偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

道尾秀介『スタフ』感想



夫と離婚し、1人で移動デリを営む夏都。姉の息子である智弥と2人で暮らしていたが、ある日移動デリのトラックごと拉致されてしまう。
彼女を拉致したのは、アイドルの美少女カグヤとその熱心なファンたちで、それをきっかけに夏都は芸能界のスキャンダルを巡る騒動に巻き込まれていく......。


ライトだけどシリアスさもある、『カラスの親指』とか『サーモンキャッチャー』みたいな路線の長編。

トラックのローンを抱えながら移動デリという不安定な仕事で生計を立てる夏都という女性が主人公。
解説読んで気付いたけど、本作は道尾秀介初の女性主人公の長編らしく、言われてみれば思い出せる限り他にない気がします。
ただ、良くも悪くもそんなに女性視点っぽい感じもなく、まぁいつもの道尾作品だな、という感じでした。

とりあえず、移動デリというものは見たことあるけど都会にしかないからあんまり利用したこともなく、どういう人がどういうふうにやってるのかとかも想像したこともなかったので、お仕事小説として面白く読めました。
そして物語が始まる前から結構ハードな状況にありながらめげない主人公の夏都が魅力的でついつい応援しているといきなり拉致られてびびります。
そして、拉致られてどう逃げるかみたいな話かと思いきやそこは思いの外ゆるい感じで、かと思えば別の危機が......みたいに先を読ませない起伏の激しさがさすがで、犯罪行為に関わるわけではないのにコンゲームみたいな読み心地すらあります。
そして、主要キャラクターがほぼ全員変なやつなんだけど、そんな変なやつらの人となりがじわじわと分かってくるにつれてだんだん彼らのことが好きになってしまいます。敵キャラ的な立ち位置の人物さえ、憎たらしいだけじゃないところもあって、人間というものが色んな面を持った多面体であることを実感させられます。
そして、ラストで浮かび上がる、この物語という多面体の見えていなかった面にはミステリ的にあっと驚かされつつ、人間の弱さと美しさが強烈に印象に残ります。

いつも通りなのでそんなに特筆することもないけど、いつも通りめちゃくちゃ面白い道尾作品でした!