なんかちょっと嫌な気分であんまり新しい音楽を聴く気にならないので井上陽水の全アルバムレビューをやっていきます。
井上陽水の3枚目のアルバムにして、日本で初めてのミリオンヒットアルバムらしいです。マジかよ凄え。
しかし、本作は今聴くといい意味でそんなにキャッチーにも思えず、ホンマにこれがそんな売れたんかとびっくりします。
当時の世相と、本作の持つ暗さや虚さがピタッと合致したということですかね。
内容はというと、フォーク色が強かった前の2作に比べてややロック寄りになり、表題曲はファンクっぽさもあったりとアレンジの幅が広がり曲のバリエーションも増えて楽しいアルバムになってます。
ただ歌詞は夏の空気感が色濃かった前作と対照的に冬っぽい寒々しい曲が多いです。まぁ夏でも冬でもどっちにしろ暗いんだけど......。
個人的には次作あたりまではシングル曲や人気曲は良いけど他の曲はややパッとしない印象で、本作も正直いくつか印象の薄い曲があったりしますか、とはいえインパクトある曲も結構あって全体には印象強目のアルバムですね。
以下各曲感想。
1.あかずの踏切り
前の2枚のアルバムは1曲目が暗めの曲調だったのに対し、本作のこの曲は1曲目らしい軽快なロックナンバー。
勢いのあるドラムのフィルからはじまり、疾走感があって曲自体も短いので、まさに電車が駆け抜けていくような印象の曲。
アレンジもバンドサウンドを基調にしつつピアノやコーラスが入っててゴージャスでPOPなサウンド。
ただ、歌詞を見ると、駆け抜ける電車ではなく、それをあかずの踏切の前で見送る僕が主人公。
相変らず僕は待っている 踏切りがあくのを待っている 極彩色の色どりで 次々と電車がかけぬけてゆく ここはあかずの踏切り
生まれる20年以上前の作品なので世相は分からんけど、凄い速さで変わりゆく世の中に乗っかることもしたくなくてただ眺めているような閉塞感が曲調とのギャップでより印象に残ります。
2.はじまり
前の曲と繋がる形で始まり、次の曲に繋がる形で終わる40秒の短い曲。駆け抜けるような前の曲にブレーキをかけてバラードである次の曲に繋ぐ橋渡しの曲でありつつ、映画で最初にちょっとクライマックス的なシーンが流れてからタイトルバックが出る時のタイトルバックみたいな立ち位置のオープニング曲でもあります。
Ah〜Uh〜という最初のコーラスが綺麗。
3.帰れない二人
3曲目にして個人的に陽水の曲でもトップクラスに好きなキラーチューン。
前の曲から流れるように始まる、アコギとシンセが奏でる美しいイントロからして、すでに耳を釘付けにされますよね。美しさ5割、暖かさ3割、切なさ2割くらいの配分の清々しく儚いバラードです。
しゃらら〜んっていうハープっぽい音とか、ドラムのシンバルの音とかが星の瞬きのような煌めきを放っていて綺麗。静かなヴァースからサビでやや盛り上がって、間奏で一気にめちゃくちゃドラマチックになってそこからは盛り上がったままフェードアウトしていく構成も良い。
そして、歌詞は忌野清志郎が書いているらしくてそれも凄え。
「僕は君を」と 言いかけた時 街の 灯が消えました
もう 星は 帰ろうとしてる 帰れない二人を残して
タイトルを回収するサビのこのフレーズだけでもう最高っすよね。もうすぐ明けそうな夜に2人ただ外で帰れずにいる、それだけの光景を描いたシンプルな歌詞だけど、情景がまざまざと浮かんでくるようでめちゃくちゃエモいっすよね。
別に物理的に帰れないわけじゃないのに、「帰らない」んじゃなくて「帰れない」なのが超分かる。恋が始まりの、しかし既に終わりが目の端にチラついているような時を思い出して切なくなります。
あと、陽水と清志郎の共作ということを知ると、この歌詞もブロマンス的な読み方も出来る気がしてそれはそれで良い。
4.チエちゃん
超名曲と表題曲の間にある、悪く言えば繋ぎみたいな曲ですが、穏やかさの裏に寂しさや不穏さが潜んでいるようななんとも言えん不思議さがあって改めて聴くとなかなか良い曲ですね。
ひまわり模様の飛行機にのり 夏の日にあの娘は行ってしまった
歌詞も海外へ行ってしまった女の子への惜別のようなエールのような感じで、チエちゃんにはっきり恋してるわけじゃないけどただの友達じゃないくらいの距離感が絶妙で良さがあります。
