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スピッツ『さざなみCD』今更感想

はい、それでは今回はこれです!

さざなみCD

さざなみCD

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スピッツ全曲感想シリーズもそろそろ折り返しくらいな気がしますが、本作は私が初めて聴いたスピッツのオリジナルアルバム、という思い入れのある作品なんすよね。
小学生の頃くらいに、親が近所のCD屋で買ってきたサイクルヒッツが私のスピッツ原体験。その少し後に同じ店で新譜で買ってきたのがこのアルバムだったんですよね。
その頃は親の趣味のB'zとかビートルズとかGLAYとかエンヤくらいしか音楽を知らなかったんだけど、その中でも圧倒的にスピッツにピンときていたので当時の自分を褒めてやりたい。

さて、本作はスピッツの結成20周年イヤーである2007年にリリースされた記念すべき作品です。
だからなのかどうかは知らんけど、ハヤブサあたりからサウンドに解放感が出てきて、歌詞の内容とかもスーベニアあたりから陰気じゃなくなってきてたんですが、その明るいスピッツの到達点みたいな感じがします。
本作と『とげまる』がそんな感じで、だから思い入れはありつつも今聴くと他の陰気なアルバムや、完全に生まれ変わったような近作の方が好きかなぁという感じはしちゃいます。

とはいえ、全体に夏のイメージでスピッツのアルバムの中で最もポップな爽快感のある作品で、桃や点と点といっためちゃくちゃ好きな曲も入ってるので夏頃になると聴きたくなる一枚です。というのを冬に書いてるけど。

では以下全曲の感想です。




1.僕のギター


アコギ弾き語りのように穏やかに始まりつつ、ノイズの音が穏やかなだけではない心のざわつきを起こさせます。
歌声は反響してる感じが強くて、霧雨の中の静かな神聖さにも近いものを感じさせます。

メロの部分はアコギ主体の静かな感じだけど、サビでは歪んだエレキギターの音がぎゃーんとくるあたりはレディヘのCreepなんかも彷彿としてしまいます。

構成としてはA→A→サビ→A→サビ→間奏→大サビという形で、だんだんサビの頻度が増えてだんだん盛り上がっていく構成。
スピッツにしては長めの曲でもあり、霧雨の中で歌う路上シンガーの矮小さと、その歌がやがてアリーナ満員の観客の前で鳴らされるような壮大さとが同居したサウンドで、スピッツとしてのこれまでの歩みを歌う自己紹介のような一曲目です。

先に言っちゃったけど、歌詞はそういう感じで、曲を作って、それを鳴らす、ということについてのシンプルなものではあるのですが、

ずっと 君を歌うよ おかしいくらい
忘れたくない ひとつひとつを
消えないように 消えないように 刻んでる

というあたりに喪失(それも死別)を匂わせているのはスピッツらしいところ。
ただ、「コスモス」「ロビンソン」などから『三日月ロック』収録の「水色の街」まではそれを暗いトーンで、後追いを仄めかしたりなどして描いていたのに対して、この曲では君が生きた証を刻むぜっていう前向きな方向に変わっています。
以降、「若葉」「スワン」「みなと」「ありがとさん」など、各アルバムに一曲ずつはある死別を思わせる曲はどれも君の思い出を抱いて生きていくというニュアンスが感じられるようになっていきます。
結成20周年にしてひとつ大人になったところを見せるような一曲目です。




2.桃

ファンの間でもかなり人気の高い曲。私も大好きです。
この前、米津玄師のインスタライブを見てたらこの曲を弾き語りカバーしてくれてて、米津やっぱスピッツ好きなんだな、好きそうだもんな、などと思いました。米津バージョンは声を張り上げて「海の幽霊」みたいに熱唱していて、それもそれで良かったです。

それはさておき、名曲と呼ばれる所以はメンバーそれぞれが分かりやすく良い味出してるとこじゃないでしょうか。
イントロの切なく美しいアルペジオのリフを聴いただけで「スピッツじゃん」って分かるくらいスピッツ。ドラムはタッタカタッタカ軽快でベースも踊るようにノリノリ。そしてボーカルも最高っすね。何が良いってCメロとかに入ってるセルフコーラスが良いっすよね。
また、キーボードも印象的。ギターとキーボードによる美しすぎるアウトロの余韻はスピッツの曲でも随一では。



