偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』感想


第二次大戦下のソ連において多くの女性が看護師や料理人、また兵士としても従軍したといいます。
本書はそんな従軍女性500人超への聴き書きをまとめた本。
男によって戦争というものが語られる時、「どこの連隊で」「何何作戦に参加して」「勲章を幾つもらって」みたいなことばかりが語られる。そこから取りこぼされるリアルな声を女性への聴き書きによって掬い上げたのが本書です。

女たちの戦争は知られないままになっていた
その戦争の物語を書きたい
女たちのものがたりを

それまで重要とされてきた国とか数字とかそういうどうでもいいものではなく、どうでもいいとされてきた人の気持ちや生活、恋、恐怖、勇気......そういったものから戦争というものを生々しく描出していきます。
正直なところ、読む前は「聴いた話をまとめただけなんでしょ」という気持ちがなかったとは言えません。
しかし、読んでみると、これだけ濃密な、一生で味わえないくらいの感情を、これだけの人数分ぶつけられて受け止めて、それを取捨選択して短くまとめながらも熱量は失わないように文章に変換していく......というのがどれだけの偉業か思い知らされます。だって、読んでいるだけでこんなに苦しいのに。

私自身、今そう遠くないどこかの国で起きている戦争に真摯に向き合っているのかというと、必ずしもそうとは言えないです。
今も誰かが戦い死んでいるであろう中で好きなバンドの新譜にワクワクしたり美味い寿司を食いに行ったりしてます。
でもTwitterで戦争をネタにしてたり戦争反対してる人を冷笑したりしてる奴が多くてそういうのにはうんざりしちゃいます。

戦争のことを聞いただけで、それを考えただけでむかつくような、そんな本が書けたら

天災とか事故とか、大勢の人が亡くなることは戦争以外にもあるけど、戦争は人が故意に始めることでしかないっすからね。
もちろん地震で亡くなった人とかを軽視するわけじゃないけど、戦争で死ぬのだけは本当に馬鹿馬鹿しくて嫌だなぁと思ってしまいます。
しかも、本書を読んだら分かるように、ただ死ぬだけじゃないっすからね。
飢えたり疲れたり犯されたり殺さなければならなかったり目の前で子供を殺されたり......。
もう、サクッと死んじゃった方が幸せなんじゃないかってくらいの体験ですから、それをこうして語り継いでくれるのはありがたいことだと思います。
著者の言う通り、本書を読めば戦争のことを考えただけでむかつくようになること請け合いなので、全人類が読むべきだと思います。

私ってば読んだ本の内容をすぐ忘れてしまうので、本書の一つ一つの話も明日には全て忘れてるだろうけど、それでも本書を読んでいる間の胸のむかつきや恐ろしさや絶望感は忘れられないだろうし忘れないようにしたいと思います。
忘れないように、中でも特に印象に残った言葉をいくつかメモとして引用しておきます。

誰も二度と戦争を欲するものはない
武器兵器はすべて廃棄されるはずだ

あたしは夫を葬るんじゃありません
恋を葬るんです

うちの夫は、戦争に行く時、激しく泣いたのよ
小さな子供たちを置いていくんだって、嘆いたわ

indigo la End アルバム未収録曲の感想だよ

というわけで、『あの街レコード』を含むメジャーデビュー以降のアルバムについて一通り書き終えたので、補遺的な感じでアルバムに入っていないカップリング曲などについても書いていきます。(会場限定シングルとかは除く)
やはりスピッツの影響を受けているからか、インディゴもカップリング曲にもハズレなしで、なおかつA面にはならないような実験性が強い曲も多いなぁと改めて思いました。
とはいえ普段アルバムで聴くことが多く、どうしてもアルバムに入ってない曲は聴く機会が少ないので、この機会に改めて聴き直せて良かったと思います。

では以下一曲ずつ書いていきます。




シベリアの女の子

2014。1st single『瞳に映らない』収録。

たしかインディーズ時代からあった曲だったと思います。てか、そうとしか思えない野暮ったさがある曲です。
いかにも邦ロックと言う感じで、indigoに期待する憂いや切なさはないけどこれはこれで意外と好きだったりします。
チャキチャキしたギターリフのイントロからしてもうあの頃の邦ロックですもんね。
ちょっとのどかでちょっと切なく、さらっと聴き流せる軽さが今のindigoにはない良さでもあると思います。
あと、ベースの動きがけっこうねっとりしてたり一瞬スラップしたりしてるので、そこでいなたさが和らいでちょっと洗練された感じに聴こえるんだと思います。

歌詞も軽いけどちょっと切ない恋の風景を切り取ったもの。
今みたいな技巧がなく、捻くれてはいるけど、その捻くれ方が真っ直ぐな気がします。

頭の悪いシベリアの女性に会って

という歌い出しからしスピッツを性格悪くしたみたいで今思えば微笑ましいですね。
「シベリアの女の子は白くて綺麗」みたいな浅い感じがしますが、めちゃくちゃ切実じゃないけどちょっと切ないような雰囲気は好きです。
肌の白さと夕焼けの赤の対比とかの小技を使っちゃってる感じも初々しくて可愛いですね。




幸せな街路樹

2014。1st single『瞳に映らない』収録。

この曲は「indigoで好きな曲を10曲挙げろ」って言われたら挙げるくらい好きです。

たぶん、indigoにとって初めてのがっつり「命」をテーマにした深刻な曲。後の「インディゴラブストーリー」や「Unpublished manuscript」などの曲に繋がってると思います。
コーラス付きの歌始まりなところからして意味深で、ドキッとさせられます。

曲の構成はプログレっすよね。
Aメロは憂いを纏ってあてもなく夜道を歩くような倦怠感。Bメロは流れゆく命を想って走り出すような焦燥感と切迫感。そしてサビでは祈るような切実な歌が印象的。
シーンが変わるごとにムードを作り出していくリズム隊。もう一つのボーカルのように、メロディアスな旋律を奏で続けるギター。印象的なコーラス。そして、今から思えばまだ上手くないものの、だからこそ切実に胸に響く絵音の声。
どの曲でもそうなんですが、この曲は特に、流れているすべての音が大切に思えるくらい思い入れが強いです。

