偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

スピッツ『ひみつスタジオ』の感想だよ!


2022年、秋。
前作『見っけ』は2019年10月9日リリースだったから、3年周期に則ってもうすぐスピッツのアルバムが出るぞ!!!と捕らぬスピッツ皮算用をしていたのは私だけじゃないと思いますが、結果2022年内には音沙汰がなく、「あーあ、じゃあもう来年の夏とかか?」と思ってたら夏よりは早く出てくれたのでやったぜ。

さて、そんな本作、いつもより半年長く待たされただけあってめちゃくちゃよかったです......!(いや、1年だろうが5年だろうがそう言うに決まってんだけど。)

本作は2020年代で初めてのスピッツのアルバムであり、もちろんコロナ禍という大きな出来事の後でも初のアルバムです。

2010年代のスピッツといえば、全曲シングル級の『とげまる』でJ POPを極め、震災後のショックを受けて被災地へのシンパシーや当時の政権への直接的な批判を歌詞に込めたりもしてスピッツにしては強く社会性を帯びた『小さな生き物』、その後ロックバンド・スピッツであることの喜びを鳴らしたファンにとっては祝祭のような『醒めない』『見っけ』という言わばメタ・スピッツというかシン・スピッツ的な流れを辿ってきました。

そこからの本作はというと、3曲の話題の映画主題歌を含む『とげまる』的ポップさ、コロナ禍でより顕になった社会の分断へ言及する『小さな生き物』にも見られた社会性、スピッツスピッツであることの喜びを無邪気に叫ぶ『醒めない』『見っけ』の祝祭感を全て包括した近年のスピッツの総括のような内容。
そしてその上で、コロナや戦争など暗いニュースしかない中で少しずつ下を向いてしまった我々の心の傷に寄り添って少し楽にしてくれる圧倒的な優しさと、これまでも小さなものの側に立ってきたからこその暖かい可愛さがいつにも増して強く込められた、より外向きの作品となっています。
『とげまる』『小さな生き物』は「スピッツ」の言い換えのようであり、『醒めない』『見っけ』はスピッツの状態を表していました。
それに対し、今作の『ひみつスタジオ』というタイトルからは、そうした自己言及から一歩進んでひみつのスタジオで作った曲たちを世の中へ解き放っていくような親密な開放感があるように思います。漢字で「秘密スタジオ」だとなんかエロい紳士が通う店みたいでいやらしい感じだけど、平仮名の「ひみつ」になってることで、子供が作る秘密基地のような、「秘密って言いつつバレバレ」みたいな可愛げがあって秘密なのに開放されて感じるんですよね。

そんな本作の内容ですが、前の2枚はわりとコンセプチュアルなアルバムだったのに対し、今回はとにかく今歌いたいことを1曲1曲作って、それをまとめたような雰囲気があります。
とはいえ、穏やかな1曲目からの激しい2曲目のギャップ、3、4曲目で強いシングルを繋げた後でほっとする5曲目を挟んでエモ泣き確定の前半クライマックスの6曲目、そこから7、8でちょっとオシャレな夕方〜夜の雰囲気を出し、9曲目で夜を越えておいて10、11は穏やかな朝昼を思わせる可愛い曲、そしてスピッツ史上でも屈指の切実なアンセムである12曲目を経て、再びバンドの楽しさを鳴らして安心させてくれる13曲目へと、曲のバリエーションの豊かさと、それらが良い流れで繋がる曲順の妙はやっぱり「アルバム」への拘りがあるバンドの作品であります。
「今時の若い人は」なんて前置きを使うまでもなく私自身もサブスク始めてからだんだんアルバム単位で音楽を聴かないことも増えてきたので、改めてアルバムっつーもんの楽しさを教えてくれるスピッツは最高だなと思います。

まぁでも、これが私が高校生の時に出てたら「けっ、スピッツもポップオヤジになりやがって!」と思っただろうから、こっちも丸くなったってことかしらね。

じゃああとは1曲ずつの感想を長々と書いていきま〜す。




1.i-O(修理のうた)

