偽物の映画館

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浦賀和宏『HEAVEN 萩原重化学工業連続殺人事件』読書感想文

元は2011年に講談社ノベルスより発表された、萩原重化学工業シリーズ(=安藤直樹シーズン2)第一弾。この度どういった大人の事情があったのか、講談社ではなく幻冬舎から大幅な加筆修正を経て文庫化されました。
講談社も早く安藤シリーズ文庫化して〜〜😂



ナンパが趣味の少年・有葉零は、ある日祥子という少女を引っ掛ける。零は情事の最中に祥子を絞め殺してしまう。しかし、警察がやってきた時には祥子の遺体は消え去っていた。
後日、祥子は別の場所で殺され、脳髄を持ち去られる。そして、その日から脳を持ち去る猟奇殺人事件が連続し......。



私はノベルス版は読んでいないので比較できませんが、聞いた話によるとノベルス版よりかなり心理描写が削られてページ数が少なくなったようです。
安藤直樹シリーズのファンとしては、あのうだうだと続く鬱々とした心理描写こそシリーズの魅力だと思うので、それが削られたのはもったいない気がします。確かに、読んでて安藤直樹シリーズほど自意識や情念が暴発する描写がない気はしました。
それでも主人公格である有葉零の弟、有葉一くんの日記パートには「あ、これは安藤シリーズだ......」と懐かしい痛みを覚えました。
一くんはイケメンモテモテワンナイトラブ師の兄の影に隠れた引きこもり青年。兄と比べて自分は醜く、いてもいなくても変わらない......という激しい劣等感を抱えています。
「引きこもっていて誰にも認知されないなら存在しないも同じ」という独白には、安藤シリーズの傑作『透明人間』というタイトルを連想しました。実際、内容こそもちろん違うものの、一くんの恋の顛末は『透明人間』に勝るとも劣らないめちゃくちゃ切なく美しいものでした。
そんなわけで、一くんの日記パートは全部好きなんですけど、特に良かったシーンをメモ代わりに読んでる時写真撮ったのでそのまま載せときます。

ここ、泣けますね。


さて、そんな感じで一くんのパートは青い恋愛描写が多くてねちっこいんですが、他の部分はわりとサラッとスピーディーで、物足りなさはありつつも、圧倒的な読みやすさはエンタメ作品としての大きな強みだと思います。

そして、様々な人物の視点から語られる物語が高速でぶつかる結末、その大風呂敷の広げ方たるや圧巻です。「SF要素のあるミステリ」だった安藤直樹シリーズから更に飛躍して、「ミステリ要素のあるSF風味のウラガ・ノベル」としか形容できない破茶滅茶な世界が姿を表すのです......。
つっこみは野暮、感傷に浸った後で、ぶっ飛び展開に頭を殴られるような不思議な小説でした。

次作『HELL』も読み始めていて面白いんですが、作者本人が昔に「安藤シリーズと萩原シリーズは合計10作品の予定」というようなことを言っていたらしく、そうすると、あと1作品でこの壮大なサーガが完結することになります。実際のところどうなのかは知りませんが、今回の文庫化が呼び水となって作者が新作を描いてくれることを心待ちにしている今日この頃なのでした。

浦賀和宏『透明人間』安藤直樹シリーズその7

透明人間 (講談社ノベルス)

透明人間 (講談社ノベルス)

幼い頃、理美は透明人間を見た。それから少しして、理美の父は雪が積もる神社の境内で不審死を遂げた。状況は殺人とみられたが、周りの雪には父本人と発見者の理美の足跡しか残されていなかったのだ。
それから10年、理美は自宅地下に秘密の研究所があったことを知る。そこへ父の同僚らが研究データの捜索に訪れる。しかし彼らは次々と殺害されていき、理美と恋人の飯島は地下に閉じ込められてしまう。

魔法なんて実在しない、だからこそ人はファンタジー映画を観ます。
見立て殺人なんてよっぽど起こらない、だからこそ人は横溝正史を読んで赤い夢を見るのでしょう。
同じように、純愛なんて存在しないからこそ、私はこの純愛小説を読んで泣きました。泣きました。

主人公は自殺未遂を繰り返す女の子。本書のミステリとしての本題は冒頭の日記に描かれる主人公の父親の雪密室、そして中盤以降の地下研究所での殺戮劇ですが、その間でどさっと主人公の自殺未遂歴と飯島とのエピソードが語られます。はっきり言ってここが終盤以前のハイライト。死にたい死にたいと思いながらも本当に死ぬ勇気はない人間にはなかなかクるものがあります。わざわざアレで首を吊ろうとするところとかね、ほんとに。
その後地下室に閉じ込められて事件が起こりはじめてからはサスペンスとしてぽんぽん話が進んでいくのでそれはそれで面白いんですけど、やっぱりうだうだと悩む描写が上手すぎてサスペンスはオマケに思えてしまうところはありますね。まぁ閉じ込められたら閉じ 込められたで、また彼女はうだうだと悩みはじめるのでなんだかんだ面白いですけどね。