その思い入れの要因になっているのはやっぱり歌詞なんですけど。

家に帰る目じるしにした街路樹に今日も話しかけて愛を振りまいた

という情景から始まり、街路樹に愛を振りまく光景が映像的に描出されていきます。
しかし、相手は樹なので、その愛は当然一方通行。
我々はどうしても愛を与えられることを求めてしまうけど、与えることもまた幸せなのではないか?というお話なんですね。

Bメロでは「君」という二人称が出てきます。「また会えたらいいなって」というところから、どうやら君は別れたかつての恋人のようです。
街路樹に「今日も」話しかけているところから、君と別れた後にその寂しさを埋めるために街路樹に話しかけ始めたようです(って書くと変質者みたいだけど......)。
過去の悲しい失恋から時が経ち、街路樹に愛を与え続けることによって、僕はとある気付きを得ます。

与える側は愛に満ち溢れている、そう考えれば楽じゃないか

君からの愛は返ってこなかったけど、君を愛せただけでも幸せだった、と。それは半分は強がりなのかもしれないけど、そんな考えから、思索はさらに

意外とこの世界は救いがあるような気がするんだ
僕だけですか?
止められない兵器と命の釣り合わない交換も知った上で
奪い合う醜い僕らも与えられていて与えてもいて

というところまで広がっていきます。
恋愛によって与えることの幸せを知ったことで、それを世界平和にまで敷衍していく。
人間には奪い合う醜い面もあるけど、与え合う美しい面もある。奪うことで我欲を満たすより、与えることで心を満たした方がよっぽどいいじゃん。

幸せな街路樹を植えてさ あなたも与えて

「僕」の中だけで完結する極めてミクロな思索を、聴いているただ1人の「あなた」に手渡す歌。それを繋いでいけば世界は少しずつ良くなるはず。
悲しいかなとある国で戦争が起きてしまった今、「与えて」のリフレインがより切実に胸に響きます。
All You Need Is Love。僕らに必要なのは、誰かに与えなきゃ溢れてしまうような内から湧き出る愛だけなのかもしれない。




SLY QUEEN

2014。2nd single『さよならベル』収録。

インディーズ時代の「キャロルクイーン」を下敷きにした曲。「キャロルクイーン」はなんかindigoなのかゲスなのかよく分からんような曲なんだけど、こっちはより洗練されて、ちょっとだけindigoらしさも強くなってます。
ベースの一音目からのギターがかなり激しいイントロからヘビーなAメロ。からの、疾走感を増すBメロ、そこにポップさも加わるサビ、さらに2番にかけても二転三転する展開に弄ばれる気持ちよさがあります。
Bメロが既にサビみたいな盛り上がりがあるのでサビが2回あるみたいでお得感もありますね。Bメロの前のギターのジャーンって音がめちゃくちゃ好き。
サビのボーカルのめっちゃ高音伸ばすとこから入ってごにゃごにゃってしてくところが初期の川谷絵音らしさ満点な気がします。

歌詞はかなり余白が多いのでなんのこっちゃら分かんないっすね。

sly but kind
毒づいた 君のこと
sly but kind
毒された 僕のこと

嘘だった 嘘っぱちだった
優しいふりしてただけなんだ

「SLY QUEEN」というタイトルは言ってみれば「ズルい女」ってことですよね。この辺は確かにズルい女への恨み言のような感じで分かるんですよ。
ただ、その後の

身の振り方を考えろよと統制される 僕らの生活

ここで一気によく分かんなくなるんですよね。
いや、ここだけならそれはそれで世の中へのフラストレーションみたいな感じで理解できるんだけど、繋がりがわかんないんですよね。
まぁ、強いて言えば繋がりは特になくて、恋愛における苛立ちと世の中への苛立ちを同時にぶちまけてるだけ、ということかもしれないですね。というか、そういうふうに解釈していますが他になにか考え方があれば教えて欲しいです。




渇き

2015。3rd single『悲しくなる前に』収録

渇き

渇き

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indigoはイントロがいい曲多いけど、この曲のイントロはその中でもかなり好きです。
ドラムロールかと思うくらいのドラムの音からのツインギターが印象的でベースもうねうねしてかっけえすぎるイントロ!
手前のギターがチャラチャラしてて奥のギターがパラリラパラリラ言ってるギャップに萌えるよね。語彙力が無さすぎて読んでる人に伝わってるのかどうか分からなすぎる。
2番から急にベースが元気になるところも好き。
ただ、ヴァースの部分の絵音の歌い方がなんかこの曲だけやけにアホっぽく聴こえてしまうのですが、、、。

この曲は「悲しくなる前に」のカップリングですが、歌詞が「悲しくなる前に」と緩やかに対になっている気がします。
「悲しくなる前に」は、別れた後の女性目線で「夜更けに向かって走った」と歌われるのに対し、この「渇き」は別れる瞬間の男性目線で「君が切なさを纏って 走り去って行くのを見て立ち尽くした」と歌われます。
時系列的には続編と前日譚のようでもあり、男女両方の視点から一つの別れを描いているようでもあります。
また、このシングルが出る一つ前のアルバムに収録されている「心二つ」という曲では「渇く前に君に触れるんだ」「涙が枯れるまであと10分」と、「渇き」と「悲しくなる前に」のキーワードが入っていたりもします。
「心二つ」は死別の歌だと思っているのでストーリー上の繋がりはないと思うけど、「心二つ」のモチーフからまさに2つに別れたのがこの「悲しく」「渇き」の2曲なのかもしれません。こういう意味はないかもだけど意味深なやり口が上手いっすよね。

さて、他の曲とのリンクの話ばかりしてしまいましたが、この曲の歌詞について。
この時期のindigoに顕著な「少しの具体的な情景描写から、心理描写に潜っていく」という作りの歌詞になっています。

