偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

山田風太郎『伊賀忍法帖』読書感想文

風忍法帖!Yeah!

タイトルからなんとなく『甲賀忍法帖』を連想しますが、もちろん忍法帖は全て単独の作品であり、本書も『甲賀』の姉妹編や続編ではない独立した作品です。
ただ、『甲賀』と比較して、分量は同じくらいなのに内容は好対照を成しているので、そういう意味では併せて読むと面白い二冊ではあると思います。



戦国の世。武将の松永弾正は、主君の妻への歪んだ欲望を叶えるため、魔術師・果心居士とその弟子である七人の忍法僧の力を借り、「淫石」と呼ばれる媚薬を作ろうとする。
「淫石」を作るには大量の女の愛液......それも絶世の美女のもの......が必要となる......。
ーーー「淫石」を作るため、妻を犯されて殺された若き伊賀忍者の笛吹城太郎は、妻の死霊の言葉に従い、超人的な能力を持つ忍法僧らと松永弾正への復讐を誓うが......。



甲賀』が十人vs十人のド派手な忍法バトルだったのに比べて、本作は一人の男が七人の異能に挑むという、やや地味でありながら主人公に感情移入しやすいお話でした。

地味......というのは敵キャラの一人一人の描き分けが(能力以外には)されていないことや、その能力にしても使い方が普通で意外性が少ないことが主な原因に思われます。
なんせ、読み終わってから敵のキャラ名や忍法の名前/能力をほとんど覚えてないからやっぱりその辺印象薄かったんでしょう。
逆に、それ以外の部分は、恐ろしい製法の媚薬"淫石"、戦国のメフィストフェレス"果心居士"、首と胴が別々の継ぎ接ぎ女、大仏炎上などなど、おどろおどろしくいかがわしいギミックが満載でやっぱり地味とは言い難い小説ではあると思います。
ただ、忍法バトル部分に期待して読むと、「やや地味」という感想を持ってしまうので、これから読む方はぜひバトルよりも物語への期待を持って読んでいただくといいかと思います。


で、そのストーリーの方は非常によく出来ていると思います。
主人公・城太郎の復讐が本物語全体を貫いていることで本筋はシンプル。
一方、そこに城太郎を助ける謎の軍団や、右京大夫の想い、そして黒幕・果心居士の存在などが脇筋として複雑に絡んでくることで、単調になるのは避けています。
結果、分かりやすい本筋という強力な牽引力に加え、細かい脇の部分の「これはどういうことなの?」「この人はどうなっちゃうの?」というフックが効いて一気に読まされるエンタメ小説になってます。
また、特に凄いのがラスト。史実に沿わせると物語としてスッキリしなくなりそうなところを、無理筋ではなく見事に両立させる手腕はさすが時代小説とミステリの大家・山田風太郎です。この人の小説はいつもめちゃくちゃやっといて幕引きがとても綺麗だから好きです。


というわけで、派手な忍法バトルは控えめですが、その分お話作りの上手さが際立った作品で、個人的には『甲賀忍法帖』みたいなはっちゃけ方のが好みですが、とはいえ情念に塗れた死闘の果てにある静かな余韻に浸れる美しい傑作でした。

甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』読書感想文

KAWADEノスタルジック怪奇・探偵・幻想シリーズ。

甲賀三郎昭和13年に発表した長編本格探偵小説です。この年は戦時下の探偵小説自粛ムードがはじまる前年で、戦前の長編本格ミステリとしては最後に近いものだろうと思われます。
しかし内容はおどろおどろしく、戦争の影を感じさせない見事な娯楽作になっています。


蟇屋敷の殺人 (河出文庫)

蟇屋敷の殺人 (河出文庫)


路上に停められた車の中から首を切断された男に遺体が発見された。男は実業家の熊丸猛と思われたが、事件が発表されると本物の熊丸猛と名乗る男が署に乗り込んで来る。警察は男を怪しむが、彼には犯行時に立派なアリバイがあった。
探偵作家の村橋は、ひょんなことからこの事件に関わりを持つが、その過程で初恋の女性・松島あい子と再会し......。



理知的で科学的な本格探偵小説を提唱した作者なので、科学知識とガチガチのロジックを駆使した本格ミステリなのかと思いきや、意外にもおどろおどろしいギミック満載。トリックやロジックよりも、二転三転するプロットの面白さと読みやすさを追求したエンタメ作品でした。

