偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

阿津川辰海『黄土館の殺人』感想

『紅蓮館の殺人』『蒼海館の殺人』に続く災害館シリーズ(と呼んでいたけど、館四重奏というらしい)の第3弾。


芸術家一家の主・土塔雷蔵に復讐するため、四囲を崖に囲まれた"荒土館"を訪れた小笠原。しかし、地震による土砂崩れで館への道は閉ざされてしまう。諦めようとした時、土砂の向こうから女の声が聞こえた。「私が、殺して差し上げましょうか」と。
一方、大学生になった名探偵葛城と助手の田所、友人の三谷の3人も荒土館を訪れるが、土砂崩れで離散し、田所、三谷の2人が館側に留まることになるが、やがて荒土館で連続殺人が......。葛城と連絡が取れないまま、田所たちは事件の記録と推理を試みるが......。


いやー、面白かったです。
シリーズファンとしては、もう目次の「第三部 探偵・飛鳥井光流の復活」だけで泣きそうになりましたが、読み始めたらプロローグでつらすぎて泣きそうになった。

本編に入って第一部ではまるまる人を殺そうとする男の視点から、地震のせいでたまたま相部屋になって葛城青年とのまだ殺していない倒叙モノみたいな話が繰り広げられます。
これはまぁ『名探偵葛城輝義の事件簿』みたいな短編集にでも入っていそうな適度に肩の力の抜けた葛城くんの変人っぷりと名探偵っぷりを見せつける序章的なパートなんだけど、犯人視点から読むことで「ああ、あれもこれも全部バレてるんだろうな」と謎の無力感に打ちひしがれながら読めて楽しかった。

しかし、葛城くんがそんな小さな事件を解決している間に繰り広げられている第二部以降の荒土館連続殺人事件が、もちろん本書のメインディッシュ。
ここでは現場に肝心の葛城くんがいないことで、万年助手の田所くんが覚醒......とまでは言わないけど健闘を見せてくれて、さながら御手洗潔シリーズの『龍臥邸事件』における石岡くんの頑張りを彷彿とさせて親心で読んでしまいました。前作の自分の感想を読み返したら「田所がクソ」とか書いてあったんだけど、ごめんなさい。田所くん、今回はよく頑張った......。すげえよ。
そして、なんと言っても元名探偵・飛鳥井光流さんの復活譚になっているのが良かった......。
1作目で葛城&田所コンビがモブに見えるくらいの強烈な魅力を放ち、私をして「続編なんかいらないから飛鳥井光流と甘崎美登里の事件簿を読ませてくれ!」と言わしめたあの飛鳥井さん。しかし今回の彼女はあの強烈な魅力を失ったただの感じ悪い人として登場するのに胸が痛みます。もう探偵なんかしないで慎ましく生きることを決めた彼女を、今回さらなる絶望が襲うのには、彼女の過去を知っているだけに読んでいて苦しくなりましたが、それだけに第三部での復活劇は胸熱。飛鳥井さんの人間としての顔が見られて、より深く探偵・飛鳥井光流を好きになったし、やはり「飛鳥井光流と甘崎美登里の事件簿」を出してほしい。頼んますよ阿津川センセイ......。
1作目を読んだ時に続編なんかいらないと思ったけど、これが読めたんだからまぁ、シリーズになって良かったのかな、とさえ思わされた。しかし、この後で完結編となる次作はどうなっちゃうんだろう......と、楽しみでもあり不安でもある。もうこれで大団円でいいじゃん......くらいの気持ちっすね。

シリーズとしての感想がやたらと長くなりましたが、ミステリとしては面白かったけどこれまでの2作に比べると一段落ちる気はしてしまいます。
というのも、本作、あまりにも犯人が分かりやすい......。詳しくはネタバレで書くけど、「え?もう分かっちゃったかも......」と驚くくらい早い段階で犯人が読めてしまい(論理じゃなくて勘、ですけど)、物理トリックとか細かいネタはあれどメインは犯人の正体なので、明かされても「あ、やっぱし......」と思っちゃってあんまり盛り上がらないまま読み終えてしまった印象。トリックも、大まかには「これは、あれだな!」と見当が付いてしまうし、田所くんの推理で大枠は分かってしまうので、その後の本解決でも大きな驚きはなく......。
これまでのシリーズの火災や水害という目に見える脅威ではなく、地震という偶発的な災害を扱った作品だけに事件にも地震という偶然が織り込まれているのは面白かったですが、それだけにホニャホニャ......と、これもまぁネタバレで書きますね。

まぁそんな感じで、600ページの大作のわりにミステリとしてのインパクトは弱かった気がしちゃいますが、シリーズ3作目としては素晴らしい傑作で、次作が待ち遠しくなってしまいました。安直だけど色と災害で『緑風館』みたいな感じっすかね?

以下ネタバレ感想です。









































































































早い段階で「こいつ怪しいな」ってんで勘で犯人が分かってしまうことは稀にありますが、それにしても600ページある長編を50ページしか読んでなくてまだなんも話が始まっていない段階で犯人が分かってしまったのはちょっと早すぎた......。
そう、ちょうど50ページ目の小笠原さんが双子だという情報だけで、じゃあきっと双子の片割れはこの満島蛍さんで、双子なら満島蛍さんも土塔家に恨みがあるから犯人かもな、現場にいなければ意外な犯人にもなるし!と思ったのがそのまま当たってしまって、「えーやっぱりかーい!」ってなっちゃった。しかもその後ご丁寧にドローン使えたりとかの「犯人として暗躍する気満々だな!」みたいな伏線もあるし......。
塔が◎るやつもまぁ、見取り図の窓の位置と事件の内容からピンと来てしまうし、大きなこの2点がピンと来ちゃうとあとは細かい部分だけじゃん......という感じがしてしまいました。
まぁその細かい部分に関しては、閃光弾の意味だったり、吊り天井リターンズだったり、ロープウェイだったりとアイデア満載で楽しかったんですけどね!
あと葛城くんも言ってるけど、犯人が偶然に振り回されているのが前作の超人的天才犯人を知っているからどうしても物足りなく感じてしまいます。偶然が多いのはこれまでの作品もそうでしたが、今回は犯人にカリスマ性がないのでその偶然がとっ散らかっているように感じられてしまいました。
まぁでも、前の2作は犯人が下劣なクソヤローだったのに対して今作では悍ましさよりも憐れさを感じさせる犯人像で、そんな彼女と復活した飛鳥井さんとのやり取りなど、運命の悲しさを描くドラマとしての読み応えは出ていてそれは良かった。

そして、前作で前前作でのアイデンティティクライシスから立ち直った葛城くんが今度は飛鳥井さんを救う......というシリーズとしての構成も美しく、これでまぁ飛鳥井さんも満身創痍ながら救われて、葛城くんも名探偵としての「解決」をしっかりやってのけて、これでもう大団円でええやん、もうこれ以上の悲劇はいらないよ......でも飛鳥井さんにはまた会いたいからやはり「飛鳥井光流と甘崎美登里の事件簿」を(以下略)