鳥が飛び立ったのを 合図にして君は立ち上がった

歌詞に鳥が出てくるのはサカナクションの「ミュージック」の影響のような気がしますが、この曲では鳥が飛び立つことが恋の終わりを指しています。
他に、タイトルになっている「渇く」や「色を失う」というのも恋の終わりを表す表現として使われています。
その中でやっぱりタイトルの「渇き」の使い方が面白いですね。
渇くっていうと、イメージ的には相手への気持ちが枯れる見たいなのを思い浮かべますが、この曲からは2人の間の関係が渇くといったニュアンスを感じます。
確かに、恋の終わりって気持ちが渇くというよりは気持ちは変わらないままでも2人の間にあった潤いがなくなってしまう感じですよね。この辺の恋愛に対する洞察の鋭さはさすが現代の恋愛マスターだと思います。
結局のところ曲の中で実際の光景として描かれるのは公園のベンチ(かどこか、屋外の座れる場所)で別れ話をして女の方が走り去るっていうそれだけなんだけど、そこに色々と重ねさせられるのが凄い......。
最後の数行の流れも良いですよね。




夢のあとから

2015。4th single『雫に恋して/忘れて花束』収録


悲しみの底に沈んでいくような重くて深いベースと、静かなキーボード、アコギが印象的なイントロからして、深夜の1番暗い時間のようなSad but Sweetな、というよりSweet but Sadなムード満点。
サカナクションの「mellow」とか「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」とかが好きなんですけど、その辺のサカナクションを彷彿とさせる、そこにindigo特有のエモい切なさが加わった曲です。

失恋した後に、indigoの曲をシャッフルで聴きながら散歩してどんどこ悲しみに沈むのが私の作法なんですけど、そん時にこの曲の穏やかな諦念を感じさせるサウンドが心地良くて特にたくさん聴いてたのでめちゃくちゃ思い入れが強いです。
当時は本当にindigoで1番好きな曲でした。

夢を見たのさ 絵の具で描いた夜明けの海で
わかっていたから 君の隣りで眠っていたんだ

ダメなんだけど、浸ってしまう気持ちですよね。忘れなきゃいけないのにいつでも彼女のことを考えてしまって、むしろ考えてるうちにどんどん実際よりも美化されていたりもするし、悲しみに浸る自分に酔ってるって側面も多分にあったり。苦しいんだけど、苦しみで心が満ちているからある種倒錯した満足感のようなものもあったりするんですよね。

I'd rather she be with me
Only that

それでも、「彼女が側にいてほしい、それだけでいい」(訳が合ってるかは知らん)という、ほんとにただそれだけの状態に、もう2度と戻れないというその理不尽さ。
他のどうでも良い友達には誰にでも会えるのに、1番会いたい人にだけはもう会えないっていう絶望に耐えるのに、私は海に潜って悲しみに溺れるしかなかったなぁという回想。
でも失恋ソング聴いて浸っていられるうちはまだよくて、今の彼女に一旦振られた時には音楽なんか聴けなくて日中は魂が体と乖離したような感覚で過ごし、夜は毎日泣いてましたからね。
失恋ソングを聴いていられるうちは純粋な恋なんでしょうね。今思えばそこまで含めて恋の輝きなんだと思える気もします。もうあんなのは嫌だけど。




24時、繰り返す

2016。5th single『心雨』収録


全パートが掻き鳴らすって感じに掻き鳴らしてる激しいイントロの焦燥感。
切ないというよりはちょっと軽い感じで、何度も何度も何度も何度も繰り返すサビの歌詞とか、間奏からのプログレな展開も含めてかなりゲスっぽい特徴を持った曲。
言ってしまえば「Mr.ゲスX」みたいな感じですね。
それでいて、聴いてる感じは別にゲスっぽくは感じないあたり、「SLY QUEEN」の頃に比べてindigoらしさが確立されている気はしますね。
地味にこの曲のコーラス好きなんですよね。「左胸に刻みつけた」の後のところとか、ちょっとゾワっとします。
ハードロックパートの後のラスサビでそれまでとメロディが変わるところも好きすぎる。

歌詞はすごいなんとなくですけどTwitterのことかと思います。

何度も何度も何度も何度も思いの丈を投げつけた
何度も何度も何度も何度も返ってきては傷付いた

この辺の会話というには両一方通行な感じとか。
まぁTwitterはさておき、夜に物思いに耽って色々と溢れてきちゃうのは分かります。
でも最近は完全に朝方になってしまったし悩みも特にないので、かつて分かりみがあったという感じっすね。
孕むとか風化とか左胸とかカッコいい言葉を色々使ってるのに「わからないけどもうダメで」ってとこは弱々しいのが切なくも面白いです。




夕恋

2017。6th single『冬夜のマジック』収録

夕恋

夕恋

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1番はコーラスが入る以外はアコギ弾き語り。
まぁアコギ弾いてるのは長田くんかもしれんけど。
ピアノの弾き語り風なら『藍色ミュージック』にも2曲ありましたが、ギターだと「あの街の帰り道」以来とかじゃないかな。
あの頃に比べると弾き語りでも音に深みがあるし声に反響感があるから余計にそう感じるのかもしれないけど歌の説得力も増してます。

歌詞ですが、あの騒動よりけっこう後の曲ではあるのですが、がっつり不倫の歌でびっくりしました。おい。

水を買っとけば良かったね
って会話も愛しい

っていう歌い出しからしてもうラブホにいますからね。けしからん。

変わったTシャツの趣味が合ったり

という一文だけで、息が詰まるような現実圧の強い結婚生活の中でサブカル趣味で「妻」という役割から離れた「自分」を保とうとする人妻と、その憂いに惹かれる大学生の主人公......という人物像を浮かばせるあたりはさすが。

大人になれない恋がしたいと夕に投げる
このあとの夜を明かしたら あなたは笑うかな

まだ情事(コト)に及ぶ前の「夕」の時間だけの恋。夕方にホテルにいる時の倦怠感や背徳感といった「俗」の気配が、このある種ピュアな夕だけの恋の儚さや切なさを引き立てているのが美しいです。スイカに塩かけるみたいに。
「この後の夜を明かしたらあなたは笑うかな」の見透かされてる感じと、見透かされてることも知っていながらズブズブと深みにハマってしまう感じとがエグいっす。

