偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

村上春樹『回転木馬のデッドヒート』感想

リーガルリリー海さんがInstagramで紹介していたので読みました!

本書は著者本人がこれまでに色々な人から聞いたその人の人生のお話を短編小説風に書いたもので、厳密には小説ではない......みたいなことが前書きに書かれています。
小説の定義なんてものは私にはよう分かりませんが、そういう本だからこそ村上春樹の作品への苦手意識が(だいぶ改善されてきたけど)あっても読みやすくて面白みが分かりやすかった......気がします。
この前書きだけ読んでも、著者の小説観や人生観を知ることができて少し親しみが湧きました。

お話というのは語られればそこに演出なり誇張なりが加わるもので、ましてや本作は主人公たちが語った話を村上さんが聞いて読者に伝える伝言ゲームみたいな内容なので、どこまで事実なのかも正直わからんくて、その「いやいや、ほんとかよ〜」みたいな感覚も面白かったです。
とはいえ、そこに描かれる平凡な人生の中のちょっとした出来事を経験したかれらの心情には生々しいリアリティがあって、共感したり嫌いになったりと、読者も主人公たちに対して何かしらの感情を抱かざるを得なくて、それによって自分もまた映し出されるようなスリリングさがありました。

タイトルの「回転木馬のデッドヒート」というのは、同じ順番で同じ場所をぐるぐると回るだけなのにその中で熾烈なデッドヒートを繰り広げるのが人生......みたいな意味で、アイロニーのようでもありますが読み終わってみるとどこか暖かくて前向きなタイトルに思えるから不思議ですね。

以下各話ひとこと感想。


レーダーホーゼン
ドイツに旅行に行って夫へのお土産にレーダーホーゼン(というのは半ズボンのことらしいです)を買った時に離婚を決めた母親について語る女性の話。
半ズボンから離婚への流れが最初ピンと来ないのに読み終えるとなんとなく分かるような気がしてくるのがすごい。最後のやり取りに「たしかにね」と頷いてしまった。


「タクシーに乗った男」
画廊を営む女性が若い頃に出会った「タクシーに乗った男」という絵のお話。
人は何かを消すことはできなくて消えるのを待つだけ......みたいな言葉が印象的だった。不思議なようでもあり、不思議なことなんて何もないようでもあるお話でした。


「プールサイド」
35歳になった男が35歳を人生の折り返し地点と位置付けるお話。
モテなくて金もなくて貧弱な私からすると自慢か?と思わないでもないが、うまくいき過ぎている人生への虚しさみたいなものは分かる気もする。人生を35歳で半分に区切るという考え方にもハッとさせられた。私も今年で30なので、もうすぐ半分かぁ......。しかしこの主人公は好きになれないが。


「今は亡き王女のための」
"とりかえしのつかなくなるまでスポイルされた美しい少女"のお話。
最初の一文と最後の一文がとても好き。あの場面は正直羨ましかったけどそれはさておき。過去の出来事と現在がうまく結びつかない感じが人生って感じで好きです。


「嘔吐1979」
嘔吐恐怖症なのでちょっと読むのがつらかった。ある日から突然40日間だけ毎日吐くようになった男のお話。
これはもう明らかに不思議な話だし、考えられる原因の分類みたいなこともしてるからミステリ読みとしてはどうしても解決がほしくなってしまいますがもちろんそんなものはなく。しかし怪異(?)から逃れようと試行錯誤するところなんかはホラーでよく見る展開だし、ちょっとそういうミステリアスな雰囲気があって良かった。心の奥底の罪悪感のお話なのかな?よく分からん。


「雨やどり」
ある種のやけっぱちと成り行きから金をもらって男と寝たことのある女のお話。
人生のある期間だけ、後にも先にもありえないようなことをしていた、というのはリアルに感じましたが、しかしそれにしてもこんな女いるか?とも思ってしまった。
それでも金額の話とかの絶妙なありそうなのかなさそうなのか分からん感じは嫌いじゃないし、著者が自分の金額を聞くところは馬鹿だなぁと思いつつも分かりみがあった。


「野球場」
大学時代に片思いの相手の女の子の部屋を覗いていた男のお話。
おもっくそ犯罪なのはさておき、好きな女の子の部屋を覗けているにも関わらず、覗いてしまったことによって幻滅と罪悪感で普通に接することも出来なくなるというのが悲しく、欲望というものは見えないからこそ見たくなるものであって過剰に見えてしまえば良くても興味を失う、悪ければぶっ壊れてしまうものなのかもしれんと考えさせられます。


「ハンティング・ナイフ」
しばらくの期間滞在したホテルで出会った母親と車椅子の息子という物静かな親子のことを綴るお話。
これは聞いた話というよりも著者自身のホテルでの生活を中心に描きながらそこで少しだけ言葉を交わした車椅子の青年の境遇に思いを馳せるようなお話。
難しいことはわからないけど、効率的かどうか(今風に言えば生産性があるない)で人間が分けられることへの抵抗みたいな意味合いのナイフなのかな?悲しみや苦しみというよりは諦念を感じさせる虚さがあってぞわぞわした。
しかしなんだか後半の3話だけやたらと女性蔑視的な感覚が強い気がして手放しに好きとは言いづらいところがありますね。というかどの話でも絶対に「美人かどうか」判定が入るのに苦笑してしまう。「美人である」という描写だけならいいんだけど、まさに「判定」してる感じにどこから目線やねん、とちょっと思っちゃう(でも俺も男だし気持ちは分かってしまう)のがつらい。