偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

道尾秀介『光』読書感想文

はい。ちょっとご無沙汰してましたが、道尾秀介補完計画の最後の一冊がこちら。
これで離れていた時期の道尾作品のうちで文庫になっているものは全て読み終えたことになります。

光 (光文社文庫)

光 (光文社文庫)


という個人的な事情はどうでもいいとして......。
本作は語り手の"私"こと利一が、少年時代に友達の慎司、宏樹、清孝、そして慎司の姉の悦子と過ごした日々を回想するという物語。
各章がそれぞれ1つのエピソードになった連作短編集とも呼べる長編です。

道尾作品では頻繁に"少年"が描かれますが、本書は『月と蟹』とともにその一つの集大成というか到達点とも言えそうなくらい、どストレートに少年時代というものが描かれていて、道尾版『スタンド・バイ・ミー』などとあだ名されるのも納得でした。子供達それぞれのキャラクターも、最も普通で感情移入しやすい「私」こと利一が主役で、抜けてる親友の慎司、金持ちで嫌味な宏樹に、両親を亡くして貧乏だけど強い心を持つ清隆、そして活発だけど大人な悦子と、分かりやすく立ってるのもあれっぽい。

スタンド・バイ・ミー』という作品を観た時に(映画版。原作は未読です......)、「なんで外国の作品なのにこんなに懐かしさが心に刺さるんだろう!?」と思いましたが、きっと自分の実体験とは関係なく人類共通のノスタルジーみたいなものがあるのではないでしょうか。
本作もそんなノスタルジーに満ちた作品で、実際には私は少年時代にこんな経験してないんですけど、なぜか本書を読んでると感傷が疼くことが度々あったんですよね。
例えば、第1話の冒頭にしてからが、担任の綺麗な女の先生が今日はデートなんじゃないかと友達と2人で茶化してたり。
あるいは友達のお姉ちゃんにちょっと異性を感じてドキドキしたり、または悪いことをしてしまった時の取り返しのつかない絶望感だったり。
そして、子供同士の間でもけっこう気を使ったり空気を読みあったり探り合いをしたりしてる感じもなかなかリアルだったり。
そんな、なんとなーく少年時代に経験したことのありそうな気持ちが見事に描かれているからこそのノスタルジーの強さなんでしょう。むしろ、著者はこんな気持ちをどうしてまだ覚えているんだろうというところにびっくりしてしまう、謂わば少年時代あるあるみたいな作品ですね。

また、一方で各話にはそれぞれミステリ的な捻りもあったりして、1話1話が独立した短編としても読める、非常に贅沢な作りになっています。
各話のタイトルも非常に秀逸ですよね。「光」「アンモナイト」「夢」という言葉が非対称だけど対になる形で配置され、その中に1話だけ「女恋湖の人魚」なんていう怪奇探偵小説みたいなタイトルが並んでたら気になっちゃうに決まってますもん。

そして、本編は少年時代の出来事が、「ぼく」とかではなく大人になった「私」が一人称で回想する形で描かれていることで、よりいっそう先の展開が気になる作りになってるのも上手いですね。回想と現在が交差するクライマックスではやっぱりかなりジーンときちゃったし、うん、これまた傑作でしたよ。

一応短編集的な作りなので、以下で各話の感想も少しずつ。





「夏の光」

ニコイチ的な親友同士の利一と慎司が、宏樹と清隆の喧嘩を目撃することから彼らと親しくなっていく様を描いた第1話。いわばアンモナイツ結成編ですね。
子供の時の「こいつちょっとウゼェな」みたいなやつともなんだかんだ仲良くしたり、「こいつちょっと大人の世界の住人だな」みたいな子に一目置いたりする感じが絶妙。
あと、キュウリー夫人というばあちゃんのあだ名も絶妙。ザビエルとかキュウリ夫人とかって絶対イジられますもんね。
で、話としては宏樹の父親が、清隆が犬を殺した証拠となりそうな写真を撮って......という日常の謎。その写真の謎自体はいまいち面白くないんですけど、その事件から見えてくる清隆というクラスメイトの姿が非常に印象的に描かれ、花火などの「光」もまた印象的な、つかみはオッケーな第1話でした。
ちなみに、本作はカッパノベルス創刊50周年記念の『Anniversary 50』というアンソロジーに収録された作品だそうです。まぁ「50」というテーマへの絡め方に関してはあまり上手いとは思えませんが......。