目の前の恋心より 指輪外したあなたの方が
近く浮かぶ そんなこんなが大人だなって
でも

1番が終わって2番のぼうとうのここでようやく不倫という状況が明かされるのも上手いですよね。薄々気付いてはいたけど......みたいな。

北大路公子『ぐうたら旅日記』感想

好きすぎて一気に読んじゃうともったいないから、たまにしか読まなすぎて本当に好きなの?と疑われてしまいそうな北大路公子、通称ケメコちゃんによる、タイトル通りの旅行エッセイ。


徹頭徹尾ゆる〜い本です。
まず3部構成になってるんだけど、第一部が恐山・知床旅行記、第三部が積丹ウニ三昧のところ、その間に挟まった第二部が何かの企画で書いた三題話のショートストーリーという、とりあえずあったから入れときましたみたいな構成なのにまず笑います。

旅行記の内容はというと、いきなり「旅はめんどくさいから嫌い」と豪語しておいてからの、旅の行程ほぼ他人任せだし、旅先でも食って飲んで寝てと家でやってることとほとんど変わらなくてめちゃくちゃ笑いました。
ツアーの参加者(友人)たちも類は友をなんとやらでキャラの濃い面々ばかり。でも人数が多いからあんまり掘り下げられない人もいてかわいそう......。
恐山ではちゃんとイタコに会ったりもするんだけど、そこのくだりもゆるすぎて全然イタコって感じがしない(?)です。
あとウニツアーはめちゃくちゃ羨ましい!
私もウニ好きなつもりだけど、こんなに食えねえ気しかしない。というかバフンウニとムラサキウニってこんなに値段違うんですか?というかこんなに値段が違うことってあるんですか?誤植じゃないよね?ってくらい違ってびっくりしました。安いムラサキウニでいいから一面ウニの丼食べたい......。

しれっと差し込まれているショートストーリーも良かったです。
この人のことは完全にエッセイストの変なおばちゃんだと思ってましたが、お話も書けるんですよね。
このショートストーリーの方も、三題噺だから......だけではなさそうな緩さなんですが、シュールな発想の飛躍によって繰り出される奇妙なギャグが心地よくてクセになります。
児玉清さん、懐かしい......。日曜日の昼を思い出して切なくなりました。

そしてもちろんあとがきまで面白さ満載。というかなんならあとがきが1番笑った。そして奥付の手前の初出欄にまでぎっちりと笑いが仕込まれてるあたりのサービス精神に、実はめちゃくちゃ気遣いの出来る人なのでは......とキャラが壊れるようなことも思ってしまいます。

そんな感じで、めっちゃ面白かったです。たまにこの人の本読むと幸せな気持ちになれて良いっすね。

歌野晶午『誘拐リフレイン』感想

現在活動中の本格ミステリ作家で1番改題が多いような気がしている歌野晶午による、『舞田ひとみ〇〇歳〜』というシリーズタイトルから『コモリと子守り』というシンプルなタイトルになって単行本として出た後、しばらくしてから『誘拐リフレイン』として文庫化された作品。
要は、舞田ひとみシリーズ第3弾。
舞田ひとみ17歳、誘拐ときどき探偵っていう内容です。


歌野晶午の魅力といえば、ストーリー展開の面白さ、騙しのテク、社会派としてのリアリティあたりだと思いますが、本作はこれ全部ちゃんと味わえるファンには堪らない長編でした。

まず、お話が面白いっす。
語り手は舞田ひとみの友達で半引きこもりニートの由宇。
彼が隣のアパートのベランダに虐待されているかもしれない幼児を見つけることからお話が始まります。
この由宇が非常にうじうじしたキャラなので、虐待に気付いて止めたいと思うもののなかなか具体的な行動を取らなくて、焦ったいしイライラするんだけど、そのダメなところにある程度共感もしてしまうから同族嫌悪的な感じで突っ込みながら読めて引き込まれてしまいました。
「ちょっと長めのプロローグ」と題されているように、序章にあたる部分だけで一つの短編みたいな読み応えがあり、実際に一つ事件が起きて解決してしまいます。
そこから、本編に入るといよいよ誘拐事件が起こるわけですが、この事件もかなり重層的で先が読めなくて一気に読んじゃう。
そして、作中で「今どき誘拐なんかするより振り込め詐欺のがコスパがいい」みたいなセリフもあるように、スマホがある現代に絶滅危惧種に近い「誘拐」というリスキーな犯罪がなぜ行われているのか?という謎も魅力的。
警察の捜査の手法やSNSで事件がリアルタイムで実況されてしまうところなんかも「誘拐モノ」の大胆なアップデートになってるし、テーマの一つが「虐待」なのも歌野さん流の社会はミステリになってて読み応えがあります。
そもそも歌野さんは島田荘司の弟子ですから、社会派と本格の融合に意識的だと思うんですよね。それも島田さんとはまた違ったネット世代のオタク目線からのリアリティ。『密室殺人ゲーム』シリーズなんかにそれが顕著に現れています。他にも代表的ないくつかの作品にも(テーマがネタバレになるので書けませんが)社会問題を扱った作品が多いです。
本作もその系譜に連なるわけっすね。

もちろん真相の意外性もばっちし。
いや、他の傑作群に比べると正直驚きはやや落ちるかもしれませんが、しかしミスリードの巧妙さや細部の計画の緻密さのおかげで、軸はこれだけシンプルな仕掛けでもしっかり騙されちゃったから脱帽ですわ。

そして、事件が終わった後も「かなり長めのエピローグ」が続きます。
ネタバレかもしれないけど、ここではもう大きな逆転とかはなく、ただ物語が由宇とひとみという2人の若者の物語が畳まれていくパートになっています。
冒頭で私をイライラさせた由宇がちょっと成長し、ひとみもまたきっと何か心境の変化を迎えていることでしょう。
社会派本格ミステリでありつつ、余韻はただの青春小説で、彼らの今後が気になってしまいます。
わざわざ改題と版元変更してまでシリーズ通して再文庫化されたってことは、「舞田ひとみ20歳」を期待して良いってことなんでしょうか?どうなんですか歌野先生。


