偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

津島誠司『A先生の名推理』感想



ミステリ界隈でカルト的な人気を誇る短編集で、前から存在は知ってて気になってたんですがついに読みました。

いつも鎌倉の喫茶店にいて、語り手の話を聞いただけで奇妙な事件を解決してみせる「A先生」を探偵役に据えた安楽椅子探偵モノの連作で、事件の状況設定とトリックがなかなか奇抜というか、バカミス的であり、トホミス的でもあり、「ありえねー」と突っ込みながら楽しめる変な本でした。
ただ、帯とかにやたらと「神の如き推理」とか「超絶トリック」みたいなゴテゴテした煽りがあるおかげで変に期待してしまってちょっと期待外れになってもしまいました。肩の力を抜いて軽く読むにはぴったりですが、驚天動地の大トリックみたいなのを期待しちゃうとアカンです。



「叫ぶ夜光怪人」
叫ぶ夜光怪人の登場と2人の死、という3つの怪事件が一夜にして起こる導入は外連味があり面白いです。
ただ、謎が不可解すぎて逆に真相が一目で分かってしまうきらいがあり、その真相もわりと大山鳴動して鼠一匹的なショボいものなのでちょっとがっくりきてしまいます。また、唯一分からなかった幽霊の正体もそれこそ枯れ尾花レベル。平凡な状況を無理やり魅力的な謎にしようとして釣り合いが取れなくなったような感じ。



「山頂の出来事」
一転してこれはなかなか面白かった。
色々とあまりに偶然が過ぎてご都合主義ではありながらも、だからこそいい意味で脱力の笑える真相になってて面白い。
ただ、砂蛾家とか神の灯とかを引き合いに出されると、あれらと比べたらチャチく感じてしまいます......。


ニュータウンの出来事」
目先を変えて半分倒叙もの。犯人視点での全く緊迫感のない銀行強盗の場面が、デフォルメされたミステリのためだけの世界であることを強く感じさせてくれて好きです。一方で主人公は間抜けな学生として犯人に利用されつつ、急に金縛りみたいになったりとなかなか酷い目に遭ってて笑えます。
そうこうしてるうちにニュータウンが半壊するという予想外にスケールのでかい事件が魅力的で、その真相もかなり好み。それこそデフォルメされた世界でしか成り立たない良い意味で机上の遊びのような楽しさのあるトリック!
ただ、倒叙にした意味はいまいち分からなかった......というか、分からなくもないけど、倒叙にしたことで動機の意外性がなくなっちゃってて、それを補うほど意味があったとは思えない......。



「浜辺の出来事」
海の幽霊と、友達の叔父さんへの殺害予告という、2つの異なる事件が絡み合う構成で、真相に関してもアイデアがいっぱい詰まってるのは楽しい。
ただ、トリックがなんかこう、全体的にそれはさすがに無理がないか?と、こう、突っ込んだらダメな本作ではあるけどつい突っ込んでしまいます。



「宇宙からの物体X」
隕石を発見した大学教員の3人が次々と隕石から出てきた物体Xによって殺されていく......という、もはや完全に現実を超えたような謎がとても魅力的で、ここまでくるともう多少解決がトホホでも笑って許せてしまいます。人体に寄生して腹を突き破って出てくるエイリアンをこうやれば実現させられるのか、と感嘆。てかなんで物体Xなのに『エイリアン』が引き合いに出されるんだ......。
ちなみに隕石の件は「そんなことあり得るんか」と思ってちょっと調べたけど実際にもなくはないみたい。そこからここまで話を膨らませるのが凄い。



「夏の最終列車」
これは「A先生」シリーズではなく、著者のデビュー短編です。
運転士の妻が列車に飛び込み自殺を遂げた......ような状況だが、彼女は始発駅で車掌である語り手に目撃されていて、そこからどんな移動手段を使ってもこの時間にここで自殺することは不可能だった......という謎が魅力的。
その状況からして犯人は最初から分かってるようなもんで、短いお話でトリック一発で勝負してるのに好感が持てます。
そのトリックもまだちょっと大人しいものの「A先生」シリーズにも通じるバカトリックで、それがこの話では叙情的に描かれているギャップも面白かった。
「ぜってえ現実の人間はそのトリック使わんやろ!」と思ってしまう無茶さが魅力でもあり難点でもある感じかな......。