偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

浦賀和宏『記憶の果て』安藤直樹シリーズその1

えー、こないだ幻冬舎から安藤直樹シリーズ2ndシーズン、またの名を萩原重化学工業シリーズの『萩原重化学工業連続殺人事件』『女王暗殺』が文庫化されました。
で、この2冊をここんとこずっと読んでるので、この2冊の感想を書く前に昔書いた1stシーズンの方の感想をそのままブログの方にまとめときます。



記憶の果て(下) (講談社文庫)

記憶の果て(下) (講談社文庫)


メフィスト賞を受賞したデビュー作にして安藤直樹シリーズ第1弾です。
自分はこれ好きだろうなとずっと思っていつつなんとなく読むタイミングを逃していましたが、ついに読みました。まぁ結果的には正解で、非常に私好みのお話でした。

高校を卒業して大学に入る前の春休み、父親が自殺した。安藤直樹は父の書斎をふと覗いて、そこに奇妙なPCがあるのを見つける。そのPCは、起動すると〈私は裕子〉と名乗り、直樹の打ち込んだ文字と会話をした。裕子は人工知能なのか?父親はなぜこんなものを持っているのか?疑問を抱きながらもやがて直樹は実体を持たない「裕子」に惹かれていく。
というわけで、SF青春恋愛ミステリ、しかも浦賀先生だから当然(?)暗いやつ。最高ですね。

しょっちゅう言ってますが、浦賀作品の魅力はエモい文章だと思います。私は文章の上手い下手が分かるほど賢くはないのですが、好き嫌いくらいはあります。そして浦賀先生の文章はもう確実に好き。大好きです。この作品は主人公・安藤直樹の一人称で書かれていますが、彼は高校を卒業し、まだ大学に入る前の春休み中。もう子供じゃないけど大人にもなりきってない年頃で、高校生でも大学生でもない宙ぶらりんな状況。そんな彼の語りには、自分を制御しきれないような青臭い焦燥感があります。それがそのまま文のスピード感にもなっているため非常に読みやすい文章でした。そして、自意識と自分への嫌悪感が入り混ざった思考の醜さよ。しょーもない失恋にこだわって、代用品を探して、理屈を 言い換えて誤魔化している彼の姿はそのまま私自身のことを見ているようでイライラさせられますが、めちゃくちゃ共感しちゃうんですよね。文章が平坦すぎて読みやすい作家なら思いつきますが、ここまで気持ちをゆさぶってくるのにここまで読みやすい作家は他に思いつきません。

また、ミステリ部分についても、めちゃくちゃ面白いと思います。要するに安藤直樹とその家族の秘密を探っていくだけの話なのですが、それだけの筋につらみ成分をふんだんに配合した二転三転が繰り広げられます。さらに、その果てにある、いわばメイントリックとなる真相も、ここまでの物語とも相俟って衝撃的でした。とともに、(ネタバレ→)結局人は自分しか真に愛することはできないのかという諦念に襲われました。それに関連して、金田くんによる安藤の恋心の謎解きも「お前、それはその通りだけど、言っちゃダメでしょ」って感じ。この辺の恋愛に関する描写がいちいち自分のことを言われているようで傷付きました。私は今まで、好きな音楽や映画によって(小説はミステリしか読まないから別ですが)恋愛が人生の全てだと思わされてきましたが、このつらい小説を読んで生きている意味を見失いましたよ。ました。読みながら何度首を吊りたくなったか......!精神が疲弊してる人は読まない方がいい作品だと思います。死にてえ。

それから、本作のもう一つの魅力として音楽やミステリに関する描写があります。
YMOの曲で最も有名な「Rydeen」が重要な役割を担っています。YMO、ファンって名乗ると怒られそうなくらいのにわかですが好きではあるので、あのシーンほんとに、なんというか、まぁ、つらかったですねぇ。
ミステリに関してはかなり辛辣なことが書かれていて笑いました。名探偵という存在に魅力を感じたことがないという安藤直樹の語りはミステリファンからしたら驚きでしたね。「俺はそんな名探偵が登場するたびに思っていた。お前が最初に殺されればいいのにと」だそうです。
ちなみに、音楽ネタは『時の鳥籠』で、ミステリ(ファン)へのディスは『頭蓋骨の中の楽園』で、それぞれより深く描かれます。

というわけで、インモラルな題材満載のSFミステリにして、拗らせまくった青春恋愛小説にして、音楽愛とミステリへの憎しみの叫びでもある、浦賀小説としか言いようのない作品です。
ちなみに、作者の年齢で作品の評価が変わるわけじゃないですけど、作者がこれを書いたのは19歳の時だそうです。凄いですね。作中の描写を見る限り私みたいな劣等感と自己愛の塊なのではないかと思いますが、勝手に自分を重ねてしまうからこそ自分にはない才能を持つ浦賀和宏に嫉妬してしまいます。