本作では解決編で名探偵を嫌悪していた安藤直樹がもうバリバリ名探偵として推理を語るのも大きな見所です。
ただ、トリックに関しては正直あれとあれを使ったなっていうのは分かってしまいます。あまりに不可思議な状況だと逆にそれを成立させるにはあれしかないってなんとなく推測できちゃう現象、ありますよね。というかどう見てもあれはあれするでしょ。ここがもうちょい独創的だったらなぁというのが玉に瑕。

とはいえ、その後の結末があまりにも好みドンピシャに面白かったので安藤くんなんかもはやどうでもいいですけどね。
本を読んでいてゾワッとすることって最近は特にあんまりないんですけど、このラストはキましたね。ええ。「まさかそういうこと!?」と思った時にはもうぞわぞわして、それが少しずつ語られていくのを読みながら今までの物語を思い出して震えました。エモすぎる......。そして最後の最後、泣きますよこれは。純愛なんてこの世にありえない。だからこそ、物語の中の純愛は切ないんですよね。
読了後、この曲を聴いたことは言うまでもありません。
YMO「Cue」

浦賀和宏『学園祭の悪魔』安藤直樹シリーズその6



穂波留美の同級生の"私"は友達も多くクラスでカーストそこそこ上位の普通の女子高生。でも両親が毎日喧嘩してたり、暗くて友達もいない穂波留美のカレシの安藤くんに岡惚れしちゃったり、ほんとは世界一不幸な女の子なのです。高校生にもなって未だにバージンだしね。ぐすん。

だいぶふざけてるけど、ほんとにこんな感じの語り口でこんな感じの話なんです。シリーズ史上最短の短さで、8割がた読むまでは連続殺犬事件(解決もしょーもない)と過去作の事件の話題が出るだけであとは安藤と留美にちょっかいをかける主人公の日常を描いただけのお話です。といってもそれで自意識の溢れ具合だけで楽しく読めるからこの作者はすごい!あと主人公が映画ファンなのでアンタッチャブルとかファイトクラブとか好きな映画の話題がちょいちょい出てきて面白かったです。またこの作品のストーリー自体も私の好きなM・ナイト・シャマラン監督による「アンブレイカブル」へのオマージュになっていて嬉しかったです。

で、終盤になってようやく物凄いことが起きるんですけどこれがまぁひっどい!(褒めてます) どうして急にそんなことになっちゃったのかよく分からないですけど絵面的にインパクトありすぎて笑いながら泣きました。なんじゃこりゃ。
ここまでいっちゃうともう今後シリーズをどういう方向に持っていくのかまるっきり謎で次作が楽しみです。ファーストシーズンは次作が最後......。とはいえ、どう考えても次作でなにかが解決するわけじゃなさそうですけどね。

浦賀和宏『記号を喰う魔女』安藤直樹シリーズその5


記号を喰う魔女 (講談社ノベルス)

記号を喰う魔女 (講談社ノベルス)



安藤直樹シリーズ。本書は、もう完全にぶっ壊れてしまっている人たちのお話。彼らの狂気に恐ろしくなる一方で少し憧れてもしまいながら読みました。
時系列としてはシリーズで最も前。安藤裕子の中学生時代、以前の作品でも少し触れられているエピソードを描いた外伝とか過去編という感じの作品です。

まず目に付くのは文体ですね。今まではわりと平易な言葉で読みやすかったのですが、本作はあの小林が終始ぶっ通しで語り手を務めているせいか、妙に難しい言葉が多く読みづらかったです。それだけならまだしも、誤字や脱字はいつもより多いくらいだったのもつらいところ。それでも一気に読めるのはストーリーの面白さを証明しているとも言えますが......。

内容はもはやミステリではなく青春バトルホラー、例えるなら高見広春バトル・ロワイアル』にカニバリズムを塗りたくって浦賀色にしたような雰囲気といえばなんとなく伝わるかと。なんせ1行目が「子供は親の食べ物じゃないよッ!」ですからね。全編に渡ってカニバリズムに溢れています。