以下少しだけネタバレで。






































1番冒頭の主人公の「由宇」という名前もそうですが、刑事の石黒や、なんとか茂美さんなど、本作ではところどころで性別誤認トリックを連想させる描写が散在しています。
それらは実際には叙述トリックではないのですが、それによって性別に敏感にさせられます。
そして、パールちゃんとリクトくんはそれぞれ性別がはっきりしているから、男女の取り違えなんてことは起きないだろう......と思わされてしまうわけです。
また、物語の最初の時点でもう......というのも意外性の飛距離が大きくて、シンプルながら思っくそ騙されてしまいました。
もちろん、まさかあんな酷いことが......という心理的な真相の見えづらさ......というか見たくなさで目が曇らされてしまうのもずるいですね......。

都筑道夫『猫の舌に釘をうて』感想

長いこと読んできたトクマの特選もこれで小松左京以外はコンプリート。小松左京は分厚いのと正直やや苦手意識がある(面白いけど)ので一旦保留なのです。




同人仲間で友人の妻である由紀子に7年越しの片思いを続ける冴えない推理作家の「私」。
失恋の腹いせに風邪薬を知人のコーヒーに入れる毒殺ごっこを企てるが、標的は本当に死んでしまい......。

私はこの事件の犯人であり、探偵であり、そしてどうやら被害者にもなりそうだ


冒頭から犯人=探偵=被害者の1人3役を宣言しているように、トリッキーな探偵小説なんですが、同時にセンチメンタルな恋愛小説でもあります。

まず恋愛小説としては、私の大好きなというか、必ず共感してしまう非モテ男のモテ女への片想いが描かれているんですね。
『(500)日のサマー』しかり、銀杏BOYZしかり、どうしても実体験がある分こういうお話には入れ込んでしまいます。
今読むとちょっと厳しい女性蔑視的な感覚がナチュラルにあるのでその辺はトホホと思いつつ、モテる女に対する「女なんてクソだ」という気持ちはめちゃくちゃ分かるからつらい。そういう恋愛事件も今や過去の話なので、若い頃に読んでたらもっとぶっ刺さってましたね。今の気持ちで読むと若いなぁとか青いなぁみたいに思ってしまうのが良いことなんだけどちょっとだけ寂しい。
しかしこの有紀子というヒロインはまたかなり勝手なんですよね。その裏には何か彼女なりのワケが有るんだろうけど、主人公視点なのでそこまで描かれないのが謎めいた感じがしてムカつくのに魅力的に思えてしまいます。なんでそんな女をそんなに好きなのさ!と思いつつも、好きになってしまうだろうなぁという感じの。
解説を読むと、本作のヒロイン有紀子は実際に著者の都筑道夫が片想いをしていた女性がモデルになっているらしく、そういうことを知ってしまうと、切実な恋の話をストレートに書きたいけど、照れがあってトリッキーな本格ミステリで照れ隠ししてるみたいにも思えてしまいます。

とはいえ、もちろんミステリとしてもめちゃくちゃ面白かったです。
「私が探偵で犯人で被害者」という趣向こそ抽象的すぎて「まぁ、確かにそうよね」くらいの感想しか出ないんですが、とにかく調査の過程が良い。
探偵作家が素人探偵として自分の起こした(かもしれない)事件を捜査するという滑稽な状況がまず味わい深いですし、刑事さんが意外と協力的(でも食えないヤツ)なのも面白いです。
曖昧な謎だけがぼんやりと残ったまま終盤まで来たところでの超展開と、そこから雪崩れ込むような"解決編"まで、物語としては切なさを増しつつ、ミステリとしては趣向をどんどん加えていって遊び心が横溢していくっていうバランスも好きです。
なんというか全てが急すぎて解決にそんなに意外性とかはないんだけど、過程や趣向の使い方が面白い、不思議な魅力のある作品です。
『やぶにらみの時計』と同様、今作もタクシーが印象的な役割を果たしています。あのタクシーの場面のふっと場面転換する映像的なエモさが最高でした。

という感じで、やや古さもあるものの、遊び心やエモさは令和に読んでちゃんと面白い傑作でした。




















































































































































































































































俺を振るのはいいし他のやつと付き合うのもいいけど、恋愛アレルギーみたいなこと言っといてからにすぐ俺の友達と付き合い始めるんですね。殺してやる。
......とか思った恋の記憶があるので、最後の事件の真相は最初から分かってましたが、分かっていたからこそ切なく感じてしまいます。
非モテ男の身勝手な執着と言われればそれまてですが、凄くあの気持ち分かってしまうんですよね。トホホ。

かんべむさし『公共考査機構』感想

トクマの特選の出た時に読み逃してたやつ。

1979年発表。
舞台は近未来(当時)の日本。
"公共考査機構"による、国民の意見に視聴者の多数決で賛否を決める番組が始まる。民主主義の体現と称してその実態は危険思想の炙り出し、吊し上げ、魔女狩りに近い私刑であった......。


現代のSNSでの炎上を予見した作品......と言われれば確かにそういう見方もできると思いますが、そうした異分子の排除ということは形が変わっていってるだけでいつの時代にも行われていたんじゃないかと思います。
残念ながら、40年前にここまでそれを的確に描いた作家がいるにも関わらず今もそれは続いてしまっているわけですけど......。
どうでもいいけど、リモコンのボタンで投票できるあたり、予言というなら地デジを予見している気はしますね。

しかし、読んでいて確かに今年の新刊かと思うくらい2022年現在の最旬トピック(核兵器問題、日本の独裁化)が詰め込まれていて、その点ではやっぱり令和の新刊に相応しい作品だと思います。
むしろこれだけ現在とリンクしているのに、電電公社だの通産省だのと知らない言葉が出てくるところに奇妙な異世界感がありました。