まず、冒頭の凄惨な首切り事件が発見される描写からして、強く「俺は今探偵小説を読んでいる」という気持ちにさせてくれます。
そして、その後登場する主人公の村橋と、あい子と麻里子という2人のヒロイン、そして悪役の熊丸氏のキャラ造形が魅力的です。
なんせ恋愛こじらせ野郎なので、村橋という情けない小説家先生が両思いと思っていた年下の女の子・あい子ちゃんに拒絶される回想のシーンで、既に村橋先生に感情移入して「やっぱ女ってわけわかんねえ!」とか思っちゃいますよね。
一方、麻里子お姉様の奔放な感じには不快感に近いものを感じながらも、それとは逆にこの人に弄ばれてみたいという気持ちにもさせられます。
また、敵役の熊丸氏は、めちゃくちゃ怪しくてムカつく感じで、登場した瞬間からとても嫌いになれてしまう、良い悪役でした。

この辺のある種類型的ですらあるキャラ作りの上手さでガシッと掴まれてしまった時点で作者の術中ですね。


そして、それからの展開のスピード感が凄いです。
首切り殺人が起こるとミステリファンはどうしてもそれがメインになるのかと思っちゃいますが、本作における首切り殺人は冒険への入り口に過ぎないのです。そこからはじまる、恋した女性のために熊丸という怪しい男のことを調べる主人公が次々と怪事件に襲われるのがこの作品の見どころです。
また物語の舞台にしても、タイトルからてっきりガッツリ館ものかと思っていたら、蟇屋敷の外のシーンの方が多いくらいで移り変わりが激しいです。カフェエに連れ出すシーンや怪しいお寺のシーンなど、戦前レトロな探偵小説のいかがわしい雰囲気満点で印象的でしたね。

本作の面白さはこのような展開の移り変わりの激しさにあります。ではミステリとしてはどうかというと......。真相は正直なところ「え、それかーい!」というものですし、蟇屋敷の蟇の秘密は「え、そうだと思った!」という感じで、現在、ミステリとして読むと古臭くありきたりなものに思えます。
ただ、それでも犯人側が仕掛けるトリックの量はなかなかのもので、斬新な意外性こそないものの、ミステリとしても十分に楽しめる作品だと思います。

全体の印象としては、エンタメ方向に振り切っていて、読みやすさやヒロインのキャラ造形も含めて、ミステリというよりもサスペンス仕立てのライト文芸と言えそうな作品でした。
なので、戦前の探偵小説ファン垂涎なのはもちろん、イマドキのキャラノベとかが好きな人にも(手にとってさえもらえれば)受け入れられるんじゃないかと思います。

結論を言うと、カズレーザーさん、この小説をアメトーークで紹介してください!

西澤保彦『小説家 森奈津子の華麗なる事件簿』読書感想文

森奈津子シリーズ。
祥伝社文庫の中編「なつこ、孤島に囚われ。」、徳間文庫の短編集『キス』を一冊にまとめた再文庫化作品です。

内容としてはSF×ミステリ×エロスということですが、前半はコメディタッチ、後半はやや真面目な雰囲気と一冊の中で作風が大きく変わるのが面白かったです。
あとがきを読むと分かるようにテーマはかなり作者の内面が反映されたもののようです。そういう作品に対してよく「作者のマスターベーション」という表現がされますが、その点本書は作中の言葉を借りれば「良いオナニー」だったと思います。なんせ他人のオナニーを見る機会なんてそうそうないですからね。貴重な読書体験ですよ。

ただ、ラストの意味はよく分からなかったので、もし分かる方がいたら教えてほしいです......。



「なつこ、孤島に囚われ。」


エロ百合作家・森奈津子(※実在の人物です)は突然誘拐され孤島に置き去りにされる。意外にも島での暮らしは快適で、小説を書き妄想に耽りながらのんびりゆったり過ごす奈津子だったが、ある日隣の島で殺人事件が起き......。

これだけ以前の祥伝社版で読んだのでうろ覚えですが......。
中編であることもあり、内輪ネタ(主人公以外に牧野修倉阪鬼一郎なども登場!)とエロ百合ネタがメインのお遊びみたいな小説です。
しかし、うんうん頷かされる論理展開と、「1時間で読める中編ならギリギリ許せる」くらいの絶妙なバカ真相は(怒る人も多そうですが)私は好き。
むしろミステリ要素が思ったよりは強くて、エロ百合要素がもうちょい濃くてもよかったかなぁとすら思わされてしまうあたり......。



