回の『暗い傾斜』は久々の未読作品だけど傑作と名高いので楽しみです!あとトリックが面白いやつだと『霧に溶ける』とかも復刊して欲しいな......。