『醒めない』『見っけ』から新しいモードに入ってるのが、この1曲目から既に感じ取れます。
前の2作はアップテンポな表題曲が「前書き」のように1曲目になってたのに対し、今回珍しくゆったりしっとりした1曲目。
とはいえ、「前書き」っぽさは共通してて、アルバム全体に通底する「今の時代への歌」「優しさと可愛さ」というテーマを「修理」というワードに象徴させています。また、「黄色い光」という歌詞も出てきてジャケ写を彷彿とさせるので表題曲ではないけど、それに近いところがあると思います。
ハモンドオルガンによる穏やかで優しいイントロからの、

何度故障しても直せるからと 微笑みわけてくれた

という歌詞の頼もしさにもう癒されるし、

マニュアル通りにこなしてきたのに 動けなくなった心
簡単な工具でゆがみを正して 少しまだ完璧じゃないけれど
可愛くありたいハレの日

というところは、私も実際にコロナ期間の初め頃に(コロナとは関係ないけど)一回故障しちゃって直してもらったので泣きました。マサムネはちゃんと見ててくれたんだ......みたいな。キモいファンだ......。

愛をくれた君と 同じ荒野を歩いていくよ
ロンリーが終わる時 黄色い光に包まれながら
偽りの向こうまで

「愛を」→「i-O」という駄洒落のタイトルがミスチルみたいで新鮮(サブタイがあるのもミスチル)。「YM71D」とかも音ハメなタイトルでしたけど最近のスピッツはそういうことしても許せちゃう。
「偽りの向こうまで」というのも、偽りもあった上でその向こうまでってのがエモい。

ちょっと得意げに鼻歌うたってる 頼もしい君に会えてよかった

その通りです。結婚してよかった。
「ちょっと得意げに鼻歌うた」うのが昔っからのスピッツの曲における「君」と解釈一致して良い。




2.跳べ

そして穏やかな1曲目から打って変わってシンバルのカウントから勢いよく飛び出してくるパンクな2曲目。こういう2曲目も珍しいですよね。
とにかくバンドの音が楽しくて、スピッツ好きで良かった、、、アルバム3年で出なかったけど待ってた甲斐があった、、、と思わせてくれる曲です。
サビの「こ、こ、は、じ、ご、く、で、は」という言葉と同じリズムの演奏とかも最高に楽しい。
各パートかっけえんだけど、特にベースがかなり激しく動き回ってて楽しくなっちゃいます。

闇に目が慣れていろいろと 姿形があらわになり
不気味が徐々に可愛さへと
化け猫でもいいよ 君ならば

猫ちぐら」がクビになってアルバムに入らないと思ったらやっぱり猫の曲が入って来るのがスピッツクオリティ。
不気味が徐々に可愛さへとという「キモカワ」的な感性もスピッツでしかなくて、ああスピッツが帰ってきたぞ......という気持ち。

ここは地獄ではないんだよ
優しい人になりたいよね

というこのフレーズ自体がもうめちゃくちゃ優しくて、お前は既に優しい人やで......とマサムネに言いたくなってしまいますが、「よね」っていういつになく親しげで等身大の実感のこもった語尾にやられました。分かるよ、優しい人になりたいよね。

泣きながら捨てた宝物
また手に入れる方法が七通りも

「猫に九生」とは聞きますが七通りという数字はどっから出てきたんかよう分からんくて、そういうふわっとしてて根拠はないけど励ましてくれてる感じが優しくて好きです。

己の物語をこれから始めよう
暗示で刷り込まれてた 谷の向こう側へ
跳べ 跳べ 跳べ 跳べ

暗示で刷り込まれてたとかはスピッツらしいけど、このサビの最後のフレーズってなんかちょっとミスチルっぽさも感じて、スピッツミスチルみたいな強いことを言うようになったのかぁと感慨深いものがあります。
ちなみに、偶然だと思うけど歌詞カードを見るとタイトルを含めて「跳べ」って7回書いてあるのが「七通り」とリンクしてて良いです。




3.大好物

2021年11月に配信シングルとしてリリースされた曲。

エレピの音から始まるめちゃくちゃポップでキャッチーな曲で、最初に聴いた時はポップすぎてそんなにハマらなそう......と思ったけど気付いたらめちゃくちゃ好きになってました。
エレピの音にメンバーのサウンドが一つずつ加わっていくワクワク感。底抜けに明るく優しい雰囲気が、シングルとして出た時点でこの『ひみつスタジオ』というアルバムの開けた方向性を予感させてくれていました。
1サビの「色を変え〜」のあたりのベースのグリッサンドがめちゃくちゃ好きだし、2番ではここがピアノになるのも可愛くて好き。

