偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

井上陽水『断絶』(1972)

突然ですが、ここ数年ちまちまと聴いてきた井上陽水のオリジナルアルバムをもうすぐ全て聴き終わる(カバー・コラボ除く)ので1枚ずつ紹介していこうと思います。

初回は今から50年ほど前の1972年にリリースされた、デビューアルバムである本作。
ギター、ベース、ドラムという編成を主としたロックアレンジの曲が多く、1970年に解散したビートルズの影響も感じますが、一方で現代の若者からするとちょっとやっぱフォークソングっぽく聴こえてしまうところもあります。
とはいえ、今聴けばそれもまた新鮮だし、まぁとにかくメロディも歌詞も歌もアレンジも良いので多少の古さは感じつつも普通に好きです。
というか、私世代からするともう井上陽水って生まれた時からあの感じの怪しいおじさんだったので、この頃のクセが少なくナイーブな歌声を聴いてびっくりしましたね。これがどんどんクセツヨになっていくのが井上陽水の半世紀の歩み......。
歌詞の面では、これも後の井上陽水のイメージである「シュールな世界観」にはまだなっていなくて、わりと一つのお話として読めるような歌詞が多いです。
とはいえ、その中にある突き放したような視線だったりモチーフの切り取り方だったり言葉選びのセンスだったりは流石に非凡なものがありますよね。
また、アルバムタイトル『断絶』がアルバム全体を通してなんとなくのキーワードになっていて、世代間、恋人同士、社会と自分などの"断絶"が全編を通して歌われていきます。
特に冒頭の「あこがれ」「断絶」とラストの「傘がない」にそれが顕著で、コンセプトアルバムとまでは言わないけど、全体通して一つの作品として作られています。
個人的には70年代後半〜80年代の陽水が特に好きなのですが、本作は初期のアルバムの中では1番好きかなと思います。
以下各曲の感想です。


1.あこがれ

オルゴールみたいな音が結構長いこと続いて、これは歌のないイントロダクション的なやつなのかなと思い始めたところで歌い出します。
爪弾くようなってかもはや息絶えそうなか細いピアノと同じくか細いギターと陰気なベースによる辛気臭くやるせない感じの音。今聴くと新鮮っすね。

男は強く すべてを悟り
女は弱く何かにすがり
正義の為に戦う男
無口でいつもほほえむ女
これが男と女なら
私もつい、あこがれてしまう

絵に描いたような男らしさ、女らしさを一歩引いた視点から見つめつつ、それにあこがれてしまうと歌う歌詞。
親世代に規定された男女のロールに沿えない自分への否定の意識がありつつ、「つい」というところに裏返しの軽蔑してるような皮肉をも感じつつ、そういう単純な価値観でもって生きられることを本当に羨ましく思ってもいる......ようなニュアンスを、50年後の今の私は感じます。少なくともこの時代にはすでに性別役割分業への疑問みたいな感覚もあったんかというのは勉強になります。
吹き消されるような歌の終わり方が、あこがれの淡さを表しているようでなんとも言えぬ余韻が残ります。


2.断絶

前の曲の辛気臭さから一転して激しいフォークギターのストロークに乗せてヤケクソに叫ぶ感じに歌う勢いのある曲。まぁでもやっぱ暗いんすけど。
「しているように見たああおぁぁぁぁ!!」のところとかどっから声出しとんねんって感じで最高。
あとアウトロの擦り切れていくような終わり方も良いっすね。
なんせもう、

夜中にデイトした 近くの公園で

の「デイト!」のインパクからしてぶん殴られちゃいます。
夜中にカノジョとデイトしてたらカノジョのオヤジが来てなんか難癖つけてきたみたいな歌で、婚前交渉しない方がおかしい現代においては隔世の感があるというか、公園でデイトするくらい許したれよ......と普通に思ってしまいます。
しかしパパが気弱な声で娘のカレシにも敬語使ってるのもなんか可哀想に思えてくる......。


3.もしも明日が晴れなら

また一転してこれはこれで薄気味の悪いくらい優しい歌声で宥めるように歌うバラード。
明日が風だったら、雨だったら、晴れだったらという3パターンを1番から3番までで繰り返す構成ですが、だんだん盛り上がって特に3番のタイトルコールのところのドラムの入り方がめちゃカッコいいのでここが聴きたくて飽きずに聴けてしまいます。
歌詞はシンプルなラブソングでお天気が風だろうが雨だろうが晴れだろうが好きだよ💕いやん💕みたいなしょーもない惚気です。


4.感謝知らずの女

ビートルズのアイソウハーみたいにワントゥースリーのカウントから始まるロック調で勢いのある曲。イントロや間奏のギターのリフとジャズっぽい楽しいピアノがかっこいい。
僕がどんなにあなたに愛やモノを捧げてもあなたは感謝知らず......という情けないラブソングで、

ありがとうと一言
なぜいえないのかなぁー

というボヤキ(まじボヤキとしか言いようがない歌い方なのよね)が最高に面白いです。


5.小さな手

美しくギターのアルペジオと共に囁くように儚い声で歌われるフォークっぽいバラード。
しかし辛気臭いと思っていると間奏でサックス?が入ってきてアダルトなジャズに超展開してめちゃくちゃカッコいいです。この組み合わせは予想外。