「勃って逝け、乙女のもとへ」

自殺を考える中年男・蛯原は、最後のにと訪れたフレンチレストランでシロクマ宇宙人と出会う。
宇宙人に懇願し、女とヤリまくれる身体を手に入れた蛯原は街を行く少女たちを次々と犯していくが......。

まあバカな話ですね。
主人公が死にたい理由や女とヤリまくりたい理由が、絶妙に共感できるラインで屈折していて西澤保彦らしさ全開です。
エロポイントとしては、射精の快感を無限に楽しめるというところでしょうか。相手の少女たちの描写はロクにないのですがとにかく射精しまくる様子が楽しそう。しかし、それをめちゃくちゃバカバカしく描くことでセックスの滑稽さを描き出しているあたりは作者の意図したテーマを露骨に表現していて面白いですね。ちょっと山田風太郎のエロ忍法帖とかにも通じるものを感じます。
ミステリ部分は「一応ミステリ作家だから真相とか用意しとくか......」程度の取ってつけたようなものだし最初から方向性はわかってしまいますが、想像するとなかなか笑えます。と共に恐ろしくもあり、「幸せな人生とは何か」という我々人間の永遠のテーマを考えさせられるところも良いですね。面白かったです。



「うらがえし」

小説家のわたしの元へ不審な電話がかかってくる。電話の主はわたしの部屋の中の様子が事細かに見えているらしく......。 / ウェイトレスの松島里沙は、学生時代に想いを寄せていながら同じ女に奪われた2人の先輩の息子たちを性的に調教していくが......。

この短編集のもう一つのテーマが「メタ」。この話は作中作もので、こっから単純なエロ百合ミステリじゃないメタネタが入ってくるのは好みが分かれそうなところですね。私はこういうのも嫌いじゃないけど、バカなエロ百合を期待してたので小難しい方向にいっちゃうのがちょっと寂しかったりも......。
もっとも、この話まではアホなダジャレネタやエロエロな官能小説としての側面もあって気楽に読めますけどね。
しっかし39歳ってエロいですよね......。
小説家 森奈津子の華麗なる事件簿


「キス」

中学生の夏、療養先の田舎の村で愛し合った少女。死んだはずの彼女を蘇らせるため、"わたし"はレディNこと森奈津子に会いに行くが......。

このへんからは深刻な雰囲気も加わって笑ってばかりもいられません。
一夏の恋を取り戻そうとする話が最終的にああいう着地を見せるのは驚きと同時に胸が締め付けられるような余韻が残ります。私は女が好きな男という謂わばノーマルと言われる嗜好の持ち主なのであまり共感とか理解が出来るとは言い難いのですが、それでも「幸せとは」というテーマにおいて本作は普遍的な一つの答えになっていて救われる気持ちです。



「舞踏会の夜」

で、最終話のコレなんですけど、コレがどうもよく分からなかったのは読み込み不足でしょうか。それともあえてモヤモヤが残る終わりになってるんですかね......?
内容は、シロクマ宇宙人が小説家デビューを目指してショートストーリーを書くというもの。作中作として何篇かのショートストーリーが挿入されていますが、これが作中で指摘される通りなかなか微妙な出来。まぁこれが今の大人気作家西澤保彦の習作時代の作品なのかと思えば「人気作家でも最初から上手いわけではないんだな」という感慨がありますが、なんにしろ読んでて面白くはない。
さらに、その後謎の「舞踏会の夜」の描写と色合いの違う作中作が出てくるに至っては混乱の極みです。
何か深い意味があるのか?それとも単にめちゃくちゃな短編集をまとめるための雰囲気作りなのか?というところからしてよくわからず......。
ただ、最後の作中作は本書のエロ百合以外の色んなテーマを短い寓話にしたような読み心地で、不思議な余韻は残りました。

「軽蔑」(ゴダールのやつ)

面白いけど好きじゃない映画、面白くないけど好きな映画、あります。面白くない上に嫌いだけど心に刺さる映画もまた......。これは最後のやつでしたね。

軽蔑 [Blu-ray]

軽蔑 [Blu-ray]

製作年:1963年
監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:ブリジット・バルドー



主人公は劇作家のポールと元タイピストの妻カミーユの夫婦。彼らの良好に見えた関係が、カミーユの「もう愛してない」という言葉で破綻して行く様を描いた、ゴダールのイメージに反してめちゃくちゃ分かりやすいお話でした。

