偽物の映画館

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歌野晶午『誘拐リフレイン』感想

現在活動中の本格ミステリ作家で1番改題が多いような気がしている歌野晶午による、『舞田ひとみ〇〇歳〜』というシリーズタイトルから『コモリと子守り』というシンプルなタイトルになって単行本として出た後、しばらくしてから『誘拐リフレイン』として文庫化された作品。
要は、舞田ひとみシリーズ第3弾。
舞田ひとみ17歳、誘拐ときどき探偵っていう内容です。


歌野晶午の魅力といえば、ストーリー展開の面白さ、騙しのテク、社会派としてのリアリティあたりだと思いますが、本作はこれ全部ちゃんと味わえるファンには堪らない長編でした。

まず、お話が面白いっす。
語り手は舞田ひとみの友達で半引きこもりニートの由宇。
彼が隣のアパートのベランダに虐待されているかもしれない幼児を見つけることからお話が始まります。
この由宇が非常にうじうじしたキャラなので、虐待に気付いて止めたいと思うもののなかなか具体的な行動を取らなくて、焦ったいしイライラするんだけど、そのダメなところにある程度共感もしてしまうから同族嫌悪的な感じで突っ込みながら読めて引き込まれてしまいました。
「ちょっと長めのプロローグ」と題されているように、序章にあたる部分だけで一つの短編みたいな読み応えがあり、実際に一つ事件が起きて解決してしまいます。
そこから、本編に入るといよいよ誘拐事件が起こるわけですが、この事件もかなり重層的で先が読めなくて一気に読んじゃう。
そして、作中で「今どき誘拐なんかするより振り込め詐欺のがコスパがいい」みたいなセリフもあるように、スマホがある現代に絶滅危惧種に近い「誘拐」というリスキーな犯罪がなぜ行われているのか?という謎も魅力的。
警察の捜査の手法やSNSで事件がリアルタイムで実況されてしまうところなんかも「誘拐モノ」の大胆なアップデートになってるし、テーマの一つが「虐待」なのも歌野さん流の社会はミステリになってて読み応えがあります。
そもそも歌野さんは島田荘司の弟子ですから、社会派と本格の融合に意識的だと思うんですよね。それも島田さんとはまた違ったネット世代のオタク目線からのリアリティ。『密室殺人ゲーム』シリーズなんかにそれが顕著に現れています。他にも代表的ないくつかの作品にも(テーマがネタバレになるので書けませんが)社会問題を扱った作品が多いです。
本作もその系譜に連なるわけっすね。

もちろん真相の意外性もばっちし。
いや、他の傑作群に比べると正直驚きはやや落ちるかもしれませんが、しかしミスリードの巧妙さや細部の計画の緻密さのおかげで、軸はこれだけシンプルな仕掛けでもしっかり騙されちゃったから脱帽ですわ。

そして、事件が終わった後も「かなり長めのエピローグ」が続きます。
ネタバレかもしれないけど、ここではもう大きな逆転とかはなく、ただ物語が由宇とひとみという2人の若者の物語が畳まれていくパートになっています。
冒頭で私をイライラさせた由宇がちょっと成長し、ひとみもまたきっと何か心境の変化を迎えていることでしょう。
社会派本格ミステリでありつつ、余韻はただの青春小説で、彼らの今後が気になってしまいます。
わざわざ改題と版元変更してまでシリーズ通して再文庫化されたってことは、「舞田ひとみ20歳」を期待して良いってことなんでしょうか?どうなんですか歌野先生。


以下少しだけネタバレで。






































1番冒頭の主人公の「由宇」という名前もそうですが、刑事の石黒や、なんとか茂美さんなど、本作ではところどころで性別誤認トリックを連想させる描写が散在しています。
それらは実際には叙述トリックではないのですが、それによって性別に敏感にさせられます。
そして、パールちゃんとリクトくんはそれぞれ性別がはっきりしているから、男女の取り違えなんてことは起きないだろう......と思わされてしまうわけです。
また、物語の最初の時点でもう......というのも意外性の飛距離が大きくて、シンプルながら思っくそ騙されてしまいました。
もちろん、まさかあんな酷いことが......という心理的な真相の見えづらさ......というか見たくなさで目が曇らされてしまうのもずるいですね......。