偽物の映画館

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綿矢りさ『大地のゲーム』感想


近未来の日本を襲った巨大地震。政府は近いうちに第二の地震が来ると予報するが、とある大学に寝泊まりする学生たちはそれに逆らい、カリスマ的な男"リーダー"の元で狂騒的な暮らしを送っていた......。


2013年に発表された、東日本大震災を想起させつつも、近未来の外界と隔離された大学を舞台にした、寓話のような、あるいは学生演劇のような雰囲気で描かれた中編。
登場人物たちはほぼ全員名前が出てこなくて、地名や国名も出てこず、時代も「21世紀終盤」というふわっとした設定なのが、そんな雰囲気を強めています。

各章の章題が「学祭〇〇日前」といった形になっていて、震災後の荒廃した大学に残って学祭の準備をする学生たちが描かれていきます。
不謹慎かもしれませんが、地震の後のパニック状態と学祭へ向けての高揚が狂騒感という点では共通していて、地震と学祭が重ね合わされるのに説得力を感じました。
主人公たちは国の避難勧告に逆らって危険だと分かっている大学に残り続けるのですが、先の能登半島地震でも孤立した土地に留まる人たちがいて、かれらへの非難も噴出していました。でも私が子供の頃から東海地震(南海トラフ地震)が来る来ると言われ続けているけど私は名古屋から離れる気はないし、日本のどこでだって大地震のリスクはあるのに震災後に「日本から出て行こう!」なんて話にはならないですよね。大学に残る彼らに「逃げたらいいのに」と一瞬思っちゃうけど、気持ち的にも実際問題的にもそう簡単に住み慣れた土地を離れることも出来ないよなぁと思った。

とはいえ本作ではそういう地震に関する細かい描写よりも、「極限状況における若者たちの生き方」というものが主として描かれていきます。
ただ、正直言って登場人物の誰のことも好きになれなくて、若干読むのがしんどかったのは確か。普段の綿矢作品の主人公たちは性格悪くてもダメ人間でもどこか愛せちゃうところがあるんだけど、本作は嫌いですらなく「なんか好きじゃない」くらいのキャラばっかで、彼らが何をしようがあまり興味を持てなかった......。恋人のことをやや軽蔑しながら"リーダー"に執着する(でもリーダーのことも信仰はしていない)という拗れた関係性は良いんですけどね......。
それと、私は綿矢りさの地の文はめちゃくちゃ好きなんだけど、会話文はあんまり好きじゃないのかもな、という発見もあった。なんというか、それこそちょっと芝居がかった感じがして、それが本作の閉じた空間の中での演劇みたいな雰囲気には合っているんだけど、クライマックスの緊迫感のある場面ではどこか間延びしているようにも感じてしまいます。

ただ、モノローグ多めの終章で描かれるタイトルの意味とかはとても良かったし、いつものことながら冒頭の1行目の掴みも完璧だった。
結局本作の1番のテーマは1行目の通りなんだと思う。そして、生きていくことに対するこの力強さは、思えば他の綿矢作品にも共通するもののような気がするし、本作はそんな生命力のエネルギーを拗れた自意識とか恋愛とかを抜きに素のままぶつけた作品だったのかな、という感じ。
異色作だし一見著者らしさが薄いし正直あんま面白くないけど、ある意味では綿矢りさの根幹のようにも感じる作品でした。