偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

井上陽水『陽水Ⅱ センチメンタル』(1972)

陽水II センチメンタル

陽水II センチメンタル

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デビューアルバムと同年にリリースのセカンドアルバム。
前作は深刻さを感じさせる辛気臭さがありましたが、今作は辛気臭さもありつつ、「センチメンタル」というタイトル通りどこか甘いノスタルジーがあります。
なので前作よりマイルドで聴きやすいんですが、反面前作の方が緊張感があって一枚通して飽きずに聴けたかな、という感じはあります。
正直なところ、個人的な好みでは陽水のアルバムの中でもあまり上位ではないんですが、今回改めて聴き直して、夏を舞台にノスタルジーと少しの狂気を孕んだ一枚通しての世界観の作り込みの凄さに気付きました。好みは置いといてやっぱ名盤です。


1.つめたい部屋の世界地図

壮大なストリングスの音で盛り上がったと思ったらぷつっと切れてのアコギ弾き語りっぽくなるのがカッコいい。笛みたいな音や弦も後からまた入ってきて、旅というテーマに合った遥か彼方を思わせるものがあります。
「やさしさがこわれた」のくだりは歌詞もメロディもちょっと「たま」っぽさを感じてしまいます。もちろんたまよりだいぶ前ですが。

はるかなはるかな 見知らぬ国へ
ひとりでゆく時は 船の旅がいい

歌い出しのこのフレーズからして綺麗。

汽笛をならして すれちがう船
こんにちはの後は すぐにさようなら

というところでさらっと傷心旅行らしさを出してて、そもそもタイトルが「つめたい部屋の世界地図」なので実際には旅に出てなくて部屋でうじうじと旅に出る妄想をしてるのではという引きこもり的な読み方も出来るのが好きです初期スピッツっぽくて。


2.あどけない君のしぐさ

2本のギターとベースの絡み合いが美しい、フォーク調の短めの曲。歌声も囁くとまでは言わないけど細く繊細な声で、しみじみしちゃいます。

せんたくは君で 見守るのは僕
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僕のセーターは とても大きく
君はそれを しぼれないと 僕の腕を横目で見る

まぁ普通に手伝ったれよと思いますが、これだけの情景描写で夏の休日の空気が立ち昇ってきますね。洗濯機で脱水とか乾燥とか出来ない時代の叙情。


3.東へ西へ

最近もなんかのCMで誰かがカバーしてた気がしますが、井上陽水の曲の中でも特によくカバーされる曲らしいです。
ベースラインが高めのところで激しく動き回る感じでかっこいい(調べたらベースが高中正義らしい)。ギターも乾いた感じの音でジャカジャカしててかっこいい。早い曲ではないけどノリが良くて、でも暗さもあって好みです。

昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういう訳だ

この歌い出しからのあたりまえ体操〜みたいなラインは後のシュールな歌詞世界の片鱗が見えてる感じします。
1番から3番まで、満月、満員、満開と「満」で繋ぎながらなんか嫌な光景が歌われ、それに対して

ガンバレ みんなガンバレ 月は流れて 東へ西へ

といったように空虚な片仮名の「ガンバレ」が捧げられるという構成。
経済成長の最中で豊かになって行こうとする日本にあって、「満ちる」ことに不穏さや狂気を見出しているのは何か繋がりがありそうな気がしてしまいます(当時生きてないから知らんけど)。
少なくとも、満員電車で老婆が床に倒れて笑うという光景からの「ガンバレ」はたぶん社会風刺ではありますよね。
まぁでも社会性を見出さなくても、

目覚し時計は 母親みたいで心がかよわず

お情無用のお祭り電車に呼吸も止められ
身動き出来ずに 夢見る旅路へ

満開 花は満開
君はうれしさあまって気がふれる

みたいな日常を外側から見つめるような視点には幻想味すらあってその不穏さだけでも凄え良いです。


4.かんかん照り

これもベースが高中正義でかっこいい。1曲目と3〜5曲目のベースが高中さんらしいですね。
ギターの音も前の「東へ西へ」に近く、どこかシリアスな雰囲気が似ていて合わせて一曲みたいにシームレスに聴けます。