つまようじでつつくだけで 壊れちゃいそうな部屋から
連れ出してくれたのは 冬の終わり

初期は引きこもりでお馴染みだったスピッツが、またコロナ禍の中で、外に連れ出してくれる歌い出しだけでもうじーんときますよね。
コロナといえば、

取り戻したリズムで 新しいキャラたちと踊ろう
続いてく 色を変えながら

という、曲の最後のフレーズも、新しい生活様式に適応してその中で楽しみを見つけようとする気持ちのようにも聞こえて良いですよね。

君の大好きな物なら 僕も多分明日には好き

やっぱこのサビのフレーズが強い。
「多分」「明日には」という言い草がスピッツらしいですけど、明日まで時間をとって好きになろうとする感じが可愛らしく愛おしい。
ちなみに私は好きな人の好きなものの影響を受けない頑固すぎタイプなので、こういう在り方が出来る人は羨ましいです......。
「そんなこと言う自分に笑えてくる」というところも、天邪鬼だったのが君に出会ってだんだん素直になっていってる感じがしてすげえ良い......。




4.美しい鰭

ま・さ・か・スピッツが劇場版コナン主題歌だってぇ!??......という衝撃から、映画のトレーラーを見て「マサムネどっから声出しとんねん!??」という衝撃、そしてタイトルの難読さと、リリース前から話題に事欠かない曲でしたが、実際にフルで聴いてみたらもうめちゃくちゃ良くてさらに衝撃だった先行シングル曲です。
というか、あえて難しい漢字を使って「何て読むの?」という話題性を出すような戦略を使うようになったんだなマサムネ......。

いきなりめちゃ激しいドラムのフィルインで普通にびっくりしたし、そこからゆったり水に浮くようなサウンドになっていくのにまたびっくり。
水中のようなエフェクトのかかったギターの音色が1発で世界観を構築してて引き込まれます。
全体の印象としては「癒し」を強く感じさせる、「シロクマ」とかに近い聴き心地の曲。ですが、
Aメロが変拍子になってて、「れちゃった」「せろって」などの言葉のリズムに合わせたドラムのリズムだったりの遊び心もあって楽しかったりもします。主張しすぎないようにさらっと管楽器が入ってるのもオシャレ。
そして、サビのどっから声出してんのか分からねえハイトーンボイスのメロディには強烈な切なさがあり、癒しも可愛さも楽しさも切なさも心強さもみんな詰まった新たな代表曲と呼ぶに相応しい名曲でやんす。

......しかし、クソみたいなファンの余談ですが、スピッツがこうして国民的人気作の主題歌になって「みんなに見つかってしまう」ことに寂しさを覚えるし、みんなどうせ映画の曲は聴くけどこのアルバムは聴かねえんだろ!という謎の憤りも感じてしまうのでファンってめんどくさい!!好きなバンドが売れちゃうのって複雑よねホント。

歌詞に関しては、「鰭」というのが人とは違った部分を表しているように思います。
それがコンプレックスでもあったけど、

100回以上の失敗は ダーウィンさんも感涙の
ユニークな進化の礎

と、「異常」ではなく「進化」として捉えて、

流れるまんま 流されたら
抗おうか 美しい鰭で

と、その鰭で抗おうとするところまで描いたスピッツにしてはかなり力強い歌詞。
コナン観てないから分からんけど、この辺はやっぱタイアップの影響もあっていつもよりちょっと強いのかな、と。

秘密守ってくれてありがとうね
もう遠慮せんで放っても大丈夫

というところで見える決意とかもスピッツだけの曲だったらあんまり出てこなさそうでエモいっすね。

壊れる夜もあったけれど 自分でいられるように

それな。




5.さびしくなかった

強めのシングル曲が2曲続いた後で、箸休め的なちょいゆったりめのあっさりした曲。
これといってそんなに特徴もない曲ですが嫌いじゃない......というか、やっぱこの曲順で来ると沁みる良い曲だと思います。
あ、鉄筋の音が仄かに入ってるのは可愛らしくて好きです。