「女恋湖の人魚」

この、昭和の怪奇探偵小説かモノクロのSF映画みたいなレトロ感のあるタイトルからして良いですよね。
内容は夏の怪談スペシャルみたいな感じで、普段は寡黙な教頭先生が突然人魚伝説について語り出すという異様さが怖いっす。そして、洞窟の冒険なんていう、ザ・少年時代な展開がもう最高。けっこう小学校中学年くらいまでってまだ半分くらいは怪異の存在を信じてるんですよね。そんなものいないことを頭では分かっていても、気持ちはついつい怖くなっちゃうというか......。そういう時期の彼らにとってこの冒険はとても恐ろしいもので、それが読んでるこっちにも伝わってくるので可愛さ半分のつられて怖さ半分くらいで読みました。
そして、ミステリ的な解決もまた別の意味で印象的。とあるキャラクターの言葉が刺さりました。この辺はなんか怪談番組の最後のエピソードだけちょっと泣ける話になってるみたいな雰囲気(?)。





「ウィ・ワァ・アンモナイツ」

嫌味な宏樹に腹を立てた3人が彼を騙すために偽アンモナイトを作るというお話。
個人的にあまりカタツムリって好きじゃないので、正直読んでてちょっとつらかったですが🐌、内容は面白かったです。
まずアンモナイト作り作戦自体がめちゃくちゃ楽しそうで、こういう遊びに全力を尽くせる年代の彼らへの羨望さえ感じます。
と同時に、ここに来て利一くんの中にほのかにあった女の子への関心(初恋、というのともきっとまた違う、自分と違うモノへの好奇心と畏怖のような)がメキメキと頭角を現してくるくるのも、もう一つの見どころでしょう。
なんだか分からない欲求とコントロールの効かない嫉妬......そういった描写が、私の場合は中学の頃でしたが自分の初恋的な何かに重なって刺さりました。

そして、物語は次のエピソード以降でだんだんシリアスさを増していきます。この話はそのちょうど過渡期のような感じで、みんなで遊ぶ楽しさの中にちょっとだけ翳りの見えてくる雰囲気がやっぱり好きですね。はい。





「冬の光」

この辺からはあんまあらすじも書くとネタバレになっちゃうからぼんやり書きますが、第1話と対になる、とある"冬の光"にまつわるお話。
グッとこれまでより深刻な雰囲気が出てくるものの、前話と同様にとある作戦を立てて目的を遂行しようとするあたりは子供らしい楽しさに満ちています。
この話の内容とは関係ないですが、私も子供の頃に友達と秘密基地を作ろうって言ってあれこれやったことがありました。けっこうそういうのって未だに思い出に残ってたりするもんですので、この作品で描かれるアンモナイト作りや×××の××探しなんかにはやはり強烈な懐かしさを感じてしまうのです。
そして、クライマックスのシーンは、静かな一瞬の出来事でありながらエモエモのエモでありまして、本書の中で描かれる"光"の中でも最も強烈に印象に残っています。
道尾秀介はよく「小説でしか出来ないことがしたい」と言いますが、このシーンなんかも現実的な光景を描いているようでいて、実際に見たらきっとここまで美しくはならなくて。想像力を使って見た光景だからこそ、印象に残る。そんな、道尾作品らしい名場面でもあると思います。





「アンモナイツ・アゲイン」

続きましてはアンモナイト作りの話と対になるタイトルのこちら。ただし、内容はわりとガラッと変わって、主人公たちにとっては非常にシリアスなお話になっています。
ここまで読んでくると、(ネタバレ→)序盤で「私たちは犯罪を犯そうとしていたのだ」みたいな予告が出てきても、「ゆうて別に誰にも迷惑のかからない軽犯罪とかなんでしょ」と思ってしまいましたが、まさかのガチに窃盗未遂と器物損壊という悪意のあるもので驚きました。
しかし、これまでは少年時代の楽しい面や暖かな懐かしさが描かれてきましたが、こういう過ちを犯してしまうこともまた少年。
読んでて1番しんどい話ではありますが、こういう感情を描いてくれるお話もまた本書には必要だったと思います。





「夢の入口と監禁」「夢の途中と脱出」

この2つの章で1話分の最終話となります。
本書のクライマックスだけあって、タイトル通り利一たちが監禁されるという大事件が起こります。
彼らが脱出のために弄する作戦は、とても分かりやすいといえば分かりやすいですが、少年探偵団的な趣があって良いですね。昭和な感じ。
そこに絡んでくるのが「夢」というテーマ。みんなで夢を語り合うシーン、小学生の頃から将来の夢の欄に「お金持ち」と書いていたノー・ドリームな私には眩しすぎたのでサングラスをかけて読みました。

そして、あんまり書けないけど最後の方の構成も見事。一気に物語がぐわーっと広がりつつ、広がりの果てもまた見えてしまっているようなところにはリアリティもあります。また、(ネタバレ→)巻頭に引用された『時間の光』という小説の作者が利一だと明かされる(勘のいい人は最初から気付きそうではありますが)ことで、「光」の印象が強烈に焼き付けられて本を閉じることができました。



ちなみに帯には仕掛けが云々と書かれていますが、ミステリ的などんでん返しとかではないのでそこは期待せず、少年たちが目にする光を一緒に見るつもりで読むと良いかと思います。