偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

村雲菜月『コレクターズ・ハイ』感想

フォロワーのちくわさんに紹介された本です。ちくわさん紹介あざ。


癒し系キャラクター「なにゅなにゅ」オタクの三川は、ゲーセンで出会ったクレーンゲームオタクの森本さんととある契約をしていた。それは、森本さんになにゅなにゅグッズを取ってもらう代わりに、彼に頭を撫でさせてあげるというもので......。

いわゆるオタ活、推し活というものを描いた中編小説。
個人的にも好きなもののファンをやめたりすることが続いているので、推し的なものとの向き合い方を考えたくて読んでみました。

本作の主人公の三川はカプセルトイを作る会社で働いていて、「なにゅなにゅ」という絶妙な語感のキャラのグッズ収集に打ち込む女性。そして彼女の周りの人間たちも、クレーンゲームオタクの森本さん、髪オタクの美容師の品田、カプセルトイオタクの先輩轟木さんなど、色んなもののオタクばかり。彼らはそれぞれに自分の好きなものを愛でる平穏な生活を送っています。
しかし、やがて三川が自身のオタ活への疑問を抱き始めるようになると、絶妙なバランスを保っていた彼らの世界は徐々に歪み出していく......という、ちょっとスリラーっぽさもある展開に惹きつけられました。

登場人物たちはみんな自分の好きなものを自分なりのやり方で愛しているんですが、そこに別の価値観を持つ他人との関わりが発生すると、利害が一致していればいいけどそうじゃないと断絶が生まれてしまう。
そして、本来は自分1人で好きなように好きでいればいいはずのことが、どうしてもマウントの取り合いのようになってしまう(特にSNSでは)。

まるでなにゅなにゅを集めることの喜びが、他者に対して優越を感じる喜びに転化しているみたいで、邪なことを考えてはいけないと首を横に振る

私もついつい「にわかが湧いてきたよ」とか「信者めキモっ」とか思ってしまうので、ほどほどにしとかなきゃなぁと思った(とはいえそういう心の動きをなくすことも無理なわけで......)(むやみに表明しない、なるべく気にしないようにする、などしたいよね)。

そして、後半では「好き」であることが社会のモラルに反してもいい免罪符になったり、好きなものに捧げてきたリソースの分見返りがほしくなったり、よく知らない他人に愛であれ憎であれ身勝手に押し付けてしまったりする心情にも踏み込んでいって、よりヒリヒリします。好きだと思ってるものでも、それを好きでいることが好きというか、何でもいいから何かを推すことで安心してる(ハイになってる)だけみたいな気がするのも怖いですね。

いわば前半では見かけ上綺麗に回っていた世界が後半で一つずつ一つずつ崩れていくような、めちゃくちゃシンプルな構成。
それがラストの2行で捉えどころのない余韻に変わるのが面白かった。んだけど、投げっぱなしな感じもしてしまい、こういう共感しやすいテーマを扱うなら何かしら主人公なりの答えを見せてほしかった気もしてしまいます。
まぁとはいえさらっと読めて、普通に読んでて面白くて、考えるきっかけにもなる作品ではあり、楽しめました。