そんで、歌詞がめちゃくちゃ良いんだよね。

さびしくなかった 君に会うまでは
生まれ変わる これほどまで容易く

「愛してる」と言うよりもさらに直球ストレートで愛が伝わるシンプルにして強いフレーズ。
なんつーか、「君のベロの上に寝そべって世界で最後のテレビを見てた」も書けてこれも書けるのが凄えというか。ヘンテコな歌詞が持ち味の草野マサムネが書くからこそ、よりこのストレートさに感動してしまいます。

さびしくなかった 君に会うまでは
ひとりで食事する時も ひとりで灯り消す時も
いつか失う日が 来るのだとしても
優しくなる きらめいて見苦しく

このシーンの切り取り方とか、「きらめいて見苦しく」という表現とかも全部その通りすぎて凄い。
あと、

眼差しに溶かされたのは 不覚でした

の丁寧語使いもとても良い。「不覚でした」の一言だけ丁寧語なんですよ。良いでしょ......。




6.オバケのロックバンド

雑誌のインタビューで読んでたのでそういう曲が入ってることは知ってましたが、それでも、メンバー全員ボーカル曲ってなんやねん!!!!!!!!!!!と。
なんつーか、これを以前のスピッツがやってたら、「スピッツってそういうバンドじゃないでしょ......」ってなってたかもしれない(それでも好きになるんだろうけど)けど、醒めない見っけを経て本当に最高で最強のバンドになっちまったスピッツがこれやるのはもう最高でしかない。ずるい。
ハモりのコーラスとかはよくあるけど、全員でユニゾンで合唱するなんていう中良さそうな姿を見せつけられたらもう泣くしかないし、この曲だけメンバー内コンペがなくて草野がやりたいってゴリ押ししたというエピソードを聞くと草野のメンバーへの愛にまた泣けるし、MVもおじさんたちがマジで可愛くて泣けてきちゃうし、しかもインディーズ時代の「子供オバケ」という曲を「修理」してるってのも泣けるしで、なんかもう多幸感が行きすぎて楽しいのにめちゃくちゃ泣けてきちゃう曲なんですよ。なんつーか、エモすぎてもうスピッツ最終回なんじゃないかってくらいの気持ちになってしまうけど大丈夫だよね......?終わらないよね......?

ちなみに妻に聴かせたら「スピッツファンばっかりずるい。うちの推しのバンドもこういう曲やってほしい」と言われて選民意識に浸りました。

歌詞はふわっとした表現でそれぞれのメンバーを紹介していくもの。
崎ちゃんは「ゴミ箱を叩くビート」、テツヤは「ギターを拾い」なのにリーダーだけ「踊ってたら」でベーシストじゃなくてダンサー扱いなのにめちゃくちゃ笑った。マサムネのこういう可愛いユーモアが好き。

子供のリアリティ 大人のファンタジー
オバケのままで奏で続ける

マサムネがインタビューで「バンドマンは社会の中でオバケのようなもの」みたいなことを言ってましたが、スピッツは特に存在自体が奇跡のよう(なんて陳腐な言い草だけど、ファンの実感は確かにそう)で、この退屈な世界の重力から逃れてふわふわ浮いてる感じはまさにオバケ!
子供のリアリティ、大人のファンタジーというフレーズもスピッツの歌詞の抽象的なファンタジーの中にドキッとする生々しいリアリティがある感じを一言で言い表していて自分を客観的に見過ぎぃ!と思いました。

毒も癒しも 真心込めて
君に聴かせるためだけに

俺のためだけに奏でてるんだってよ!
ほんと、スピッツのファンでいてよかった😭😭😭




7.手鞠

オバケのロックバンドというアルバムの一つのクライマックスを終えて、後半戦のスタートは穏やかながら踊れるリズムの心地良いこの曲。
意識をすり抜けるように、する〜っと始まる短いイントロからすっと歌に入るのがなんかとにかく心地いいんですよね。
ゆったりしてちょっと地味な感じなんだけど、サビに入るとまさに手鞠が跳ねるようなドラムのリズムでたったかたったかと踊らされてしまいます。