もちろん、そこに本人役のフリッツ・ラングが撮る『オデュッセイア』を中心とした小難しい会話や美しい映像で空気に眠気成分を混ぜ込んでくるあたりはイメージ通りでしたが、私にはそういう小難しい事は分からないので昼メロチックな部分だけの感想になります悪しからず。


主人公のポールはイケメンで金もそこそこあるけど女心が分かってない一番嫌いなタイプの人でした。時代的にじゃーないかもしれないけど女性蔑視的な言動もイラっときますね。
そんな彼のとある些細な行動がきっかけで一夜にして愛の魔法から覚めてしまうヒロインのカミーユ。美人だけどちょっと怖い、雰囲気的には菜々緒みたいな感じ?な彼女の不機嫌そうな表情を見ているだけで根源的な恐怖が湧き上がってきます。

しかし、本当に怖いのは「アンタなんか軽蔑ヮ!」という彼女の言葉。
「軽蔑」という感情は異次元ですよね。「醒めた」なら再燃する可能性もあるし「嫌い」は好きの鏡像と言われることもありますけんども、ケーベツはネェ。「もうあなたとは関わりません」「もう人間として見ません」という宣言ですからね。
夢の中では何度も軽蔑の眼差しを注がれたけど、もう二度とあんな思いはしたくないです。
しかしポールとカミーユも前日までは表立ってはラブラブ夫婦。きっとカミーユの中に蓄積があって、あの日のポールがラストストローを積んでしまったってことだと思うけど、蓄積なんて目に見えないからね。だから怖い。そしてもはや軽蔑されてしまったポールが「なんでそんなことゆうの??😂」とか言ってももう可愛くない。ますます軽蔑されるだけなのにそんなことも分からないこの男のバカさも怖い。自分はこうなりたくないけどなりそうな気がします。怖いわヤダヤダ。

「非論理が論理に反するのは論理的」

作中で印象的なフレーズです。
恋愛というのは非論理的なもの、そこに論理的な「もう愛していない」理由を探そうとするポールは非論理的ということでしょうか。男って賢いふりしてバカよね、ホント。
ポールのバカさとカミーユの「理由はないという理由のある」軽蔑を描き出す会話のリアルさが怖かったです。


とりあえず、今私が世の中で一番怖いものは好きな人からの軽蔑だと気づかされました。
そして、とりあえず来週からはせっかくの休日にこんな映画を見てバカのくせに哲学的なことで鬱々とするなんてバカなマネはよして明るい映画を見ようと決心しました。

商業主義とかオデュッセイアとかブリジットバルドーのケツの話は知らねえから有識者のブログを読んでね。

積木鏡介『誰かの見た悪夢』読書感想文

大学生の醍醐と女友達の夢摘は、帰省途中にひょんなことから家出した子供・悠を、縫柄記念病院へ送り届けることになる。
しかし病院は廃墟同然で、そこに棲む人々はそれぞれ醜悪な悪夢に囚われていた。
やがて悪夢に冒された病院で連続首斬り殺人が起こる......。


以上のあらすじだけ見れば、とてもベタなクローズドサークルミステリ、或はB級スプラッタホラーです。
実際、それも間違ってはいないのですが、本作はやはりそれ以上に「積木作品」という唯一無二のジャンルの傑作だと思います。


誰かの見た悪夢 (講談社ノベルス)

誰かの見た悪夢 (講談社ノベルス)



全編疲れるくらいメタにメタを重ねた『歪んだ創世記』、連作短編集に近い形式で大量のネタを注ぎ込んだ『魔物どもの聖餐』と、毎度その過剰さが魅力の積木作品ですが、本作も御多分に洩れずネタの量が物凄いです。

なんせ、病院関係者の過去と現在の首斬り殺人という2つの軸があって、どちらも謎・解決ともに奇怪で異様で変梃淋の頓珍漢のポンポコリンなんですから......。
 

本作はタイトルにもある通り、「悪夢」がテーマになっています。
そのため、作中のところどころで登場人物が見る"悪夢"の描写が挟まれます。それが単体でもまさに悪夢のような気持ち悪さなのですが、凄いのは、その夢に納得のいく説明がつくこと、そして説明されることでより醜悪になること。
悪夢とその解説によって段々と浮かび上がる縫柄家の一族の秘密は、見せ方によってはそれだけでも一冊の長編になりそうなくらいの醜怪凄惨贅沢盛りだくさんで楽しめました。