小さな手を見て思わず笑う私
小さなこの手で生きてた事を笑う

女性視点で、自らの小さな手を眺め、そこからこぼれ落ちていくようなままならない人生を思う歌詞。

この手がすべてをなくしたように
私もすべてをなくしてゆくのね
小さな手

これだけで詩になってしまうのが凄い。


6.人生が二度あれば

A面の最後の曲。
静かに、悲しげな声で歌われるのは、年老いた両親の仕事や育児に追われてそれだけのために生きてきた人生について。かれらの60幾年の人生は何だったのか......。
それを憐れむような、取り返しが効かないことに憤るような、あるいは自らの将来をも悲観するような、微妙なニュアンスが込められていて、それがサビに当たるタイトルの

人生が二度あれば この人生が二度あれば

というフレーズで暴発したように叫ぶのに魂を抉られます。
でもそれも若いが故の深刻な物思いであって当の本人たちは別にそこまで深刻に考えてはいなさそうな気もしなくもないし、余計なお世話っぽさもありますけど......。


7.愛は君

愛は空 愛は海 愛は鳥 愛は花
愛は星 愛は風 愛は僕 愛は君

リズミカルに畳み掛けるように「愛は〜」を列挙していく歌い出しに何か圧倒されるような気分にさえなります。

君の笑顔が僕は好きだよ
僕はとっても愛しているよ
君のその手にそっとふれたい
僕は君だけ愛しているよ

こんだけの歌詞ではあるんだけど、この曲のこの音に乗ることで真摯に響きます。
そんで間奏のオルガンと歪んだギターソロが超カッコいい。この間奏のおかげでただでさえシリアスなカッコ良さのある曲がさらに引き締まってて素晴らしい。好きです。


8.ハトが泣いている

タイトルの通りハトが泣いてるだけの歌なんだけど、

ハトはこの世界で生きていたけれど
涙 流して明日はないと
明日はないと 泣いている

とあるように、「鳴く」じゃなくて「泣く」で涙まで流しているのが切なくもどこかおかしみがあります。

ハトは地上に降りて少し歩いたけれど
車と人の流れを見つめ
おびえてふるえ 泣いている

というあたり、都会の忙しなさや冷たさにひるむ自分をハトに投影してる感じで、おかしみの中にも悲哀があるのが良い。


9.白い船

まさに船が出ていくような物哀しいコーラスによるイントロが印象的。
間奏の仰々しいベースと弦楽器の音がなんかめちゃくちゃ古臭い感じがして私世代からすると逆に新鮮。なんか、最強に雑なことを言うとおじいちゃんの家で流れてそう。
しかしメロディは最強に美しく物悲しく涙なしには聴けません。

港を出る白い大きな この船が
あなたを今つれてゆくのか この船が
一度見たら忘れられぬ
白い船が僕の人をのせている

白い船につれてゆかれるあなたというシンプルな情景描写で別れの悲しみを歌う歌詞もまた美しいです。
「僕の人」という表現がかえって「あなた」が僕のものではなくなっていくその瞬間を残酷なまでに痛感させ、僕の小ささと船(別れの運命)の大きさの対比も生んでいて凄い。


10.限りない欲望

限りないもの それが欲望
流れ行くもの それが欲望

メロの部分で幼少期、青年期、そして死を想う時の欲望の限りなさについてを切々と皮肉に描写し、サビで「限りないものそれが欲望」と繰り返す、アルバムのクライマックスでもあるこの曲。
とにかく緩急が凄くて、サビでめちゃテンションあがっちゃいます。でも歌詞は諦念と絶望が滲んでるっていうギャップも良い。
あと、結婚の話する時に「キンコーン」ってウェディングベルが鳴るのも皮肉なユーモアで笑っちゃいます。
そんで最後のとこのベースの唸りがカッケェ。

君と僕が教会で結ばれて
指輪かわす君の指 その指が
なんだか僕は見飽きたようで いやになる

この「いやになる」という軽いような実感が籠ってるような微妙なニュアンスが言い得て妙ですよね。


11.家へお帰り

地底から響くようなドラムの音から始まる短い曲。

さあ 泣かないで 家へお帰り
夕焼けに サヨナラ言ってお帰り

泣いている子供を見かけ、家へお帰りと語りかける優しい歌。
歌声も、包み込むようなベースの音も、間奏の口笛も全てが優しく、そして寂しい。
歌が終わると1曲目のイントロに立ち返るように再びオルゴールの音が鳴り、最後の曲のイントロへと繋がります......。


12.傘がない

もたつくようなピアノの音から始まり、後期ビートルズの重くて暗めの曲(アイウォンチューとか)を思わせるどんよりしたベースと共に歌い出す、初期陽水の代表曲の一つ。

都会では 自殺する若者が増えている

という歌い出しにびっくりしていると、

だけども問題は今日の雨 傘がない

で2度びっくり。今ですら初めて聴いた時は衝撃だったので、当時聴いた人たちの衝撃たるや......。
当時の「シラケ世代」を象徴する曲とも言われるし、本人はそういうつもりではなかったとも言われてるみたいだけど、少なくとも令和の今の私が聴いてもやっぱりどこか分かる感覚があるので凄いです。
世の中のことより自分のことという自分中心主義の歌のようですが、

つめたい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は考えられなくなる
それはいい事だろう?

という問いかけからは逆に後ろめたさのニュアンスも感じます。
また、「雨」が「自殺する若者」「我が国の問題」を表していて、大人たちはそれらをただ情報として受け取ってもっともらしく議論してるけど、自分は無関心なわけじゃなくてむしろ敏感に不安を感じ取ってしまう(傘がなくて無防備)からこそ逃避として君のことしか考えられない、君しか見えない、と言うのではないか?とも思います。
ともあれ、これもまた社会や上世代との断絶を強く感じさせる曲で、アルバムの締めくくりに相応しい名曲です。