しかし踊れる曲でもあり、可愛くて温かい雰囲気もあるのに、それ以上に強烈な切なさ......諦念のようなものをも感じさせる音やメロディが素晴らしい。

歌詞もその雰囲気の通りで、強がりながら狭い視野で何かこう意味や価値を追い求めていた主人公が「君」に出会って(ある種の諦めを含めて)変わっていく様を描いています。。
「こうしなきゃいけない」という思い込みの理想で自分を苦しめていたのを迷いながら捨て去ったような。

可笑しいね手鞠 変わりそうな願い
自由気ままに舞う 君を見てる
可愛いね手鞠 新しい世界
弾むように踊る 君を見てる

「変わりそうな願い」というのが、そうやって生き方を変えられる様を表していると思います。

自分を探す旅の帰りに 独りが苦手と気づいて

感動の空気から逃れた日 群れに馴染めないと悟った

独りが苦手だけど群れにも馴染めないというのが分かりみ強すぎる。

定められたストーリーにも 外側があるのかも
悪い夢溶かすよ

私も2年前くらいに色々あって苦しんでいた頃はまさに悪い夢みたいな感じだったので、溶かしてもらえてよかったと思います......。

かなり思ってたんと違うけど
面白き今にありついた

わかる。

ちなみに「踊る君を見てる」という歌詞からどうしてもイージードゥダンスしちゃいます......世代......。




8.未来未来

カッティングギターとワウワウしたベースがかっこいいイントロから始まるダークでシリアスなトーンのダンスチューン。
民謡アーティストの朝倉さやさんによる、ツェッペリンの「イミグラント・ソング」かナンバーガールの「ナム・ヘヴィーメタリック」みたいなコーラスが激烈なインパクトを放って時代も国籍も猥雑な雰囲気になってる超異色曲。
民謡アーティスト、なんだけど、この曲は民謡を取り入れたなんてもんじゃない異形っぷりで、朝倉さんの声も民謡というよりは怪鳥の叫び声とか邪教の儀式のように聴こえます。
しかもマサムネのボーカルもヴァースの部分はちょっとラップ調だし、変なの。
スピッツってどのアルバムにもちょっと変わった曲がいくつか入ってたりしますが、今回のアルバムではこの曲が数曲分のヘンテコを一手に担わされた結果こうなっちゃった感じがします。
ちなみにマサムネインタビューによると『ブレードランナー』の街のイメージだそうで、納得。

歌詞も「文明は続いてるの?」だったり銀河とか禁断の実とか1000年以上前とかかなり壮大なSFとかダークファンタジー的な世界観を醸し出しています。
しかしそんな空気感を持って描かれるのは現代のSNS社会で、やっぱ今ってディストピアっぽいよな、と思ってしまいます。

安全に気配って 慎重にふるまって
矛盾を指摘され 憂鬱の殻に入れば

スピッツには珍しい味気ない2文字の熟語を多用して冒頭から一種異様な雰囲気を出しつつ「炎上」を思わせる状況が描き出されます。

外は明るいの?文明は続いてるの?
竹の孫の手で 届け銀河の果て

虐げられたって 思い込んでたって
虐げていたのは こっちの方だなんてさ

この辺めちゃくちゃTwitterっぽい......というか、こんだけTwitterっぽさを知ってるってことは草野マサムネ実はめちゃくちゃTwitter見てるんじゃない?こわ......。

こじ開けて 未来未来
今だけで余裕などない 嫌い嫌い
お願いだからそばにいて 未来未来
誰も想像できない 君以外

未来は泣いてんのか 未来は笑ってんのか
影響与えようよ 殻の外で

タイトルの「未来未来」というフレーズは、未来と2回唱えて祈っているようにも聞こえるし、泣いてる未来と笑ってる未来が二重映しになっているようにも思えます。
なんつーか最近子供みたいな大人が多いというか、Twitter見てると幼稚な部分が目立ってしまうから余計そう思うのかもしれんけど、「今だけで余裕などない 嫌い嫌い」というところなんかはそういう自分さえ良ければ良いようなわがままな大人たちの姿を思わせます(もちろん私がそうじゃないとは言えないから、こじ開けて自戒自戒)。
そして最後の「影響与えようよ」は、まぁたとえば「選挙行こうぜ」とか「人に優しくしようぜ」みたいな、なんつーか大人として最低限世の中に関心を持って出来れば良い影響を与えたいよねっていう感じに受け取りました。
まぁそうやって説明しちゃうと説教くさくはあるからこそこういうヘンテコな歌詞にしてる辺りの捻くれ方がマサムネらしくもあり安心。