しかし、そんな盛りだくさんなアレコレはあくまでも脇道。本筋である連続首斬り殺人はさらに強烈なインパクトを持っています。
事件自体は言ってしまえばただの首斬り殺人ですが、ゴテゴテに装飾された文体で書かれると雰囲気満点だし、後半は特にスピーディーに人が死んで行くのでとりあえず楽しいです。
そして何 より真相が異様で異形。この人がこの文体とこの世界観で描かなければ、本を壁にぶつけた後壁ごと燃やしたくなるくらいバカバカしい(ネタバレ→)入れ替わりトリックの提案と口封じが延々繰り返されたという首斬りの理由に、腹の底から笑いがこみ上げます。それでいて、あまりにもつらい真相に泣きそうにもなりました。なんなんだこれは。

さらに、そこから雪崩れ込むように語られる最後のオチに唖然。いやいやそんなんで言いくるめられませんってば~と思いながらも何故だかその静かな美しさに涙が溢れそうになったりならなかったり。
この作品は結局のところ(ネタバレ→)醍醐という人形が観た一夜の悪夢にして、彼の最初で最後の短い初恋だったのだ!
......って、いやいやいやいやそんなバナナ。しかし美しい。しっちゃかめっちゃかやっときながら、終わりよければ全てよし、深い余韻の残る読後感が味わえました。


あと、本筋にあまり深く関わらないジジイによるトンデモ珍説の放言(妄言)にも笑いました。言いたいことはギリギリ分からなくもないけどお前は何を言っているんだという絶妙なぶっ飛び論理、好きな人は大好きだと思います。さらにこれが(ネタバレ→)繰り返すことと、それを遡ると諸悪の根源がいるという点で事件の真相を暗示しているようにも見えるのが面白いところ。


斯様に、悪く言えば纏まりがなく色々なネタが歪に寄せ集められた作品、よく言えば異形盛りだくさんの贅沢な作品でした。
解決前のおどろおどろしさ、もはやギャグの解決、美しいラストと、全編に渡って翻弄されまくり。私はこういうの好きなのでめちゃくちゃ面白かったし好きですが、好みは分かれそうなのでこれから読まれる方はご注意を......。

西澤保彦『夏の夜会』読書感想文


最近西澤保彦にハマってます。
今年は私の中で西澤保彦読むYearなのです。
今回はノンシリーズ長編のこの作品。

飲みながらディスカッションするといういつもの西澤ミステリに、人間の心の暗部を描いたいつもの西澤小説が合わさったファン垂涎のいつもの西澤保彦でした。面白かったです。

夏の夜会 (光文社文庫)

夏の夜会 (光文社文庫)



〈あらすじ〉
葬儀のため数日間郷里へ帰ることにしたおれは、そのついでに小学校の同級生の結婚式に参加することになる。
二次会で同じテーブルになった4人の旧友たちと、ふとしたことで"鬼ババア"とアダ名された井口先生が学校で殺害されたという話題になるが、各自の記憶には細かな齟齬があり......。
あやふやな記憶を擦り寄せていった先に見える真実とは......?



というわけで、飲みながら語り合う一夜のことを描いた物語です。

過去に起きたはずの殺人事件についてディスカッションしながら推理していくというミステリーなんですけど、ミステリーとして期待しすぎると微妙かもしれません。
なんせ、推理の手がかりはほぼ全て登場人物の記憶だけ。しかも、冒頭で主人公の一人称で「記憶というのはあてにならない」的な述懐があるように、「こうだった気がする」「そういえばこうだったかも」「あー、めっちゃ大事なこと忘れてたけどこうだったよね」みたいに間違いも後出しも連発されるんですよね。だから、読者に推理の余地はなく、確信犯的にアンフェアにしてる感じでした。
フェアとか本格とか難しいことは考えずに流れに身を任せて読める人にはオススメです。



で、私はこの作品けっこう好きなんですけど、それはこうした記憶の曖昧さが「過去」の恐ろしさを描くことに繋がっているからなんです。
そもそも、物語というのは普通未来へ向かって進んでいくものですが、ミステリーというジャンルは既に起きた事件の真相を追い求めて過去へ進んでいく物語形式であるとも言えるでしょう(必ずしもそうとは限らないなんて野暮なツッコミはやめてくださいね)。
そういう意味で、「過去」というテーマはやはりミステリーという形式と相性がいいのかもしれませんね。

