偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

児玉雨子『##NAME##』感想


芥川賞の候補になってて気になってた作品で、作詞家として活躍しているらしい著者の第2作。



小学生の頃、母親に強要されてジュニアアイドルの活動をしていた雪那(せつな)。同じ事務所に所属する美砂乃ちゃんが唯一の友人と呼べる存在だった。
やがて大学生になり、少年漫画の夢小説にハマり、名前を空欄のまま「##NAME##」と表示させて読むようになり......。


冒頭から主人公の雪那と友人の美砂乃ちゃんがジュニアアイドルとして撮影に臨むシーンで幕を開ける本作。
自分たちの活動が誰にどう消費されるのかを知らず、学校で習った算数の公式について話し合いながら撮影に臨む様が淡々と描かれていくのがグロテスクに感じて、一気に物語に引き込まれてしまいます。

しかし読み進めていくと、そういうジュニアアイドルなんて気持ち悪いとか可哀想とかいう他人の感想にそっと中指を立てるような小説でもあると気付いて戦慄します。
他人から見たら汚れた過去でも何も知らない当時の自分にとっては青春だった......むしろ、それが汚れたことだと知らされることで大切な思い出まで汚されていくような感じがやるせない......。

タイトルの「##NAME##」というのは夢小説の主人公の名前を空欄で読む時に表示される名前だといいます。
本名や芸名、あだ名に加え、アカウント名や夢小説まで、現代人の持つ様々な「名前」を通して、アイデンティティという内的なテーマからデジタルタトゥーのような現代の社会問題までを射程に描きつつ、最終的には主人公の小さな物語として綺麗に終わるのがとても良かった。