9.紫の夜を越えて

2021年3月にシングルリリースされた曲。

前の曲の混沌を切り裂くような美しく澄んだアルペジオのイントロがもう最高。シングルで聴いてた時からもちろん好きでしたが、曲順でまた魅力が増してます。
このアルペジオのメロディが、ロビンソンのような儚さでも桃のような切なさでもなく、何かを引き受けるような頼もしさを感じます。これが50代でこその美しさ。

1番のAメロはとにかく澄み切ったサウンド、そこからサビでは焦燥感を含んだようになって2番からはバンド感を強めて激しくなっていく構成自体に不安な状況から少しずつ勇気づけられるような頼もしさがあります。

歌詞はコロナ禍の話でありつつ、外に出れない分余計にネットであーだこーだと言ってしまうことへの警鐘のようでもあり、もちろんそんな社会的なメッセージを込めつつスピッツらしい詩情もあってめちゃくちゃ良いです!

君が話してた美しい惑星は
この頃僕もイメージできるのさ本当にあるのかも

歌い出しのフレーズですが、ここのところなんでもスマホで調べられちゃうし見たいものしか見なくていいので想像力がどんどん貧しくなってる感じがして、だから余計この歌詞が眩しく聴こえてしまいます。

いつも寂しがり時に消えたがり
画面の向こうの快楽匂いのない正義その先に
紫の夜を越えていこういくつもの光の粒
僕らも小さなひとつずつ

「遠吠えシャッフル」でも「正義は信じないよずっと」と言ってましたが、基本的に「正義」への懐疑があるんですよね。
正義、うーん、なんでしょうね、自分が正しいと思うことをしたいと思うけど、それが凝り固まると暴力的にもなってしまうので気をつけたいところ。
そして、「画面の向こうの快楽」と皮肉っぽく言いつつ、「いくつもの光の粒」の光というのもスマホ画面を思わせる対比が良い。

溶けた望みとか敗けの記憶とか
傷は消せないが続いていくなら起き上がり

この、あくまで傷は消せないというシビアさがあった上での優しさが沁みるんすよね......。

少し動くのも恐れてた日々突き破り

リリースのタイミングからもコロナに関する曲というイメージが先行していましたが、実際に具体的にそれらしい描写は実はこれくらいな気がします。
しかしこのフレーズがラスサビ前にあることで、2021年初頭の当時は今以上にグッときたんですよね。

他にも、「ありがちで特別な夜」「捨てた方がいいと言われたメモリーズ強く抱きしめて」「なぐさめで崩れるほどのギリギリをくぐりぬけて」などなど、一つ一つのフレーズがみんなキラーフレーズな強い歌詞になってます。




10.Sandie

そして、紫の夜を越えた先にあるのは陽だまりのように明るく暖かいこの曲。
アコピやトランペットの音も取り入れてて賑やかで、バンドの音も含めて全ての音が楽しげ。初夏の日に近所をちょっとお散歩するような気楽なウキウキ感に溢れた曲です。
でも多幸感がありつつ間奏の「うーうーうー」のとことかにちょっぴりだけ切なさが香るのが良い。
あと口ずさめるようなスピッツらしいギターソロも良い。

歌詞は生真面目に生きてきた主人公が「君」(=Sandie?)に出会って自由を知るみたいな、このアルバムの中でも特にストーリー性が高いもの。
君に出会って変わるという方向性は「手鞠」に近いけどもうちょいカラッとポジティブな印象です。

抜け道はすぐそばにあるって教えてくれたっけ

違う世界があったから救われた
欲望とか悔しささえ 手に入れたし

歌詞の物語とはちょっと外れますが、自分に引き寄せてみると、男だし仕事できなきゃいけないし稼がなきゃいけないみたいな気持ちがそれなりに強かった2021年から、今では自分の能力にある種諦めを持って気楽にやれてるのでそういうこととかも「抜け道」という言葉にちょっと重ねてしまいます。
しかし救われて手に入れるのが希望とか嬉しさではなく「欲望とか悔しさ」なのが凄い。