内容としては、主人公の日高という男が"番組"に出演させられてしまう......というのを主軸に、番組が作られていく過程と並行して語られていきます。
日高のパートでは国という大きなものに踏み躙られる理不尽さへの憤りと、それに気づきもしない、あるいは気づいていながら要領良く立ち回る奴らへの怒りが描かれていきます。私見ですが、怒りというのは最も共感しやすい感情だと思うんですよね。この日高さん激おこパートが入ってくることで、一気に日高に自己投影してしまっちゃうんですよね。
そして、そこで自己投影させられているからこそ、日高が保身を取るか、プライドと友情を取るかというのが、読者自身の選択として突きつけられてくるのが上手いっすよね。なんせ、読者はもう気づいていないフリは出来ないですから。どちらかを選ばざるを得ないわけですね。
私ならどうだろう......若い頃なら絶対にプライドを曲げなかったと思いますけど、今はそう言い切る自信はないっすね......。
しかしなんにしろ独裁に与しないようにプーチンや安倍には死ねと言い続けていきたいですね......なんて言える世界であれ。

あと、Twitterの使い方も気をつけようと思いました。

あれは、人間を卑しくしますからね

スピッツ『さざなみCD』今更感想

はい、それでは今回はこれです!

さざなみCD

さざなみCD

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スピッツ全曲感想シリーズもそろそろ折り返しくらいな気がしますが、本作は私が初めて聴いたスピッツのオリジナルアルバム、という思い入れのある作品なんすよね。
小学生の頃くらいに、親が近所のCD屋で買ってきたサイクルヒッツが私のスピッツ原体験。その少し後に同じ店で新譜で買ってきたのがこのアルバムだったんですよね。
その頃は親の趣味のB'zとかビートルズとかGLAYとかエンヤくらいしか音楽を知らなかったんだけど、その中でも圧倒的にスピッツにピンときていたので当時の自分を褒めてやりたい。

さて、本作はスピッツの結成20周年イヤーである2007年にリリースされた記念すべき作品です。
だからなのかどうかは知らんけど、ハヤブサあたりからサウンドに解放感が出てきて、歌詞の内容とかもスーベニアあたりから陰気じゃなくなってきてたんですが、その明るいスピッツの到達点みたいな感じがします。
本作と『とげまる』がそんな感じで、だから思い入れはありつつも今聴くと他の陰気なアルバムや、完全に生まれ変わったような近作の方が好きかなぁという感じはしちゃいます。

とはいえ、全体に夏のイメージでスピッツのアルバムの中で最もポップな爽快感のある作品で、桃や点と点といっためちゃくちゃ好きな曲も入ってるので夏頃になると聴きたくなる一枚です。というのを冬に書いてるけど。

では以下全曲の感想です。




1.僕のギター


アコギ弾き語りのように穏やかに始まりつつ、ノイズの音が穏やかなだけではない心のざわつきを起こさせます。
歌声は反響してる感じが強くて、霧雨の中の静かな神聖さにも近いものを感じさせます。

メロの部分はアコギ主体の静かな感じだけど、サビでは歪んだエレキギターの音がぎゃーんとくるあたりはレディヘのCreepなんかも彷彿としてしまいます。

構成としてはA→A→サビ→A→サビ→間奏→大サビという形で、だんだんサビの頻度が増えてだんだん盛り上がっていく構成。
スピッツにしては長めの曲でもあり、霧雨の中で歌う路上シンガーの矮小さと、その歌がやがてアリーナ満員の観客の前で鳴らされるような壮大さとが同居したサウンドで、スピッツとしてのこれまでの歩みを歌う自己紹介のような一曲目です。

先に言っちゃったけど、歌詞はそういう感じで、曲を作って、それを鳴らす、ということについてのシンプルなものではあるのですが、

ずっと 君を歌うよ おかしいくらい
忘れたくない ひとつひとつを
消えないように 消えないように 刻んでる

というあたりに喪失(それも死別)を匂わせているのはスピッツらしいところ。
ただ、「コスモス」「ロビンソン」などから『三日月ロック』収録の「水色の街」まではそれを暗いトーンで、後追いを仄めかしたりなどして描いていたのに対して、この曲では君が生きた証を刻むぜっていう前向きな方向に変わっています。
以降、「若葉」「スワン」「みなと」「ありがとさん」など、各アルバムに一曲ずつはある死別を思わせる曲はどれも君の思い出を抱いて生きていくというニュアンスが感じられるようになっていきます。
結成20周年にしてひとつ大人になったところを見せるような一曲目です。




2.桃

ファンの間でもかなり人気の高い曲。私も大好きです。
この前、米津玄師のインスタライブを見てたらこの曲を弾き語りカバーしてくれてて、米津やっぱスピッツ好きなんだな、好きそうだもんな、などと思いました。米津バージョンは声を張り上げて「海の幽霊」みたいに熱唱していて、それもそれで良かったです。

それはさておき、名曲と呼ばれる所以はメンバーそれぞれが分かりやすく良い味出してるとこじゃないでしょうか。
イントロの切なく美しいアルペジオのリフを聴いただけで「スピッツじゃん」って分かるくらいスピッツ。ドラムはタッタカタッタカ軽快でベースも踊るようにノリノリ。そしてボーカルも最高っすね。何が良いってCメロとかに入ってるセルフコーラスが良いっすよね。
また、キーボードも印象的。ギターとキーボードによる美しすぎるアウトロの余韻はスピッツの曲でも随一では。



普段はドラムを一番


そして、もちろん歌詞が良い。

歌詞で特徴的なのは時制が現在形なことでしょうか。

切れた電球を今 取り替えれば明るく
桃の唇 初めて色になる

冒頭のフレーズで「今」と言っている通り、今まさに恋をしてしまっているという臨場感が、メロディの切なさとも相俟ってある種の切迫感のようなものを醸し出しています。

いつも通り色んな読み方が出来る歌詞ではありますが、個人的には非常に背徳の匂いを感じてしまいます。
近年のスピッツに不倫や寝取り寝取られを思わせる曲が多いことから、この曲も不倫解釈してしまいます。

ありがちなドラマを なぞっていただけ
あの日々にはもう二度と戻れない

軽い火遊びのつもりだった頃はありがちなドラマをなぞっていただけだったけど、本気になってしまった今はもうあの頃にすら戻れない、といったようなお話を想像してしまいます。
「窓辺から飛び立つ」というのも、鳥が籠から解放されて自由になるところを想像しますが、それは一般常識や道徳から解き放たれてしまうような意味合いなのかと。あるいは死のメタファーのようにも聴こえます。

