偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

道尾秀介『満月の泥枕』感想

道尾秀介の読んでないやつを読んでいきます。


姪の汐子と2人で暮らすダメ人間凸貝二美男は、公園で泥酔して殺人の光景らしきものを目撃する。
曖昧な記憶にもやもやする二美男の元を訪れた少年は、二美男が見たのは伯父が祖父を殺す場面だと語り、二美男に遺体の捜索を頼む。
事態はやがて二美男の住むアパートの面々や少年の家族も巻き込んで大きくなり、三国祭りの日にとある"作戦"が実行されるが......。


こないだ読んだ『サーモン・キャッチャー』に似た雰囲気の、どうしようもない奴らが大騒動に巻き込まれていくお話ですが、本作の方がだいぶ面白かったです。
やはり『サーモン』は他視点の群像劇にすることでドラマがぼやけた印象があり、対して本作は二美男という主人公視点で語られます。彼の抱える過去と、姪っ子の汐子との今の暮らし、そして汐子を失うかもしれない未来......という主軸がしっかりあるので、周りの騒動がどんだけわちゃわちゃと大きくなって揺れ動いても一本筋の通った物語として読み進められました。
この主人公の二美男という男がすげえ魅力的なんですよね。家賃は滞納するわ、酔ってトラブルに巻き込まれるわ、子供相手に平気で嘘をつくわと、どうしようもないダメ人間なんだけど、その分世間擦れした狡さや傲慢さとは無縁のある種ピュアとすら言えるような人で、何かするごとに「おいおいおい」と突っ込みたくなりつつ気が付けば彼を応援しながら読んでいることに思い当たります。
一方、姪っ子の汐子は彼とは逆に賢くしっかりしててどっちが保護者やねんっていう名コンビぶりも最高......でありつつ、2人とも実の親子ではないだけに心の中ではわだかまりのようなものも抱えているという関係性がほんと最高......。
そして、脇を固めるアパートの面々や剣道一家もめっちゃキャラ立ってて良いっすね。本作でいちばんの推しはもちろん汐子ちゃんですが、脇役たちの中では、生真面目で知恵が回るわりにどっかトボけたところもあるタケル君が面白くて好きでした。

お話としては、本当に死体があるのかどうかすら怪しい曖昧模糊とした"事件"をわちゃわちゃと追いかけるうちにどんどん話が大きくなっていくというスピーディーでドタバタした展開が魅力。
著者本人が言うように、中盤とラストにクライマックスがあって、1粒で2度美味しいです。
大きなどんでん返しとかよりは、常に予想のつかない展開が続くのに振り回されるのを楽しむ作品ですね。ちょっとした意外性や伏線拾いを連ねながら、最後はなんだかんだ人情にホロリとさせられるような、道尾作品の優しい部分だけが詰まったような一冊となっています。
ひとつ惜しいというか、あれだったのが、あの最後のあれ、いつものあれですよね......ちょっと何言ってるか分かんないけど、道尾作品を全部読んでたら「またそれかー」となってしまうとこがある、って話です......。
とはいえ、そもそも黒道尾が好きな私ですが、本作は白道尾の中ではかなり好きな方でした〜。