偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

都筑道夫『猫の舌に釘をうて』感想

長いこと読んできたトクマの特選もこれで小松左京以外はコンプリート。小松左京は分厚いのと正直やや苦手意識がある(面白いけど)ので一旦保留なのです。




同人仲間で友人の妻である由紀子に7年越しの片思いを続ける冴えない推理作家の「私」。
失恋の腹いせに風邪薬を知人のコーヒーに入れる毒殺ごっこを企てるが、標的は本当に死んでしまい......。

私はこの事件の犯人であり、探偵であり、そしてどうやら被害者にもなりそうだ


冒頭から犯人=探偵=被害者の1人3役を宣言しているように、トリッキーな探偵小説なんですが、同時にセンチメンタルな恋愛小説でもあります。

まず恋愛小説としては、私の大好きなというか、必ず共感してしまう非モテ男のモテ女への片想いが描かれているんですね。
『(500)日のサマー』しかり、銀杏BOYZしかり、どうしても実体験がある分こういうお話には入れ込んでしまいます。
今読むとちょっと厳しい女性蔑視的な感覚がナチュラルにあるのでその辺はトホホと思いつつ、モテる女に対する「女なんてクソだ」という気持ちはめちゃくちゃ分かるからつらい。そういう恋愛事件も今や過去の話なので、若い頃に読んでたらもっとぶっ刺さってましたね。今の気持ちで読むと若いなぁとか青いなぁみたいに思ってしまうのが良いことなんだけどちょっとだけ寂しい。
しかしこの有紀子というヒロインはまたかなり勝手なんですよね。その裏には何か彼女なりのワケが有るんだろうけど、主人公視点なのでそこまで描かれないのが謎めいた感じがしてムカつくのに魅力的に思えてしまいます。なんでそんな女をそんなに好きなのさ!と思いつつも、好きになってしまうだろうなぁという感じの。
解説を読むと、本作のヒロイン有紀子は実際に著者の都筑道夫が片想いをしていた女性がモデルになっているらしく、そういうことを知ってしまうと、切実な恋の話をストレートに書きたいけど、照れがあってトリッキーな本格ミステリで照れ隠ししてるみたいにも思えてしまいます。

とはいえ、もちろんミステリとしてもめちゃくちゃ面白かったです。
「私が探偵で犯人で被害者」という趣向こそ抽象的すぎて「まぁ、確かにそうよね」くらいの感想しか出ないんですが、とにかく調査の過程が良い。
探偵作家が素人探偵として自分の起こした(かもしれない)事件を捜査するという滑稽な状況がまず味わい深いですし、刑事さんが意外と協力的(でも食えないヤツ)なのも面白いです。
曖昧な謎だけがぼんやりと残ったまま終盤まで来たところでの超展開と、そこから雪崩れ込むような"解決編"まで、物語としては切なさを増しつつ、ミステリとしては趣向をどんどん加えていって遊び心が横溢していくっていうバランスも好きです。
なんというか全てが急すぎて解決にそんなに意外性とかはないんだけど、過程や趣向の使い方が面白い、不思議な魅力のある作品です。
『やぶにらみの時計』と同様、今作もタクシーが印象的な役割を果たしています。あのタクシーの場面のふっと場面転換する映像的なエモさが最高でした。

という感じで、やや古さもあるものの、遊び心やエモさは令和に読んでちゃんと面白い傑作でした。




















































































































































































































































俺を振るのはいいし他のやつと付き合うのもいいけど、恋愛アレルギーみたいなこと言っといてからにすぐ俺の友達と付き合い始めるんですね。殺してやる。
......とか思った恋の記憶があるので、最後の事件の真相は最初から分かってましたが、分かっていたからこそ切なく感じてしまいます。
非モテ男の身勝手な執着と言われればそれまてですが、凄くあの気持ち分かってしまうんですよね。トホホ。