普段はドラムを一番


そして、もちろん歌詞が良い。

歌詞で特徴的なのは時制が現在形なことでしょうか。

切れた電球を今 取り替えれば明るく
桃の唇 初めて色になる

冒頭のフレーズで「今」と言っている通り、今まさに恋をしてしまっているという臨場感が、メロディの切なさとも相俟ってある種の切迫感のようなものを醸し出しています。

いつも通り色んな読み方が出来る歌詞ではありますが、個人的には非常に背徳の匂いを感じてしまいます。
近年のスピッツに不倫や寝取り寝取られを思わせる曲が多いことから、この曲も不倫解釈してしまいます。

ありがちなドラマを なぞっていただけ
あの日々にはもう二度と戻れない

軽い火遊びのつもりだった頃はありがちなドラマをなぞっていただけだったけど、本気になってしまった今はもうあの頃にすら戻れない、といったようなお話を想像してしまいます。
「窓辺から飛び立つ」というのも、鳥が籠から解放されて自由になるところを想像しますが、それは一般常識や道徳から解き放たれてしまうような意味合いなのかと。あるいは死のメタファーのようにも聴こえます。

桃という果物、私も好きで夏になるとよく買ってくるのですが、ちょっとほっとくとすぐ腐ってしまうんですよね。
甘くて官能的でもあるけど腐乱する桃に背徳の恋を重ね合わせ、腐ると知っていながらも「永遠という戯言に溺れて」しまっている状態なのかな、と。
そして、「窓辺」の死のイメージからするともしかして......というところまで想像してしまいます。

ちなみに、間奏前の、この曲で最もエモーションを込めて歌われる

柔らかな気持ちになった
甘い香りにつつまれ

というところは「フェイクファー」の「柔らかな心持った」というのを連想してまたエモくなってしまいます。




3.群青

イントロのギターの音色が何かに似ていると思ったら、初期の「アパート」という曲でした。切ない名曲「アパート」を突き抜けるような爽快な明るさにしたような曲。
それでも2割くらいの切なさは含まれていて、それが夏の喜びの中に、それが終わってしまうことを内包していて、でも終わると分かっているからこその尊さも表しているようで。
他にも、「タイムトラベラー」や「今」っぽい匂いも感じます。

そしてこの曲はベースの動きが激しくてめちゃカッコいいですよね。イントロのとこのフレーズとか好きだしサビの細かくブイブイするとこも良い!

一方、歌詞についてはそんなに語ることはなさげな歌ではあります。
どうしてもスピッツの歌詞=死とセックスのイメージがあるのでそういう要素を探してしまうし、無理にこじつければこの曲もそう読めなくはないけど、まぁ素直に聴けばいいと思います。

僕はここにいる それだけで奇跡

という歌詞を陳腐に思いつつも、これまで死や喪失を歌ってきたスピッツだからこその説得力もある気がしてなんだかんだエモくなってしまうのは私が信者だから?

個人的には、「君はなぜだろう暖かい」の「なぜたろう」に自己評価の低さが表れている気がして好きです。




4.Na・de・Na・deボーイ

ろりろりろ〜んって音からの、カッティングっぽいけど違うような気もするザクザクしたギターリフと、同じリズムのドラム・ベースのイントロからしてテンションがぶち上がります。
切ない「桃」、明るい中にも切なさアリの「群青」と来て、ついにほぼ100%明るい印象のこの曲へとだんだん解放されていく曲順が素敵。
タイトルといい、チャキチャキしたギターといい、ラップっぽいAメロといい、流行りの韓国語を取り入れてるところといい、ちょっとチャラついてる感じがして中学生の頃はあまり好きになれなかった曲です。
とはいえやっぱりテンションはぶち上がるよね。

ラップっぽい曲はハヤブサ期の「メモリーズ」「いろは」などもありますが、それに比べてこの曲や後の「どんどどん」はしっかり韻は踏んでます。かと言って、最近のバンドのナチュラルにラップ入れてきたりするような曲と比べて無理してる感はやっぱ満載で、そこがめちゃ可愛いですよね。

彼女は野生の手で 僕をなでてくれたんで
ごちゃまぜだった情念が一本化されそうだ

この歌い出しの童貞っぽさがすげえ分かる。
野生の手でとか言われるとエロっぽくもあるけど、たぶんこれは本当に他意なくスキンシップが激しいタイプの女っすよね。2番では「彼女は人間の声で 僕の名前を呼んだんで」とも言ってるので、簡単に下の名前で読んでくる女でもあるわけです。その気もないのに。そう思うとすげえ嫌な女ですけど、童貞ってのはそういうのに弱いんですよね。
ごちゃまぜたった情念が一本化っていうのは、要するにAVとか見なくなったってことですね。わかるよ。