そしてなんといっても今回は完全に小林くんの一人称で描かれる安藤裕子への恋が見どころで、そこからこれまであまり語られなかった安藤裕子という少女の人となりが見えてきます。まあぁ~~憎ったらしいですけどね!でもそんなところが可愛い。小林くんが夢中になるのも分かりますね。中学生なら好きだったよこういう子。と、思っているとどんどんエグいことになってって最終的に「まじかよ、ひくわー」と思いましたけど。しかし、『頭蓋骨の中の楽園』で彼はここに囚われていたのかぁ、と感慨深くなり、むしろ『頭蓋骨の中の楽園』への評価がますます上がりました。

『頭蓋骨~』『とらわれびと』でどんどんミステリっぽくなってきたかと思った矢先になんとも形容し難い本作が出てきたのでほんとに一筋縄ではいかんシリーズだなぁと思いましたが、シリーズファンなら過去作との関連もあって楽しいと思います。

浦賀和宏『とらわれびと』安藤直樹シリーズその4



安藤直樹シリーズ第4弾。
今回は、大学病院で起こる現代の切り裂きジャック事件に、留美ちゃんとその友達の亜紀子ちゃんが遭遇するお話です。

前作からオーソドックスなミステリに近付いてましたが、今作はさらにその感が強まった気がします。
というのも、内容が猟奇的な連続殺人というのはもちろん、本作ではこれまでのシリーズに濃厚にあった恋愛小説要素が減っているんですよね。これまでの作品がノベルスで500ページほどあったのに対し、本作は366ページ。分量が減ったぶん、執拗なまでの拗らせ描写が縮小されたということでしょう。メインの視点人物である亜紀子が(酷い目にはあっていますが)あまりうだうだとつらさをぶちまけないのも大きいです。ただ、これまでの作品のそういううだうだした部分に惹かれていた身としてはかなり残念というのが正直なところです。

とはいえやっぱり登場人物に不幸を背負わせる手腕は健在で。『記憶の果て』に登場して最後にはボロボロになった金田くんが、再登場したと思うやさらにボロボロにされてもはやサイコサスペンスになってしまうところは読み応え抜群。ちょっと狙いすぎな気もしますが、狂気に堕ちていく描写はやはり一気に読ませてくれます。なぜここまで登場人物に地獄を見せなければならないのか。これからシリーズが進むたびに全員どんどん不幸になっていくのかと思うと楽しみでもあり怖くもありますね。浦賀和宏、恐るべし。

ミステリとしてもオーソドックスなミステリらしさは濃いものの、これまでの作品の衝撃に比べると少し落ちる気はしてしまいます。
切り裂きの動機は歪んでいて面白いものの、狂気に振れすぎていて共感出来なかったのが残念です。過去作では歪んだ動機なのにどこか共感してしまう危うさが魅力だったので。また、設定が異様なせいで動機にもなんとなく見当がついてしまうというのも。
また、メインの仕掛けは作中でも触れられている通り伏線が弱くて唐突。もちろんその唐突さが良さでもあるしインパクトは大きいのですが、そこまでの話との隔たりが大きくて置いてかれた感もあります。ただ、安藤直樹の登場シーンは強烈。『夏と冬の奏鳴曲』におけるメルカトル鮎みたいな存在感を放っていて 、あの一瞬だけで忘れがたい印象を残します。。

前作までが数年前に突如文庫化されたのに今作以降は文庫化されないままですが、正直なところそれもむべなるかなという感じでしした。とはいえエンタメとしてめちゃくちゃ牽引力があって狂気があって衝撃があるのには変わりなく、シリーズファンとしては今回も楽しませていただきました。

どうでもいいけど表紙におちんこついてるのは人前で読みづらいのでやめてほしいです

浦賀和宏『頭蓋骨の中の楽園』安藤直樹シリーズその3






大学生になった安藤直樹が登場する、シリーズ第3弾です。


穂波英雄は菅野香織に片想いをしているが、ある日菅野は首斬り殺人の犠牲者になってしまう。失意に暮れる穂波の前に、菅野の婚約者の刑事・田上が現れ、「香織を殺した犯人探しを手伝ってほしい」と告げる。笑わない男・安藤直樹は、他人の死など興味がないと嘯きながらも事件に関わることになる。やがて、第2、第3の首無し死体が発見され......。


というわけで、これまでの2作品とは異なり、外見上はかなりオーソドックスな、いっそありがちと言ってもいいほどミステリらしいプロットの作品です。実際ミステリとして読んでも素晴らしい出来になっているのですが、それでもこれまでの2作品にあったつらい恋愛小説の側面は些かも損なわれていないのが凄いです。