そしてスピッツに寄せて考えると、デビュー当時ロックとは強くて大きいものだった中で弱くて小さいものを歌っていたスピッツのこともちょっと思わせる歌詞でもあり、実際どっちも解釈としてはちょっとズレてはいる気がしますけどなんかそういうことを思ってしみじみしてしまう曲です。
「虎の威を借るトイソルジャー」という可愛くも強烈な毒のあるワードだったり、「新宿によく似てる魔境」という「それは新宿やん」ってフレーズだったりのゆるい面白みも好き。新宿ってなんとなく椎名林檎とかのイメージなのでスピッツに出てくるのが意外です(東京2回しか行ったことないから雑イメージですが)。




11.ときめきpart1

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アルバムリリース直前にラジオで解禁されて聴いた時にはなんか地味で普通なスピッツのパブリックイメージの平均値みたいな曲だなと若干ディスり気味の感想を抱いたものですが、聴いてるうちにじわじわとハートを掴まれて今ではふとした拍子に一番口ずさんでしまう曲になってます。
サビに入るとこの「とーきーめ」あたりのメロディと演奏が超良い。
2番からリズムがじわじわと高揚感を含んでくるのも良い。
この曲は映画『水は海に向かって流れる』の主題歌になっていて、原作の田島列島さんのファンで、スピッツ的な感性を感じていたので本当にスピッツと関わることになってどっちのファンとしても嬉しい!
そして青春映画の主題歌だけあって、50すぎたおじさんとは思えない爽やかでちょっと切なくて青い曲になってて、歳をとってますます曲が若返って行くってどういうことやねんベンジャミン・バトンかよと思ってしまいます。
ストリングスではなく単体でバイオリンが入ってて、主張しすぎないけどさらっと映画主題歌らしいエモーションを加えていて良いアレンジだと思います。

ときめいてる 初めて? 怖いくらい
幸せはいつだって 届かないものだと

初恋の煌めきというのが「怖いくらい」「届かない」といったネガティヴワードによってより際立つシンプルにして印象的なサビのフレーズ。
「初めて?」という戸惑いも良いし、初めてのときめき=ときめきpart1という遊び心あるタイトルもお茶目で素敵。
まぁ大人になればだんだんときめきpart2、part3ってなって、でも映画と同じでpart1が1番面白えんだよ、なんて思ってしまうのは僕が擦れたからか?

嫌われるのはヤだな いつしか無口になって
誰も気に留めないような 隙間にじっと隠れてた
だけど恋して 後悔は少しもない 光を感じた

これまでスピッツの初恋ソングといえば「恋のはじまり」派だったんですが、それを揺るがされるくらい良い。
「恋のはじまり」でも「ぼやけた優しい光」とか言ってるし、やっぱ恋は光なんだ。私ももうおっさんなので不足してるときめき補給出来てありがたいんだけど倍の歳のもっとおっさんからときめき貰うなんてな......。

他にも「ヤバいくらい」っていう急に語彙力なくすとことか、「わくわく開いてく」っていう5歳児みたいな歌詞とか「Stand by me」っていう珍しい英語詞&固有名詞が出てくるあたりも面白いです。




12.讃歌

暗い曲というのがあんまりないこのアルバムの中で、物悲しくシリアスなトーンで始まる、後ろから2曲目にして第二のクライマックスとも言えそうな曲。
アコギの弾き語りのような始まりからドラムが入ってくるスピッツの王道な構成から、サビではさらに佐々木詩織さんによる讃美歌風なコーラスが加わり、切実さは保ったまま物悲しさから決意を感じさせる強さへと変わるのがドラマチック。
で、スピッツでこんなにドラマチックな曲これまであったっけ?という感じだし、タイトルが直球でポジティブなのも含めてなんかミスチルっぽさすら感じさせます。
今までにないアレンジとか挑戦という意味ではオバロックや未来未来に新鮮さを感じましたが、歌詞も含めてこの曲の力強さこそが本作でも一番「新境地」といえるものなのではないかなと思います。
とはいえ、それをダラダラやらずに3分代に纏めてる腹八分目感がオシャレ。
ちなみに親がミシェル・ポルナレフっぽいと言ってたけど、私世代だとポルナレフ=シェリーに口付けなのでピンと来なかったごめんなさい。でも絶対好きだろうし参考にしてるかもです。