イッキ飲みエスプレッソ HP増えていってんぞ
明大前で乗り換えて 街に出たよ

エスプレッソ飲んで電車に乗るのはこれはもう大学生ですね。大学生にもなってオタサーの姫みたいなのに引っ掛かってるの痛いです。わかるよ。

ナデナデボーイ糸切れて どこまでも駆けてく
始まりは突然なのだ 止められないもう二度と
晴れ間が見えた

怖いですね。なんか怖い。
その晴れ間、本当に晴れ間ですか?って思ってしまいます。

ゆらゆらとカゲロウが逃げてゆく
楽しすぎる 本当にあるんだろう

怖いですね。なんか怖い。
本当にあるんですか?って思ってしまいます。

巻き巻きが壊れても あきらめない
ちょうど良く 流れ星見えた

怖いですね。なんか怖い。
巻き巻きがなんなのか分かんないけど、「糸切れて」と関連付けてみると糸を巻き取ってくれる何かこう自制心のようなものと読めると思います。それが壊れて繋ぎ止められていた欲望が自由に飛び立っていくような、怖いですね。
「ナデナデボーイ」ってのも、彼女に撫でられることだったら撫でられボーイですもんね。ナデナデしてるのがボーイなら、ナニをナデナデしてるんでしょうか......?
なんて下ネタ的に解釈も出来るけど、爽やかなラブソングにも読めるのがスピッツらしいですよね!私には下ネタにしか聴こえませんが!




5.ルキンフォー

こんなこと言うとアレですけど、スピッツの曲を全てランキングにしたら下位にくる曲です。それでも嫌いじゃないしもちろん聴けば好きだけど、あんま自分から聴く気にはならない。
というのも、もう全てがめちゃくちゃ王道にJ POPって感じなんですよね。

スーベニアからとげまるあたりのスピッツには世間一般に向けて開いていくような意識が強く感じられて、それはとげまるの半分の曲タイアップというところで頂点を極めたように思いますが、この曲なんかはまさにその象徴な気がします。

まぁ、MVに過去の曲のMVに出てくるアイテムが勢揃いしていたりと、いわば20周年記念シングルという側面が強いために、ど真ん中ストレートをやって見せたのかもしれません。
サウンド的にも、シンプルにバンドサウンドがメインで、入りからギター・ドラム・ベースが足並み揃えていて、歌詞もバンドの歩みやファンへの想いを綴っているようなもの。
そう考えると、外へ開く指向と共に、内輪へのサービス的な指向も強く感じられます。

「これからもバンドやっていくぜ!」「ファンの君へ届けるぜ!」という歌ではありつつ、その言い方がめちゃくちゃマサムネ節なんですよねぇ。

「デコボコの道をずっと歩いていこう」「届きそうな気がしてる」というあたりは、代表曲『チェリー』のセルフオマージュ的でもあり、エモいです。言い切らない感じが逆に真摯で、一生着いていきやすアニキ!って思う。
ノロマ、ダメ、燃えカス、モロくなど、ネガティブな言葉を連ねてギリギリのリアルなポジディブを描いていくところがやっぱり好きなんですよね。
毎回飛ばしちゃうけど、改めて聴いて魅力を再発見できました。




6.不思議

途中から始まったのかと思うくらい流れるように入っていくイントロが好き。
地に足が着いたようでありつつ恋に躍るような高揚感もあるリズムが最高です。特にサビはディスコみたいに踊っちゃう。「けれど〜」のとこのドラムとか、2番の「ああ、ベイビー!」のとこや「もういいよ」のとこベースほんと好き。
恋する鼓動のようなリズムや恋の煌めきを思わせるキーボードの音色が前面に出ていてギター感が薄いですが、イントロのギターは印象的だし、ところどころで控えめにキラキラ感を添えてくる感じ好き。あと最後の方で特に主張してくるシンセの音も良いっすよね。

