偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

乾ルカ『夏光』感想

大須に新しくできた読書喫茶酒場の「本棚探偵」さんでお借りしました。ありがとうございます。

名前は聞いたことあるけど読んだことなかった乾ルカさんのデビュー作で、目や口など顔のパーツにまつわる6編が収録された短編集です。

無理にジャンル分けするならホラーに当たると思いますが、怖がらせようという感じはなく、ホラー的なシチュエーションを使って弱き者たちの哀しみを描いている感じです。
文章は読みやすくも薫り豊かで、デビュー作とは思えぬクオリティの作品集でした。





「夏光」

戦時中のとある田舎の村で、疎開者として爪弾きにされる主人公と、"スナメリの呪い"を受けたとされて差別を受ける少年・喬史の友情を描くお話。

戦争中の食糧難でしかも虐められているという苦しすぎる状況下で虐げられた2人が育む友情が哀しくも美しい。
一方でスナメリ(今はなんとなく可愛いイメージだけどあんなもんの死体が打ち上げられてたら相当怖いだろ......)に関する描写とかは畏れに近い悍ましさを感じさせ、現実的な辛さとは別に海辺の田舎ホラーとしての匂いも濃厚に漂ってきてくらくらしてしまいます。
「目」に関する秘密自体はまぁそういうことだろうとは思ってましたが、それを絡めた結末があまりにも鮮烈であまりにも悲しい。しかし、この悲しい結末すら、虐げられた彼らの苦しい状況からすると救いのようにすら感じさせてくるのが凄いです......。表題作にして本作でも頭ひとつ飛び抜けて好きな、強烈なインパクトのある作品でした。



「夜鷹の朝」

療養のために知人の紹介を頼って田舎の邸宅に世話になることとなった学生の主人公。到着した時に窓から見えたこの家の娘らしき少女を、しかし家人の誰もが存在しないと言い......。

これも病弱な青年と存在しない少女という弱き者同士の秘密の関係を描いた作品。
お屋敷幽霊モノに口裂け女と動物ホラーをMIXしたような話で、要素要素には既視感がありつつ全体では絶妙に奇妙な話になってて面白いです。
いるのか、いないのか?マスクの下は?みたいなミステリアスなところと、終盤の強烈な切なさとが合わさった濃厚な雰囲気も魅力です。



「百焔」

美しい妹といつも比べられ軽んじられてきたキミは、妹を呪うため、憧れのモガのお姉さんに教わった百夜参りをすることにして......。

これは本書の中では1番印象に残らなかったかな......。
妹への嫉妬を熟成させていく様子とかはさすがに面白いんですが、全体にかなりベタで、ほとんど思った通りの展開で終わっちゃう感じ。お姉さんが何だったのかよう分からんのも消化不良。



「は」

殺しても死なないような頑丈な親友が腕を失う大怪我をした。退院した彼に食事に招かれた主人公だったが、親友は食べながら腕を失うに至った経緯を語り出し......。

ここからの第2部は現代が舞台の話。
本書全体を哀しみが覆う中で、これだけ奇妙な味の異色作。
なんか分からんけど美味そうな食い物の描写と、かなりエグい「は」にまつわる語りとが並行する悪趣味なユーモアが最高で、結末は予想通りではあるもののギャグっぽい光景がじわる。他の作品たちに統一感があるだけに、「こういうのも書けるんだ」という気持ちにもさせられる変な話でした。


「Out of This World」

宇宙飛行士を夢見る小学生の主人公と、農家の息子の友人、そして、かつて奇術師だったがある失敗からやさぐれた父親に虐待される親友の3人が過ごした夏休みの物語......。

これが1番好きです。
男子小学生3人の夏休みのStand by meみたいな感じのノスタルジーが強烈で、友達ん家の農作業手伝ってもらうコーラとかラジオ体操とかプールとか、実際に体験してないけど何故か強烈に懐かしいっていう......。
そして、浮かべるようになってしまった少年という哀しい幻想風景が行き着いた果てのラストシーンは泣くしかねえ......。つらすぎるけど少年の色々考えた上での純粋さが強く印象に残る傑作です。



「風、檸檬、冬の終わり」

人の心の"匂い"が分かる主人公。恩人の死に際に香った風、檸檬、そして冬の終わりの匂いから、かつて父親の人身売買を手伝わされていた頃に臓器を売るために監禁していた少女のことを思い出し......。

ラストは人身売買にまつわる本書でもかなり重ための一編。
あまりに苦しい監禁の描写に嫌な気持ちになりつつ、それでも希望を失わない少女の強さに強く惹かれます。
本編に当たる回想のパートと現在のあまりの落差と、それを繋ぐラスト1行が悲しくもタイトルにある3つの言葉のような爽やかな余韻をくれて素敵でした。