枯れてしまいそうな根の先に 柔らかい水を染み込ませて
「生きよう」と真顔で囁いて
ライフが少しずつ戻るまで 無駄な でも愛すべき昔の話 聞かせてくれた日から

ここまでど直球に弱ってる時の描写をしてるのも珍しい気がして、冒頭からもう一気に掴まれます。
歌詞の言葉選びも、「ライフ」とかはちょっと軽い気がするけど全体にストレートで強い言葉が使われています。

勇気が誰かに利用されたり 無垢な言葉で落ち込んだり
弱い魂と刷り込まれ
だけどやがて変わり行くこと 新しい歌で洗い流す
すべて迷いは消えたから

この辺も「利用」「刷り込み」といった強めの言葉が使われて怒りや憤りを感じさせつつ、それを経て「すべて迷いは消えたから」という境地を見せてくれるのが頼もしい。

瞬く間の 悦びさえ
今は言える 永遠だと

二人だけの 小さい笑いすら
今は言える 永遠だと

やっぱスピッツファンとしてはここが強烈ですよね。
比較的直近(て10年前......)の「さらさら」で「永遠なんてないから」と言い切っていたマサムネ。他にも「滑らかに永遠を騙るペテン師」「永遠という戯言に溺れて」など、基本的に永遠を「ないもの」として扱ってきたくせに、今さら「今は言える永遠だと」はずるいっすよ......。

あと、「時を紡ぐ」とかも、昔だと「時が流れても」「時のシャワーの中で」みたいに時は抵抗できずに流れ去るものみたいな認識だったのが「紡ぐ」ですからねぇ。まぁ、偉くなったもんだよ!




13.めぐりめぐって

最初の曲は珍しく穏やかな曲でしたが、最後は最近のスピッツ恒例のアップテンポで楽しいロックチューン!
最近こういうのばっかやんとは思っても、やっぱこれが最高なんすよ。マンネリ最高!
崎ちゃんのワンツースリーのカウントからジャッジャッジャジャッと各楽器揃ってキメるイントロが「オバロック」での仲良しなスピッツを聴いた後だとマジでカッコよくも微笑ましくて、なんなんだこいつら......って思う。
最後の曲はメンバー4人だけの音でセルフプロデュースってのも良いっすよね。
2段階の間奏もかっけえし、前作ではテンポアップしたから今回は曲の途中でテンポダウンだ!っていう安直な工夫も可愛い。

歌詞はモロにスピッツからリスナーへというもので、スピッツ自身を「思わせる」歌詞はたくさんあれど、ここまでモロなのは「1987→」とこれくらいでは。

秘密のスタジオで じっくり作ったお楽しみ
予想通りにいかないけど それでもっとワクワク
守ってきた捻くれもちらりのぞかせて

アルバムタイトルを回収して、制作秘話(?)を覗かせ、自分のチャームポイントを自分で言っちゃうお茶目さもあってなんかもう、なんなんだこいつ......ってなる。

世界中のみんなを がっかりさせるためにずっと
頑張ってきた こんな夜に抱かれるとは思わず
ひとつでも幸せをバカなりに掴めた
デコポンの甘さみたいじゃん

若い頃は尖ってたって言ってるおじさんみたいな歌詞なのに「デコポンの甘さみたいじゃん」って可愛さが反則で即刻退場してくれ......。「じゃん」ってなんだよ小学生かよ。デコポンという果物の可愛いけどちょっとキモい感じもスピッツにぴったりだし、本来は酸っぱい不知火の中で甘いのを厳選した「デコポン」ってのが昔は酸味強めで尖ってたのが歳を取ってマイルドに甘くなってきたスピッツを思わせて、もはやこのアルバムのタイトルが『デコポン』でも良かったんじゃないかというくらい絶妙なフルーツチョイス🍊

君のために歌うことで 未知の喜びに触れるような

「君に聴かせるためだけに」でもう泣いたのに、ここまで言われたらもう泣くしかねえしファン冥利に尽き尽きですよ。

違う時に違う街で それぞれ生まれて
褒められてけなされて 笑ったし泣いたし
たまには同じ星見上げたりしたかもね
そして今めぐり逢えた

ライブ行きてえ。