サウンドのポップさと同様に歌詞も明るく外へ開いていく感じで、1曲目から続く開放感のひとつのクライマックスになっている気がします。
個人的にはこの歌詞は好きだった子にフラれたんだけど、その後別の子と付き合うことになった歌、という気がします。
「痛みを忘れた」「過ぎて行ったモロモロはもういいよ」というあたりから、前に恋をしていた相手を引きずってる感じがありつつ、「君」と出会ってそれを吹っ切ってく感じ。
「憧れてた場所じゃないけれど」という一言から、前の相手はいわゆる"理想"のタイプの人で、今回の相手は実際に一緒にいて楽しいタイプの人だってことまで伝わってくるのが凄いです。
その直前に「恋はブキミ」とあるのが、新しい恋でケロッと前のことを忘れてしまう現象、あるいは穿った見方をすれば忘れるために新しい恋を作り出していくシステムのことのように思うけど、それはマジで穿った見方に過ぎるかも知れません。
しかし、「目と目で通じ合える」みたいな言い草にどうしてもストーカーチックな怖さを感じてしまうのはスピッツファンの性ですかね。



7.点と点

珍しいけどたまにやるカッティングギターのイントロがバリくそかっこよくてもうブチ上がっちまうぜテンション!からの、そのリフをベースが引き継ぐとこもアツいしドラムの入りもバキバキに決まってて、『不思議』で一旦明るい方向性がクライマックスを迎えた後でダークな方向のスピッツの鋭い切れ味にぶちのめされてしまいます。
またそんなバンドサウンドの激カッコよさの中にシンセが効いてきて妖しさや色気を添えているのも良い!全部良い!こういう激し目の曲はスピッツの音を聴ける気持ちよさがストレートにガーンと来てうおーってなるよね語彙力!
2番の「煩悩を正当化してった」のとこあたりのベースがカッコいいんですよ一瞬。

歌詞は恋が愛に変わる感じっすかね。
「にわか雨」「待ち合わせ」「恋の都」などといったワードチョイスに昭和歌謡のような懐かしみを感じつつ、「ナイルのほとり」「昨日の朝めし」などの突飛なワードや、「風ん中」「ぶち壊す」みたいなちょっと悪ぶった言い方はマサムネ節全開。
点と点というのは、君と僕のことだと思うのですが、「真っ直ぐに君を見る」ことでそれが線になるということっすよね。シンプルに直線だから有名な方程式を使うまでもないっていう。あるいは恋愛のセオリーみたいな方程式に縛られずにって意味合いもあるかも。
「平気なフリしてても震えてる」「どうでもいいことなんて無くなる」といった言い回しからすると、プロポーズの場面とも取れますね。
と言っても、「桜色のホッペが 煩悩を正当化してった」「悲しい記憶の壁 必死こいてよじ上った」というあたりの、過去の辛い恋の記憶を乗り越えるような描写からすると、付き合ってなくて今日告白する場面、の方がしっくり来るのかも。
あと、「ナナメの風ん中」というワードが気になるっちゃ気になりますね。穿った見方をすれば、不倫とかの道ならぬ恋を暗示してる気も。
とはいえ、とにかく一大決心を固めて臨んだ待ち合わせなのににわか雨、冗談でしょ?っていう。でもそういう冗談みたいなエピソードがあった方が後で思い出になりますよね。最近のスピッツらしいストレートに恋する楽しさを歌った名曲っすね。




8.P

しっとり系の曲がそんなに好きじゃないのでいつも飛ばしちゃう曲です。
でも聴くとやっぱ良いですよね〜。
イントロからBメロまではローズピアノの音だけで、1番のサビもそこにドラムが入るだけでバンドサウンドじゃない。スピッツの曲じゃないみたいな、いい意味で浮いてる感じがして面白いです。浮いてると言えば、浮遊感って意味でもちょっと浮いてますね。
そっから2番にかけてバンドの音が入ってくるところの「待ってました!」感がすごい。
間奏がないんですけど、「情けなき命〜」の後の一瞬ちょっとだけギターソロっぽいフレーズが入ってくるところとか、好きです。ギターの音少ないからこそちょっと出てくると「わっ!」って思う。
この曲、もちろん昼に聴いたことも何度もあるんだけど、なんか小学生の頃に夜の9時くらいに習い事の帰りの車で聴いてたイメージがすごく強くて聴くと懐かしくなっちゃうんですよね。ビートルズの「ロングアンドワインディングロード」と同じ枠で(ビートルズベスト10の記事に書いたのでそちらもぜひ......)。

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電話しながら 描いたいくつもの
小さな花 まだここにある