桃という果物、私も好きで夏になるとよく買ってくるのですが、ちょっとほっとくとすぐ腐ってしまうんですよね。
甘くて官能的でもあるけど腐乱する桃に背徳の恋を重ね合わせ、腐ると知っていながらも「永遠という戯言に溺れて」しまっている状態なのかな、と。
そして、「窓辺」の死のイメージからするともしかして......というところまで想像してしまいます。

ちなみに、間奏前の、この曲で最もエモーションを込めて歌われる

柔らかな気持ちになった
甘い香りにつつまれ

というところは「フェイクファー」の「柔らかな心持った」というのを連想してまたエモくなってしまいます。




3.群青

イントロのギターの音色が何かに似ていると思ったら、初期の「アパート」という曲でした。切ない名曲「アパート」を突き抜けるような爽快な明るさにしたような曲。
それでも2割くらいの切なさは含まれていて、それが夏の喜びの中に、それが終わってしまうことを内包していて、でも終わると分かっているからこその尊さも表しているようで。
他にも、「タイムトラベラー」や「今」っぽい匂いも感じます。

そしてこの曲はベースの動きが激しくてめちゃカッコいいですよね。イントロのとこのフレーズとか好きだしサビの細かくブイブイするとこも良い!

一方、歌詞についてはそんなに語ることはなさげな歌ではあります。
どうしてもスピッツの歌詞=死とセックスのイメージがあるのでそういう要素を探してしまうし、無理にこじつければこの曲もそう読めなくはないけど、まぁ素直に聴けばいいと思います。

僕はここにいる それだけで奇跡

という歌詞を陳腐に思いつつも、これまで死や喪失を歌ってきたスピッツだからこその説得力もある気がしてなんだかんだエモくなってしまうのは私が信者だから?

個人的には、「君はなぜだろう暖かい」の「なぜたろう」に自己評価の低さが表れている気がして好きです。




4.Na・de・Na・deボーイ

ろりろりろ〜んって音からの、カッティングっぽいけど違うような気もするザクザクしたギターリフと、同じリズムのドラム・ベースのイントロからしてテンションがぶち上がります。
切ない「桃」、明るい中にも切なさアリの「群青」と来て、ついにほぼ100%明るい印象のこの曲へとだんだん解放されていく曲順が素敵。
タイトルといい、チャキチャキしたギターといい、ラップっぽいAメロといい、流行りの韓国語を取り入れてるところといい、ちょっとチャラついてる感じがして中学生の頃はあまり好きになれなかった曲です。
とはいえやっぱりテンションはぶち上がるよね。

ラップっぽい曲はハヤブサ期の「メモリーズ」「いろは」などもありますが、それに比べてこの曲や後の「どんどどん」はしっかり韻は踏んでます。かと言って、最近のバンドのナチュラルにラップ入れてきたりするような曲と比べて無理してる感はやっぱ満載で、そこがめちゃ可愛いですよね。

彼女は野生の手で 僕をなでてくれたんで
ごちゃまぜだった情念が一本化されそうだ

この歌い出しの童貞っぽさがすげえ分かる。
野生の手でとか言われるとエロっぽくもあるけど、たぶんこれは本当に他意なくスキンシップが激しいタイプの女っすよね。2番では「彼女は人間の声で 僕の名前を呼んだんで」とも言ってるので、簡単に下の名前で読んでくる女でもあるわけです。その気もないのに。そう思うとすげえ嫌な女ですけど、童貞ってのはそういうのに弱いんですよね。
ごちゃまぜたった情念が一本化っていうのは、要するにAVとか見なくなったってことですね。わかるよ。

イッキ飲みエスプレッソ HP増えていってんぞ
明大前で乗り換えて 街に出たよ

エスプレッソ飲んで電車に乗るのはこれはもう大学生ですね。大学生にもなってオタサーの姫みたいなのに引っ掛かってるの痛いです。わかるよ。

ナデナデボーイ糸切れて どこまでも駆けてく
始まりは突然なのだ 止められないもう二度と
晴れ間が見えた

怖いですね。なんか怖い。
その晴れ間、本当に晴れ間ですか?って思ってしまいます。

ゆらゆらとカゲロウが逃げてゆく
楽しすぎる 本当にあるんだろう

怖いですね。なんか怖い。
本当にあるんですか?って思ってしまいます。

巻き巻きが壊れても あきらめない
ちょうど良く 流れ星見えた

怖いですね。なんか怖い。
巻き巻きがなんなのか分かんないけど、「糸切れて」と関連付けてみると糸を巻き取ってくれる何かこう自制心のようなものと読めると思います。それが壊れて繋ぎ止められていた欲望が自由に飛び立っていくような、怖いですね。
「ナデナデボーイ」ってのも、彼女に撫でられることだったら撫でられボーイですもんね。ナデナデしてるのがボーイなら、ナニをナデナデしてるんでしょうか......?
なんて下ネタ的に解釈も出来るけど、爽やかなラブソングにも読めるのがスピッツらしいですよね!私には下ネタにしか聴こえませんが!