大学生編ということで、新キャラが多数登場します。
多視点からの物語にはなっていますが、メインの語り手は安藤の友人である穂波英雄になっています。当然読者は穂波くん視点で物語の大半を見ていくことになるわけですが、その点、彼の普通さは非常に感情移入しやすいと思います。そんな彼に作者が用意したのが最初からどうしようもない恋。彼女には自分じゃ敵いっこない彼氏がいる上に殺されちゃうんですからね。つらいです。
そして、彼が普通な代わりに、彼以外には変な人がたくさん出てきます。The妹に、レズの美人に、ミステリ嫌いのミステリ作家に、異様な自殺をした作家に、昭和風刑事とモデル風刑事、そして笑わない男・安藤直樹。普通な穂波く んの目から彼らを見ることでキャラのエキセントリックさが際立っていたように思います。
特に、作中のミステリ作家の、ミステリ、ひいてはミステリファンへの憎悪には、いちミステリファンとしてなんとも居心地の悪い気分になりました。私みたいな書評サイトや書評ブログってのをやってるミステリファンは死にたくなること請け合いです。

一方、そうは言いながらミステリとしては、京極堂シリーズを彷彿とさせる、様々な要素が複雑な因果関係を織りなしながら大きな流れを作る構成が凄かったりします。その要素ってのが主に恋愛やセックスの関係なので、今までの作品のような拗らせ恋愛小説面もよりバラエティ豊かにばっちし取り揃えられていました。さらに、満を持して明かされる首斬りの理由も強烈。メチャクチャなのにここまで読んでくると不思議な説得力を持ってくるのがいいですね。

更に前の2作との関連ももちろんあります。読んでる間はこれまでのキャラは安藤しか出てこないし、その安藤も事件のちょっと外側に立ってる第三者的立ち位置なのでこれまでのシリーズの内容と結びつきませんが、最後まで読んでみるとちょうどいい塩梅であの人やあの人が絡んできてシリーズファンには楽しい作りになってます。双子のような前の2作から次の展開へとシリーズを進める橋渡しの役割のある作品なのかな、と。シリーズの続きをまだ読んでないので知りませんが。
そんなわけで、これまでの安藤シリーズの魅力に、分かりやすいエンタメ性とキャラや要素の過剰さが加わった傑作です。

浦賀和宏『時の鳥籠』安藤直樹シリーズその2


時の鳥籠(上) (講談社文庫)

時の鳥籠(上) (講談社文庫)

時の鳥籠(下) (講談社文庫)

時の鳥籠(下) (講談社文庫)



『記憶の果て』に続く安藤直樹シリーズ第2弾......というより、『記憶の果て』のB面のような小説といった方が本作の内容に近い気がします。というのも、この作品に安藤直樹は直接的にはほとんど登場しないからです。本作は『記憶の果て』に登場した2人の女の物語であり、『記憶の果て』への壮大なプロローグなのです。

若手救急救命医の甲斐は、急患で運び込まれ一度は心肺停止に陥った女性を救う。彼女は記憶を失っており、甲斐は彼女を自分の住むアパートに引き取ることにする。
甲斐に救われた女はやがて思い出す。自分がある少女を救うために未来から送られてきたことを。
一方、甲斐の友人である宮野は、人生の成功者である甲斐を羨みながら自らの悪癖を持て余す。

というわけで、上記3人のメインキャラの視点から物語は進んでいきます。前作では浦賀作品特有のつらさが安藤直樹1人に集中していたのに対し、本作では4人のメインキャラに均等に置かれているのでよりつらかったです。その分話の焦点も分散して最終的に何がしたかったのかいまいち分からなくなっている感もなきにしもあらず。しかし、全体のまとまりなんかどーでもいいんです!ただただ語りが面白い(つらい)のを楽しめばそれでいいのです!個人的にはやはり宮野くんにかなり感情移入しちゃいました。元カノとのエピソードもつらいですね。
また、「地球の夜にむけての夜想曲」が美しいです。本書全部読み返すのは長いし大変ですけど、ここだけこの先何度か読み返しそうな予感がしますね。好き です。

あと、今作では音楽についてかなり多く語られていて面白かったです。YMOは前から好きでちょいちょい聴いていたのですが、キャッチーな『Solid State Survivor』ばっか聴いてるので「『RYDEEN』はお子ちゃま向け」ってのにはショックでしたw ただ、改めて『BGM』や『Technodelic』を読みながら聴いてみるとやっぱいいわーと思いましたね。大人になったのかな。

ミステリとしては、トリック自体はちょっとちゃちいですけど、そこから浮かび上がる犯人の動機にはやられました。あまりに狂っていて、あまりに残酷でありながら、物凄い純愛に貫かれた動機には泣きそうになりました。