偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

高瀬隼子『め生える』感想

『おいしいご飯が食べられますように』の高瀬隼子による、U-NEXTから出版された中編。

U-NEXTが本を出してるってこと自体最近まで知らなかったんですが、そこから今最も注目してる作家の1人である高瀬さんの作品が出ていたので思わず買ってしまいました。U-NEXTの会員だから配信なら無料で読めるんだけど、わざわざ1000円出して紙で買っちゃう程度には紙の本派なんですよね......。

内容は、突然起こった謎の感染症(?)によって中高生以下の子供を除く全人類がはげてしまった世界を描く群像劇。

もう、この設定の時点でやばい。
感染症をきっかけにして世の中の価値観が刷新されていく様はコロナ禍を思わせつつ、そこに未だに根付く「ハゲはいじってもいい」という価値観への問いかけから始まるルッキズムの問題を絡めることで他のコロナを描いた小説とは一線を画す奇妙な読み心地が味わえました。
人類皆はげるという壮大(?)な設定ながらも描かれるのは小さな個人の小さな嫉妬や優越感などの醜い感情。
こうなる前から薄毛に悩んでいた主人公の真智加は皆がはげたことを密かに喜んでいましたが、やがて自分にだけ髪が生えてきて......という展開によって振り回される真智加の内面が淡々としつつも緊張感を持って描かれていくので最後まで飽きずに読めます。

みんな、自分を傷つけた者とどうやって折り合いをつけているのだろうか。傷はどのように乗り越えるものなのか。許すのも許さないのも、どちらにしても選択するのは自分だということも、しんどい。

本書のメイン主人公の真智加と、サブの主人公の琢磨はどちらも傷を抱えていて、他人から見ればそんなにいつまでも抱えているほどのものかと思ってしまうようなことでも私たちはいつまでも許せずにいてしまう......というのに共感した。一方で、傷付けた側にも事情があったりもすることも描かれているので、そのことへの想像力が許しという解放を得るために必要なのではないかと思った。
私も、中学の時に自分をいじめた上級生はなんか親からまともな教育を受けているとは思えず今思えば彼も可哀想だったのかなという気持ちにもなったりする。まぁ、そいつの肩を持った担任のことだけは今でも新鮮な気持ちで殺したいけど。

しかし、こんな設定でも話のほとんどが親友との関わり方についてというミニマムさはやや物足りなくも感じてしまうかな。もうちょいはげへの差別に関して突っ込んだり、真智加以外のキャラの視点も細かく読みたかった気はしてしまう。他の作品に比べて毒気も少ないし。
あと、そもそもみんながはげるならこんなに深刻な気持ちになったりウィッグ被ったりするかな......という気はしてしまいます。私だったらみんながはげるならもうはげのまま暮らしてドライヤーもいらない散髪もしなくていい寝癖も気にしなくて良いハッピ〜!と思っちゃいそうなので、どこかこの切実さに乗り切れないところはありました。男女で髪への考え方も違うってのもあるだろうけど......。私は隔世遺伝でほぼはげること確定してるし......。

とはいえ、読んでてとても面白かったし、読者にその後を委ねるようなラストシーンも映像として印象的で好きですね。