いやな夏が
夏が走る

要約すればただただ夏が暑いって言ってるだけの歌なんだけど、それだけではないような強烈な眩暈感や倦怠感や、いっそなんか狂気的にすら感じる怖さもあって、音の深刻さと相俟ってなんかぞくぞくしてしまう凄え曲です。

水道の水が「ぐらぐら」たぎり
セッケンはすぐに「どろどろ」とける

擬音だけで酷い夏の嫌な暑さが伝わってきます。

帽子を忘れた子供が道で
直射日光にやられて死んだ

恋人はやさしくよりそってくるけれど
心も動かない

この辺りのなんか白昼夢的な不気味さも最高です。

5.白いカーネーション

打って変わってというか、タイトルからもイメージされるように童謡みたいな感じの曲。ピアノでサビのメロディを弾くイントロからしてめちゃ童謡。
当時の陽水の声は今ほどクセが強くないので童謡歌っても違和感ないですね。今の声でやられたらちょっと、ギャップで笑っちゃうかも。

カーネーション お花の中では
カーネーション 一番好きな花

咲いた咲いたチューリップの花がみたいなノリ。
調べてみると白いカーネーションは亡くなった母親に供える花であるらしく、

どんなに きれいな花も
いつかは しおれてしまう
それでも私の胸に
いつまでも 白いカーネーション

この辺りもそう考えると意味深な感じがしますね。まぁ、「本当は怖い」というのも童謡には付きものですからね。


6.夜のバス

しっとりしつつ不穏な音色のピアノとシンセから始まり、やはり不穏なリズムのドラムや不穏なみょんみょんって音(これもシンセ?)が入ってくる不穏にかっけえイントロが最高っすね。
ベースもここから高中正義じゃなくなるけどやはり動きが激しくてかっこいい。
けどやっぱこの曲はドラムがかっこいいっすね。「君なら一人で明日を〜」の直後の一瞬バシってシンバル叩くとことかイっちゃいそうになります。
意外と長い曲でプログレっぽさもありますね。間奏ではがっつりストリングスが入ってきつつ、シンセによる電子的な音がそこに重なってクラシックなのかハイテクなのか分からん違和感がまた不穏でかっこよすぎます。
アウトロもビートルズの「ストロベリーフィールズ」みたいでかっけえ。

夜のバスが僕をのせて走る

夜のバスがただ走っている今この瞬間だけを描いていて過去も未来もない歌詞ですが、

バスの中はとっても寒いけれど
君の嘘や偽り程じゃない

広い窓もただの黒い壁だ
なにもかもが闇の中に
ただ、夜のバスだけが矢の様に走る

この辺で裏切られた過去と先の見えない未来をそれぞれ暗示していて、余白がばぁ〜っと広がっていく感じが巧いと思います。

君なら一人で明日を
むかえる事も出来る

というところからは最悪の結末しか想像できませんが......。
レコードだとこの曲がA面の終わりってのも良い曲順ですね。


7.神無月にかこまれて

こっからB面。
小気味良くも切なげなアコギのアルペジオのイントロから、ドラムとベースもリズミカルで、仕切り直すようにノリの良い曲(とはいえなんとなく辛気臭さもあるけど)。
間奏がピアノとベース主体でドラムのバシバシいうシンバルがキマっててめちゃくちゃかっこいいっす。

歌詞は秋の花鳥風月に孤独を託したような内容。

列についてゆけない者に また来る春が
あるかどうかは誰もしらない
ただひたすらの風まかせ

この辺は陽水が歯科大学を目指しながらも勉強したくなさすぎてふらふら遊びながら三浪くらいしてたエピソードを考えると切実なようでもあり、良いように言うなとも思ったり......。