5.ルキンフォー

こんなこと言うとアレですけど、スピッツの曲を全てランキングにしたら下位にくる曲です。それでも嫌いじゃないしもちろん聴けば好きだけど、あんま自分から聴く気にはならない。
というのも、もう全てがめちゃくちゃ王道にJ POPって感じなんですよね。

スーベニアからとげまるあたりのスピッツには世間一般に向けて開いていくような意識が強く感じられて、それはとげまるの半分の曲タイアップというところで頂点を極めたように思いますが、この曲なんかはまさにその象徴な気がします。

まぁ、MVに過去の曲のMVに出てくるアイテムが勢揃いしていたりと、いわば20周年記念シングルという側面が強いために、ど真ん中ストレートをやって見せたのかもしれません。
サウンド的にも、シンプルにバンドサウンドがメインで、入りからギター・ドラム・ベースが足並み揃えていて、歌詞もバンドの歩みやファンへの想いを綴っているようなもの。
そう考えると、外へ開く指向と共に、内輪へのサービス的な指向も強く感じられます。

「これからもバンドやっていくぜ!」「ファンの君へ届けるぜ!」という歌ではありつつ、その言い方がめちゃくちゃマサムネ節なんですよねぇ。

「デコボコの道をずっと歩いていこう」「届きそうな気がしてる」というあたりは、代表曲『チェリー』のセルフオマージュ的でもあり、エモいです。言い切らない感じが逆に真摯で、一生着いていきやすアニキ!って思う。
ノロマ、ダメ、燃えカス、モロくなど、ネガティブな言葉を連ねてギリギリのリアルなポジディブを描いていくところがやっぱり好きなんですよね。
毎回飛ばしちゃうけど、改めて聴いて魅力を再発見できました。




6.不思議

途中から始まったのかと思うくらい流れるように入っていくイントロが好き。
地に足が着いたようでありつつ恋に躍るような高揚感もあるリズムが最高です。特にサビはディスコみたいに踊っちゃう。「けれど〜」のとこのドラムとか、2番の「ああ、ベイビー!」のとこや「もういいよ」のとこベースほんと好き。
恋する鼓動のようなリズムや恋の煌めきを思わせるキーボードの音色が前面に出ていてギター感が薄いですが、イントロのギターは印象的だし、ところどころで控えめにキラキラ感を添えてくる感じ好き。あと最後の方で特に主張してくるシンセの音も良いっすよね。

サウンドのポップさと同様に歌詞も明るく外へ開いていく感じで、1曲目から続く開放感のひとつのクライマックスになっている気がします。
個人的にはこの歌詞は好きだった子にフラれたんだけど、その後別の子と付き合うことになった歌、という気がします。
「痛みを忘れた」「過ぎて行ったモロモロはもういいよ」というあたりから、前に恋をしていた相手を引きずってる感じがありつつ、「君」と出会ってそれを吹っ切ってく感じ。
「憧れてた場所じゃないけれど」という一言から、前の相手はいわゆる"理想"のタイプの人で、今回の相手は実際に一緒にいて楽しいタイプの人だってことまで伝わってくるのが凄いです。
その直前に「恋はブキミ」とあるのが、新しい恋でケロッと前のことを忘れてしまう現象、あるいは穿った見方をすれば忘れるために新しい恋を作り出していくシステムのことのように思うけど、それはマジで穿った見方に過ぎるかも知れません。
しかし、「目と目で通じ合える」みたいな言い草にどうしてもストーカーチックな怖さを感じてしまうのはスピッツファンの性ですかね。



7.点と点

珍しいけどたまにやるカッティングギターのイントロがバリくそかっこよくてもうブチ上がっちまうぜテンション!からの、そのリフをベースが引き継ぐとこもアツいしドラムの入りもバキバキに決まってて、『不思議』で一旦明るい方向性がクライマックスを迎えた後でダークな方向のスピッツの鋭い切れ味にぶちのめされてしまいます。
またそんなバンドサウンドの激カッコよさの中にシンセが効いてきて妖しさや色気を添えているのも良い!全部良い!こういう激し目の曲はスピッツの音を聴ける気持ちよさがストレートにガーンと来てうおーってなるよね語彙力!
2番の「煩悩を正当化してった」のとこあたりのベースがカッコいいんですよ一瞬。

歌詞は恋が愛に変わる感じっすかね。
「にわか雨」「待ち合わせ」「恋の都」などといったワードチョイスに昭和歌謡のような懐かしみを感じつつ、「ナイルのほとり」「昨日の朝めし」などの突飛なワードや、「風ん中」「ぶち壊す」みたいなちょっと悪ぶった言い方はマサムネ節全開。
点と点というのは、君と僕のことだと思うのですが、「真っ直ぐに君を見る」ことでそれが線になるということっすよね。シンプルに直線だから有名な方程式を使うまでもないっていう。あるいは恋愛のセオリーみたいな方程式に縛られずにって意味合いもあるかも。
「平気なフリしてても震えてる」「どうでもいいことなんて無くなる」といった言い回しからすると、プロポーズの場面とも取れますね。
と言っても、「桜色のホッペが 煩悩を正当化してった」「悲しい記憶の壁 必死こいてよじ上った」というあたりの、過去の辛い恋の記憶を乗り越えるような描写からすると、付き合ってなくて今日告白する場面、の方がしっくり来るのかも。
あと、「ナナメの風ん中」というワードが気になるっちゃ気になりますね。穿った見方をすれば、不倫とかの道ならぬ恋を暗示してる気も。
とはいえ、とにかく一大決心を固めて臨んだ待ち合わせなのににわか雨、冗談でしょ?っていう。でもそういう冗談みたいなエピソードがあった方が後で思い出になりますよね。最近のスピッツらしいストレートに恋する楽しさを歌った名曲っすね。




8.P

しっとり系の曲がそんなに好きじゃないのでいつも飛ばしちゃう曲です。
でも聴くとやっぱ良いですよね〜。
イントロからBメロまではローズピアノの音だけで、1番のサビもそこにドラムが入るだけでバンドサウンドじゃない。スピッツの曲じゃないみたいな、いい意味で浮いてる感じがして面白いです。浮いてると言えば、浮遊感って意味でもちょっと浮いてますね。
そっから2番にかけてバンドの音が入ってくるところの「待ってました!」感がすごい。
間奏がないんですけど、「情けなき命〜」の後の一瞬ちょっとだけギターソロっぽいフレーズが入ってくるところとか、好きです。ギターの音少ないからこそちょっと出てくると「わっ!」って思う。
この曲、もちろん昼に聴いたことも何度もあるんだけど、なんか小学生の頃に夜の9時くらいに習い事の帰りの車で聴いてたイメージがすごく強くて聴くと懐かしくなっちゃうんですよね。ビートルズの「ロングアンドワインディングロード」と同じ枠で(ビートルズベスト10の記事に書いたのでそちらもぜひ......)。

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電話しながら 描いたいくつもの
小さな花 まだここにある