偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

井上陽水『二色の独楽』(1974)

井上陽水4枚目の本作。
大ヒットした『氷の世界』と個人的にかなり好きな『招待状のないショー』の間に挟まれてこれまでやや印象が薄かったですが、今回聴き直してみてやっぱこれはこれでいいなぁと思い直しました。


本作は全曲ロサンゼルスで録音され、陽水とギターの安田裕美以外は現地のミュージシャンが演奏しているらしいです。
そのためか、前作までの湿っぽいフォーク感がかなり薄まり、フォーク調の曲も含めてどこかカラッと乾いた音になってます。
またアレンジもロック調の曲が増えて、陽水の全アルバムの中でも最もロック感の強いアルバムだと思います。

以下各曲感想。






1.傘がない-イントロダクション

ギターインストによるイントロダクション。夏っぽいこのアルバムの世界を凝縮したような淡い音色が美しいです。
タイトルが「傘がない」なのは意味深ですが、たぶん次の曲が「夕立」だからってだけだと思う。深い意味があったら御免。


2.夕立

かっちょいいギターのリフと、何より叩きつける雨のような荒々しいドラムのサウンドが強烈で、サビでは裏声で叫ぶ歌とも相俟ってどこか異様なインパクトのある曲です。ギターソロめちゃかっけえ!と思ったらそれが実はもうアウトロという曲の短さも夕立の唐突さを体現するよう。

歌詞も夕立が来るその瞬間を活写したシンプルにしてヘンテコで聞いたことないようなもので、この奇妙な着想そのものがもうすげえ。

夕立 そこまで来ている 雷ゴロゴロ ピカピカ
情容赦ないみたいだ
誰もが一目散へとどこかへ走る
カエルはうれしなきをしてる

1行目の4文字の言葉を連ねるリズム感が楽しいし、カエルが嬉し泣きみたいなセンスも凄いよね。

計画は全部中止だ 楽しみはみんな忘れろ
嘘じゃないぞ 夕立だぞ
家に居て黙っているんだ 夏が終るまで
君の事もずっとおあずけ

たかが夕立で計画が全部中止で夏が終わるまで不要不休の外出が禁じられるところにナンセンスなユーモアがありつつ、でも実際不意の夕立に襲われるとこんな気分ではあるよなという奇妙な説得力もあって凄い。


3.太陽の町

本作の最後にフルバージョンが収録されているこの曲。ここでは4行目まで歌って1分くらいで短くフェードアウトして終わります。アレンジもフルとは違ってて爽やかな音色のピアノとアコギに乗せてさらりと歌われ、夕立も上がってこれからこのアルバムの世界「太陽の町」へ入っていくような感じになってます。


4.Happy Birthday

ノリの良い軽快なロックナンバー。
イントロのギターのフレーズがまず印象的で、ドラムやベースもノリノリな感じで楽しい曲。
サビは歌詞も曲調も明るくまさにハッピーな感じなんだけど、ヴァースの部分は歌い方にも少し陰りが出て、歌詞もトランプになぞらえて恋をしない女の子に発破をかけるような不思議な内容になっている微妙なギャップが面白いです。

君は恋をしないから
角のとれたトランプで遊んであげる 今日だけ
ハートを引くんだ
ハートを集めて僕より早くあがれよ

君はとても弱いから
僕がやさしくすると思っていたの?バカだな
ダイヤを捨てるな
僕から勝つんだ そしてクイーンになるんだ

上から目線で遊んであげると言い、バカだなとディスりつつ僕から勝てというエールのような奇妙な言い草をする屈折が面白い。
恋をしない君に「ハートを集めろ」「ダイヤを捨てるな」「クイーンになるんだ」と、トランプ用語になぞらえて自立した強い女になれとメッセージを送っているのが小粋で、当時なりのウーマンリブみたいなニュアンスも感じなくもないっすね。


5.ゼンマイじかけのカブト虫

フォークっぽさが薄れてカラッとしたロック調の曲が多い本作の中で、この曲は過去の3枚のアルバムを含めても屈指の陰気さと怖さを誇るフォークソング
イントロのアコギのアルペジオからしてなんかもう嫌んなっちゃうくらい暗くて、歌い方もゾワゾワと寒気がしてくるような不気味さがあって最高です。
途中から入ってくるストリングスもなんとも物悲しく、壮大......というよりは悲壮な雰囲気を出しています。

歌詞もめちゃくちゃ怖い。

カブト虫こわれた
一緒に楽しく遊んでいたのに
幸福に糸つけひきずりまわしていて
こわれた

おそらく幼少期の記憶なのでしょう。ゼンマイじかけのカブトムシのおもちゃで遊んでいたら壊してしまった、というありきたりな光景を歌っています。しかし、そのカブトムシを「幸福」と呼ぶことで、オモチャが壊れたことで幸せそのものを失ったように感じる子供時代の感覚を蘇らせている......のみならず、その先の将来に渡って幸せというものが壊れてしまってもう2度と手に入らないかのような感覚にさえさせられます。こんだけの文字数でそれだけのことをやってのけてるのが物凄い。