8.夏まつり

風鈴とか水琴窟みたいな夏を思わせるシャラシャラした音から始まる、鈍重なアコギ弾き語り曲。

十年はひと昔 暑い夏
おまつりはふた昔 セミの声

という歌い出しで、子供の頃のおまつりの日を思い出す歌。で歌詞に妹が出てくるんだけど、妹はこの夏に死んだんだろうな......って思っちゃうくらい重苦しく陰気な曲なんですよね。とても楽しいお祭りとは思えない。火垂るの墓みたいな感じ。
うちらの時代のお祭りはコンクリート舗装された公共施設の中庭に出店が並んで......みたいな感じだったけど、この曲の夏祭りはアスファルトとかねえよ土だよ!みたいな空き地とかでやってそうだし、神社の裏では大人たちがセックスしてそうだし、人混みに紛れて子供が何人か誘拐されてそう。そんくらい暗いしもはや怖い。


9.紙飛行機

これまた辛気臭い。
「白いカーネーション」が「チューリップ」ならこれは「しゃぼん玉」みたいな。

強い雨も風も 笑いながら受けて
楽しく飛ぶ事も悪い事じゃないよ
だけど地面に落ちるまで短い命だね
君は明日まで飛びたいのか

と、そんなこと言ったるなよって感じですが。すぐに落ちることが宿命付けられた儚い存在である紙飛行機を突き放した視点から見ているような何とも言えず不安にさせられる歌。
アウトロが激しく焦燥感を煽る感じで、なんか今まさに紙飛行機落ちてますみたいなふうに聴こえて、かっこいいんだけどなんか悲しい余韻が残ります......。


10.たいくつ

「あどけない君のしぐさ」と同じくほぼアコギ2本とベースだけのシンプルで短い曲。
タイトル通り強烈な倦怠感を放っていて、真夏の休みの日に聞いたらもう家から一歩も出られなくなると思います。

つめがのびている 親指が特に
のばしたい気もする どこまでも長く<<

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アリが死んでいる 角砂糖のそばで
笑いたい気もする あたりまえすぎて<<

>>
手紙が僕にくる 読みづらい文字で
帰りたい気もする ふるさとは遠い

小さ過ぎて普段見えていないような、しかし確かに知っている感覚、子供の頃には鋭敏に見えていた感覚が歌われていて懐かしく切ない気持ちになります。


11.能古島の片想い

辛気臭い夏の曲が多いこのアルバムですが、この曲は切なくも爽やかな一夏の恋といった雰囲気で、軽やかなアコギの音に心洗われます。
長めのアウトロには笛やら弦やらいろんな音が入ってて、物悲しくも楽しげ。弦の感じが後期ビートルズっぽい気がします。

調べてみたら能古島は陽水の故郷の福岡にある島らしく、もちろん行ったことないけど自然と歴史が豊かな素敵な島っぽいですね。

つきせぬ波のざわめく声に今夜は眠れそうにない
浜辺に降りて裸足になればとどかぬ波のもどかしさ
僕の声が君にとどいたら ステキなのに

という感じで、波や風や砂に儚い恋心を託して歌われるストレートな切ないラブソング。

君が僕の中にいるかぎり
波の声で僕は眠れない 本当なんだ

遠くへ行ってしまう君を思い夜も眠れないというそれだけの歌なんだけどこの最後のフレーズとか切なすぎて死んじゃう......。


12.帰郷(危篤電報を受け取って)

穏やかなギターの音色と三拍子のおかげでなんだかのどかな雰囲気すらありつつ、壊れ物を扱うような優しい歌声に悲しみが香り、まさにセンチメンタルな気持ちになります。サビの「(もうすぐ)だね〜」「君〜(の家まで)」のところの寸詰まりな歌い方がなんか好き。

歌詞はタイトル通り故郷に帰る話なんだけど、「危篤電報を受け取って」なのに「もうすぐだね君の家まで」というのはよくわからない。
なんでも実際に危篤電報を受け取って故郷に帰る電車で歌詞を書いたそうで、内容とは関係なさそうです。昔の作品ってそういうざっくりした感じがあって良いですね。
とはいえホトトギスが気ィ狂って血ィ吐いてるとか穏やかじゃない光景も歌われていて「危篤」の雰囲気もあるっちゃあるのか。
なんにしろ田植え唄とか天の川(が見えるほどの暗い夜空)とかが馴染みがなさ過ぎて日本昔話みたいに感じてしまい、知らんけどノスタルジーに浸ってしまいます。