偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

久野遥子『甘木唯子のツノと愛』感想

著者の漫画デビュー作ですが、調べたら岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』やクレヨンしんちゃんの劇場版のいくつかの作品などに関わっているアニメーターらしくて驚いた。

著者がアニメーターだからという先入観もあってか、全体にどこか映画っぽさ映像的な感じがする作品集だった気がする。
カメラワークを感じさせる構図とかもだし、余白のあるストーリーもどこか映画っぽく感じます。
4話の独立した短編が収録された作品集ですが、各話とも「少女」が主人公でありテーマそのものでもあって、コンセプチュアルな1冊でもあります。
なんせ私は少女だったことがないので全然難しくて何が描かれているのか分かんなかったくらいだけど、なんかとてもよかった......。その良さはたぶん、少女だったことはなくても小さかったことはあるからでしょうね。大人になれないけど子供でもいられないようなヒリヒリした感覚が味わえてすごかったです......。

あと、あとがきがめちゃよかった笑。
以下各話感想。



「透明人間」
SF/ファンタジーっぽい設定の話が多い本書の中で唯一、表面上はそういう要素のない作品。
とはいえタイトルは透明人間だし、どことなく現実から浮き上がったような感覚もあり、それでいて生々しいリアリティに満ちた作品。
子供の頃の、友達がハブられてて私はどうしようみたいな感じとか、優しさとか正しさってなんだろうとかすごい分かるし、こういう作品を読むと子供の頃って大人が思うよりも色々考えてたよな、とも思う。
困ったような笑い顔と最後の一コマが印象的。



「IDOL」
女子高生が巨大化して怪獣と戦ってる世界のお話。
弱くて可愛いものであることと、強くて守ってくれるものであることの両方を求められる少女というもの、それを大人が利用するとIDOL。終盤の傍点付きの平仮名たった2文字でその代替可能性を抉り出すところでそのグロテスクさを見せつけられる。
しかし本作の主人公の少女はそんな消費のされ方を超えた強かさもあって、かっこいい。
一方で彼女が小学生の時から好きな先生が出てくるんだけど、彼もまたあるものを抱えていて、男の読者としてはむしろ彼に共感してしまうところもありました......。



「へび苺」
サーカスを舞台に少年と少女の出会いを描いたお話。
着ぐるみを着た少女の中身を誰も知らないのに、それでも惹かれてしまう。人間の肉体と心とはどういう関係にあるのか、彼女の体に入れば彼女のことがわかるのか?
大人たちの世界と少年の世界の隔たりと、そのどちらでもない場所にいるような少女の魅力。ピュアさと淫靡さが両立され、胸糞悪くも後味は悪くない、不思議な味わいでした。


「甘木唯子のツノと愛」
ツノのある少女甘木唯子とその兄の生きる世界を描いたお話。
本書の半分くらいを占めるこの表題作。
分量が長いだけあって作中何度か意外な出来事が起こって翻弄されます。いや、実際のところ意外といってもベタな展開ではあるんだけど、映像的な見せ方の演出が完璧なので「えぇ〜っ!?」って思っちゃうんだよね......。
母に去られた兄妹が、同じ悲しみを背負っているゆえの2人だけの世界のようなものに生きていることに胸が締め付けられるし、帽子で隠している「ツノ」がいわば2人だけの秘密となって閉じた世界をより強固にしていつつ、ツノが怒りとか悲しみのメタファーのようでもあり、方舟の話にまで繋がるという、モチーフとしてのツノの使い方が上手すぎた......。
ネタバレになるのであんまなんも言えんけど、寂しさや焦燥感が爆発するようなラストシーンが凄かった。