偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

浦賀和宏『頭蓋骨の中の楽園』安藤直樹シリーズその3






大学生になった安藤直樹が登場する、シリーズ第3弾です。


穂波英雄は菅野香織に片想いをしているが、ある日菅野は首斬り殺人の犠牲者になってしまう。失意に暮れる穂波の前に、菅野の婚約者の刑事・田上が現れ、「香織を殺した犯人探しを手伝ってほしい」と告げる。笑わない男・安藤直樹は、他人の死など興味がないと嘯きながらも事件に関わることになる。やがて、第2、第3の首無し死体が発見され......。


というわけで、これまでの2作品とは異なり、外見上はかなりオーソドックスな、いっそありがちと言ってもいいほどミステリらしいプロットの作品です。実際ミステリとして読んでも素晴らしい出来になっているのですが、それでもこれまでの2作品にあったつらい恋愛小説の側面は些かも損なわれていないのが凄いです。

大学生編ということで、新キャラが多数登場します。
多視点からの物語にはなっていますが、メインの語り手は安藤の友人である穂波英雄になっています。当然読者は穂波くん視点で物語の大半を見ていくことになるわけですが、その点、彼の普通さは非常に感情移入しやすいと思います。そんな彼に作者が用意したのが最初からどうしようもない恋。彼女には自分じゃ敵いっこない彼氏がいる上に殺されちゃうんですからね。つらいです。
そして、彼が普通な代わりに、彼以外には変な人がたくさん出てきます。The妹に、レズの美人に、ミステリ嫌いのミステリ作家に、異様な自殺をした作家に、昭和風刑事とモデル風刑事、そして笑わない男・安藤直樹。普通な穂波く んの目から彼らを見ることでキャラのエキセントリックさが際立っていたように思います。
特に、作中のミステリ作家の、ミステリ、ひいてはミステリファンへの憎悪には、いちミステリファンとしてなんとも居心地の悪い気分になりました。私みたいな書評サイトや書評ブログってのをやってるミステリファンは死にたくなること請け合いです。

一方、そうは言いながらミステリとしては、京極堂シリーズを彷彿とさせる、様々な要素が複雑な因果関係を織りなしながら大きな流れを作る構成が凄かったりします。その要素ってのが主に恋愛やセックスの関係なので、今までの作品のような拗らせ恋愛小説面もよりバラエティ豊かにばっちし取り揃えられていました。さらに、満を持して明かされる首斬りの理由も強烈。メチャクチャなのにここまで読んでくると不思議な説得力を持ってくるのがいいですね。

更に前の2作との関連ももちろんあります。読んでる間はこれまでのキャラは安藤しか出てこないし、その安藤も事件のちょっと外側に立ってる第三者的立ち位置なのでこれまでのシリーズの内容と結びつきませんが、最後まで読んでみるとちょうどいい塩梅であの人やあの人が絡んできてシリーズファンには楽しい作りになってます。双子のような前の2作から次の展開へとシリーズを進める橋渡しの役割のある作品なのかな、と。シリーズの続きをまだ読んでないので知りませんが。
そんなわけで、これまでの安藤シリーズの魅力に、分かりやすいエンタメ性とキャラや要素の過剰さが加わった傑作です。