偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

道尾秀介『雷神』感想


埼玉で料理屋を営む幸人のもとにかかってきた脅迫電話。それをきっかけに、15年前の妻の不幸な事故死、そして30年前の故郷の村の祭りの夜の事件が、現在の彼と姉の亜沙実、19歳の一人娘・夕見を故郷の村へと引き戻し......。

道尾秀介の近作といえば『いけない』『きこえる』などの仕掛け本か、『サーモンキャッチャー』『満月の泥枕』のようなコミカルなドタバタミステリーが多くって、正直たまには初期のような作品を読みたい......と思ってしまうのはもう『シャドウ』や『向日葵』で道尾さんを知って度肝を抜かれたファンとしてはしょーがないと思って欲しいところですが、本作は久しぶりにそんな初期っぽさのある(そしてもちろんさらに進化した)力作になっていてめちゃくちゃ嬉しかったです!

まず冒頭からプロローグ的に15年前の主人公の妻の悲しい事故死の光景が描かれるんですが、本編に入ると30年前に主人公の少年時代に故郷の村で凄惨な毒殺事件が起きたことが明かされて、正直妻の件がだいぶ霞んでしまう......。
んですが、なんにしろそんな2つの出来事、そして、30年前の事件の1年前に起きた主人公の母の怪死と、重苦しい事件事故がどんどん出てきてこれちゃんとお話としてまとまるのか?くらいまで思わされますが、そこは道尾秀介、最後の最後まで何度も唸らされることになりました。
帯には「最後の1行まで驚愕のどんでん返し」みたいなことが書いてありますが、どんでんというよりは伏線やミスリードの巧妙さと事件の構図の組み立て方に唸る、という感じ。
中盤まで読んだ段階で「これ、もしかしてこういうことじゃない......?」とオチを見破ったつもりでいたんですが、それもまんまと著者の掌の上で踊らされていただけで、久しぶりにミステリでコロっと騙される楽しさを堪能できました。
あと、もしかして若干ネタバレかもしれんけど、終盤の手紙が写真で入るとこが『いけない』みたいだったりするあたりも今の道尾秀介が、かつての道尾秀介らしさを再現しつつ更新している感じがしてファンとしてはエモい。
なんかもう話の構成が上手すぎて「こんなすごいプロットどうやって作ってんだろう」ばっか考えてしまって物語に集中できないまであるけど、ただのパズルではなく物語も素晴らしい。神ならぬ人間というもののちっぽけさを感じさせる重く哀しいお話でありつつ、運命に翻弄された登場人物たちへの愛着も強烈に感じてしんどいながらも嫌な後味ではないのが素敵。

(しかし、一読者がこんなこと言うのは傲慢すぎるので括弧付けますけど、まだこういうの書く気があるなら仕掛け本ばっかやってないでもうちょいこういうのもお願いしますよ〜という気持ちにもなってしまった。)