偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

道尾秀介『きこえる』感想

最後に挿入された写真で真相がわかる『いけない』シリーズでお馴染みの著者による、QRコードを読み取って聞ける音声で真相が分かるミステリ短編集。

「小説×音声」を掲げ、スマホを使って音を聞くことでオチが分かるという前代未聞のギミックをやってのけた遊び心には敬意しかないです。
ただ、それが著者本人がTwitter自画自賛してるほど成功しているかと言えば、正直色々と物足りない部分がありました。

まずこれはまぁしょうがないかもしれないんですけど、QRを読み込んで音声を聞きにいく先がYouTubeなので、「楽天カードマン!」とか「29歳の男性の方脱毛してください(早口)」みたいなのでワンクッション置かれてかなり現実に引き戻されてしまいます。YouTube Premiumに入れってことかよ。

それはまぁ置いといて、「音声」というのが実際にはほぼ会話なのが物足りなかったです。
もちろん会話は会話で各話で色々と趣向を凝らして違った使い方をしてるんですけど、「音声で謎解き」と言われて想像してたのはなんかこう、メロディから犯人が分かったり音の質感から凶器が分かったりとかだったので......。会話だと、文章でも出来るけどそんなに面白くないネタを音声という一捻りを加えることで面白くしてるだけで「音声でしか出来ない!」という感覚は薄かったです。それと文章読んで想像してたキャラの声とのギャップもあるし。その点、4話目だけは音を聴かなきゃ味わえないギミックがあって良かったけど。

あと、最終話に至っては本書のコンセプト的に明らかに禁じ手が使われていてちょっと醒めました。もちろん、最後にあえて禁じ手を使うという遊び心は分からなくもないんですが、そもそも音声による謎解き自体が遊び心なのにそこにさらに遊びを加えるとそれはもうふざけてるようにしか思えず......。

とまぁ色々とケチつけちゃったけど、そんでもめちゃくちゃ面白かったことは事実でして。
『いけない』と同じく各話ともちょっと考えないと意味が分からないけど変に難しくはなくて、軽く謎解きの達成感を味わいながら話の作りの巧さに唸らされますし、シチュエーションも会話の音声の使い方もバリエーション豊かで「今度は何を仕掛けてくるんだろう」というワクワクが常にあり、面白かったんですよ。ただ、趣向に対する期待が高過ぎたってだけで......。
しかし『いけない』もシリーズ化されて2も出てるので、本作もまた2を出してさらに新しいトリックを見せてほしい!......という希望もありつつ、最近こういうのばっかだから普通のミステリ長編とかをそろそろ読みたいのもあり、なんにしろ今後も道尾秀介の活躍から目が離せない!

以下各話ひとこと。


「聞こえる」
歌が入ってるのが面白いんだけど結局歌の内容とかあんま関係ないのが物足りないし、これなら文章だけで全然大丈夫な気がしちゃうな......。


「にんげん玉」
一転して、文章を読みながら音声を聞きながらしないと解けないのが音声ならではで面白かった。


セミ
お得意の少年主人公モノですがやっぱりめちゃくちゃ良い。虐められたりハブられてるわけじゃないけどどこか疎外されている2人の少年のほとんど恋にも近いような濃密な友情の交流がエモくて、音声によるオチはある種しょうもないんだけどそのしょうもなさがまた彼らへの愛おしさとなって心に残る、めちゃくちゃ良い話でした。道尾秀介作詞作曲の演歌が入ってるのが最高なんだけど、ミステリとしては別に音声ならではってことはなかったかな......。


ハリガネムシ
実家暮らしのバイト塾講師が生徒の女子高生に向ける危うい感情の緊張感と、少女の事情が見えてくることで強烈な閉塞感に襲われる、道尾さんの初期のダークなミステリ作品を思わせるストーリーがまず最高。
そして、本書でも「音声じゃなきゃ成立しない」度はダントツで、これはヘッドホンでしっかり体験したい傑作。


「死者の耳」
女性同士の会話から始まり、大画家の息子と彼女らとの人間関係やそれぞれが抱える秘密や鬱屈が絡み合っていく様は、ミステリとしてはちょっとオーソドックスな感はありつつも面白い。
ただ、前述の通り明らかな禁じ手が使われていて、遊び心と捉えるより「ルール守れ!」と思ってしまいました......。