そう、過去......。
未来というのは見えないから怖いものですが、変えることができるものでもあります。
それに比べて過去はもう変えられない。しかも、見えているようで忘れていたり頭の中で改変していたりして、案外当てにならないもの。
ふつう、人は大人になるにつれ常識や人への思いやりを身につけて成熟して行くもの。そんなマトモな大人になった時、過去の未成熟な自分が犯した罪を突きつけられる恐ろしさといったら......。
本作の主人公も、わりと序盤の段階でこうした過去の罪を思い出して苦悩します。その苦悩がラストに至るまで引きずられていくので、読者も自分が過去にしてしまったこと、してしまったかもしれないけど覚えていないことを想起していたたまれない気分にさせられます。
こういう本ばっかり読みたくはないけど、たまにはこういうつらさを味わっておくのも人生経験の一つかな!って。



ちなみに、本作とそこまで被るわけでもありませんが、過去の罪と忘却というテーマが似ているミステリー映画として、な〜んとな〜〜く、オールドボーイを連想しました。本書が好きな方なら嫌いではないと思いますので併せてぜひ......。

トリプルヘッド・ジョーズ

まーたクソくだらねえサメ映画観なきゃいけないのかやれやれまったくカンベンしてほし......あれ、面白い......?

トリプルヘッド・ジョーズ [DVD]

トリプルヘッド・ジョーズ [DVD]

製作年:2015
監督:クリストファー・レイ
出演:カルーシェ・トラン、ジェイソン・シモンズ、ロブ・ヴァン・ダムダニー・トレホ

☆3.4点


はい。なんと本作、「ダブルヘッド」や「ファイブヘッド」に比べて普通に映画として面白かったです。比べる相手が悪いとも言えますが、やれば出来るじゃん!


まずびっくりなのが、オープニングのパニックシーンが終わると、冒頭いきなりなんだか真面目な雰囲気になることです。

本作の主人公は海中にある海洋研究所に就職した新人研究者のマギーとその元カレのグレッグ。
研究所では、環境汚染による海洋生物の突然変異について研究していて、汚染によってフリークスになった生物たちを飼育しています。この辺の設定の作り込みがしっかりしているため、本作では「三つ首の鮫」が登場しても他の超サメ映画につきものの「いやいやありえへんやろ〜ww」がなかったのがまず凄いところです。
そう、ゴジラが公害によって生まれたように、本作のトリプルヘッド・ジョーズもまた海の環境汚染から生まれた化け物です。トリプルヘッド・ジョーズが人間を喰い散らかしていくのは、謂わば我々人間への警鐘。本作はB級映画の皮を被った、メッセージ性の強い社会派映画なのです。


とはいえ、超サメ映画が真面目なだけでは期待外れですが、本作はもちろんサメ方面のバカバカしい映像もてんこ盛り。
サメはイルカショーのように華麗に宙を舞い、三つの頭で人を喰らう!サメに食われた人間は牙の間から断末魔の表情を!もちろんおっぱいも盛りだくさん!(※健全な映画だからポロリはないよ!)。


そして、展開の広げ方も魅力的です。
序盤は水中の研究所からの脱出で引きつけてくれます。水中施設の閉塞感がサスペンスを際立たせる見事な引きでしたね。
さらに船を手に入れてからはいよいよサメ映画らしく、船上の人々の人間模様とサメによる容赦ない襲撃に今度はアクション的に手に汗握ります。
さらに終盤はホラーっぽさやどうやってサメを倒すのかというミステリー的な要素も......すみません言い過ぎました。でもサメの倒し方はなかなかバカバカしすぎて逆に意表を突かれました。
超サメ映画ってどうしても出オチみたいなもんで、序盤で飽きちゃうことが多いですが、本作はこれだけ展開がうねってくれるので飽きずに一気見でした。
さらに、個人的に一番好きなのがラストシーン。(ネタバレ→)普通はこういうB級映画って最後倒したと思っていたサメやゾンビや殺人鬼が実は生きてたり新しく出てきたりするわけですが、本作はそれを皮肉っぽく茶化しながらきちんと平和を取り戻して終わるのがステキです。ストーリーに力を入れていただけあって、最後で無粋にぶち壊すようなことをしないんですよね。超サメ映画でありながらシャレたラストシーンでした。


というわけで、なめてかかってましたが普通に映画として面白い作品でした。と言っても多分信じてはもらえないことは分かっています。自分でも本当に面白かったのか、わりと半信半疑ですから......。