その後も同じようなフォーマットで「白いシャツ汚した」「青い鳥逃した」と、コレまでの人生で無垢な心を失い幸福を逃す様が歌われ、4番はたぶん現在でしょうね、

君の顔笑った
なんにもおかしい事はないのに
君の目がこわれた
ゼンマイじかけのカブト虫みたい

と、タイトルに戻って来ながら今目の前にいる恋人の「君」の目が壊れる恐ろしい光景で幕を閉じるのが鮮烈で衝撃的。


6.御免

ジャギジャギと勢いのあるカッティングギターと咽び泣くようなギターの2本の絡み合いがカッコよく、ブラスの音も勢いを際立てるノリが良いけどちょっと暗い雰囲気もあるカッケえ曲。間奏のギターソロがかっこいい。

歌詞は「せっかく来てくれたのにおもてなしもできず御免」というだけの内容で、これを歌詞にしようとすること自体が奇才すぎるし、そんな内容でも独特の表現でどこか意味深な含みを感じさせるのもさすが。あー

なんにもないけど 水でもどうです
せっかく来たのに なんにもないので 御免

と歌い出しは普通に状況説明ですが、

重ねてTVも 調子がおかしくて
そうですか あなた 野球が好きですか 御免

とかちょっと面白いし、

あなたも運の悪い人だ
とにかくなんにもないです

と、とうとう相手の運のせいにして開き直るかのようなところはかなり面白いです。
なんにもなくてごめん、来てくれてありがとう、と繰り返しながらも「ごめん!」の言い方があんまごめんと思ってなさそうなのも最高。


7.月が笑う

暗めのトーンの曲が続いた後で穏やかで優しいこの曲に癒されます。
ギターの音色に温かみがあり、ストリングスも優しく眠りに誘うよう。13曲目にも「眠りにさそわれて」なんてのがありますがこれもそんな雰囲気。
ただ、暖かく優しいだけではなくどこか少し寂しい雰囲気があるのが陽水らしくて、今回改めて聴き直してじわじわと良さがわかって来た曲です。

歌詞は結婚してしばらく経った夫婦が過ごすとある夜の光景(だと思う)。

いつもの夜が窓の色を
知らぬ間に変えて
我が家に来ました

という歌い出しからして美しく、ハッとさせられるような描写。たしかに夜は毎日来るのにどうして毎日知らぬ間に来ているんだろう。

指輪の跡が白くなって
月日の流れの
速さにぬかれた

時の流れに驚くことを「速さにぬかれる」と表現するのが粋で、それだけの時が経って

さみしいのは誰です?
僕よりさみしいのは?

という心持ちになるのもリアルな感じがして凄え。たぶん僕よりさみしいのは君なんでしょうね......。


8.二色の独楽

ベースの音が牽引する静かで不穏な始まりから、徐々にストリングスが入って来たりドラムがデカくなったりしながら展開していく曲で、終盤に向けてどんどん昂まっていくところに引き込まれます。
しかしアルバムの表題曲がこんな暗いフォーク曲なのはかなり攻めてる気がしなくもない。

まわれまわれ二色の独楽よ
色をまぜてきれいになれ
女はさみしい
男は悲しい
さみしい 悲しい独楽がある
まわれよ 止るな いつまでも
止った時 春も終るよ

歌詞はまぁ男女の分かり合えなさというか、一つになれなさみたいなもの。「独楽」っていう漢字はこうして見ると面白いですね。お互いに独りよがりに回ってて、それでも回ってる間は終わらない......という、鋭い歌詞。
最後が「止まった時 唄も終わるよ」というのも、その後唄が終わるわけだから止まったんだな......と、面白い。


9.君と僕のブルース

ノリの良いリズムで、暗いとまでは言わないけどちょっとダーティな雰囲気を纏ったかっちょええ曲。
キーボードやコーラスがまた大人っぽい雰囲気を出してて良い。
サビ頭の「よぉ!るぅ!は」という力強い歌い方もカッコ良すぎる。間奏のギターソロもカッケェ。
洋楽ロックっぽいかっこよさのある曲でありつつ、最後はなんかやたら大仰になって演歌みたいな雰囲気なのも面白いっすね。和洋折衷?終わり方のダサさが一周回ってカッコいい。

君はうつぶせで 僕はあおむけで
夜をむかえた なんてステキなの
クルクルまわっているのは君と僕

という、まぁエッチな歌なわけですが、

夜は深い 夜は深い 落ちこむぞ 夜は深い
愛しても 愛しても君と僕

と、セックスを通して愛の虚しさを描き出すところが素晴らしい。歌い方もやけっぱちみたいで虚しさをより強めます......。


10.野イチゴ

1、2枚目のアルバムあたりに入っていそうなしっとりしたセンチメンタルなフォークナンバー。
穏やかなアコギの音を基調に、エレキの短いフレーズやオルガンの音色も印象的で幻想的な雰囲気があり、地味な曲ですが聴き入ってしまいます。
抑えめだけど所々でグッと来るメロディも美しい。

歌詞はお嫁に行ったあの娘を野イチゴに重ねるという、曲調に見合ったセンチメンタルなもの。

野イチゴゆれた
緑の風に
つんでみようか
ながめるだけにしようか


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あの娘は町へ
お嫁に行った
便りもとだえ
里へ帰る事もない