5.氷の世界
井上陽水をちゃんと聴き始めた頃に、「はじめての井上陽水」みたいなプレイリストで聴いて度肝を抜かれた曲のひとつ。
ギターとベースとキーボード(?)がユニゾンする上に吹雪のようなコーラスの入るイントロからしてかなりインパクトが強い。
ファンクっぽいアレンジでWikipediaを見るとスティーヴィー・ワンダーの「スーパースティション」の影響を受けてるらしいんだけど、確かにそんな感じはしつついい意味でもっと猥雑で畳臭い感じもあるカオスな雰囲気。サビの「毎日吹雪吹雪氷の世界〜!」のやけっぱちみたいなヘンテコさとか、間奏の狂ったようなハーモニカとかゴテゴテした過剰なアレンジが最高。
歌詞の面でも陽水のシュール路線が確立された記念碑的な曲です。
窓の外ではリンゴ売り 声をからしてリンゴ売り きっと誰かがふざけて リンゴ売りのまねをしているだけなんだろう
という歌い出しからしてやはり度肝を抜かれました。まねをしているだけ??なんでそんなこと分かるん??みたいな、突っ込んだらいいのか何なのか分からん戸惑い。
誰か指切りしようよ 僕と指切りしようよ 軽い嘘でもいいから今日は一日はりつめた気持でいたい
人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな だけどできない理由はやっぱりただ自分が恐いだけなんだな
しかしシュールな中にも弛緩した倦怠感や諦念のようなものを滲ませるフレーズがあり、最後に
ふるえているのは寒さのせいだろ 恐いんじゃないネ 毎日 吹雪 吹雪 氷の世界
と、逆説的に恐さで震えている様が歌われることで狂騒的な曲の中に潜む孤独や恐れがジワジワと迫ってきて、なんともやるせない気持ちになります。
6.白い一日
「氷の世界」の狂騒の後で、ここから何曲か、これまでのアルバムのような陰気なフォークソングのエリアに入ります。
「まっ白な陶磁器を〜」という歌い出しから侘しさ溢れて印象的。
カンケーないけど、筋肉少女帯の「パララックスの視差」という曲ではこの曲の歌い出しをオーケンが聴き間違えていたことから、「真っ白な掃除機を眺めてる二人」という歌詞があって笑いました。
ほぼアコギ弾き語りみたいな雰囲気だけど、最後の方とかでバイオリンが入ってるのが緊張感を加えています。
歌詞は小椋佳が作詞しているらしいです(というか元々小椋佳の曲なのかな)。
まっ白な陶磁器を ながめては 飽きもせず かといって触れもせず そんなふうに 君のまわりで 僕の一日が 過ぎてゆく
眺めているだけで触れられない君との距離が切ない。
ある日 踏切りの向こうに君がいて 通り過ぎる汽車を待つ 遮断機が上り ふり向いた君は もう大人の顔をしてるだろう
そして、そうこうしているうちに君は大人の顔になって去っていってしまう......。
ここんとこの状況が若干分かりづらかったんですが、踏切の前でこっちを向いていた君が振り向いて向こうへいってしまう(僕からは顔は見えないけどきっと大人の顔をしている"だろう")ということですかね?
「まっ白」なのが強烈な虚しさと潔癖な2人の関係とを同時に暗示していてつらい。
7.自己嫌悪
ハーモニカ?の何とも物悲しい音色のイントロから始まるこの曲。三拍子なのもまた物悲しさを強めてます。静かで暗い印象がありますが、よく聴くとピアノやバイオリンも入ってて、特に後半からはそういうアレンジが入ってきて聴きどころが多い。
めくらの男は静かに見てる 自分の似顔絵 描いてもらって 似てるとひとことつぶやいている あなたの目と目よ 涙でにじめ
歌い出しのこの歌詞に差別用語が含まれているため一時はこの曲だけ自主規制で削除された状態でCDが出ていたらしいですが、今はサブスクでもCDでもちゃんと収録されてて聴けます。
こういうフレーズが4回続くだけでサビとかもない、ある種単調な構成の曲ですが、それがまた暗さを際立たせていて良いですね......。
めくらの男、病いの男、眠れぬ男、歌えぬ男を眺めて描かれる歌詞はどれも絶望的な物悲しさがあり、それをただ見つめて歌っているだけの自分への自己嫌悪なのか、それとも彼らが自分の心象を表した存在なのか......よう分からんけど、いずれにしろ「自己嫌悪」というなかなか強いタイトルに負けない強烈な歌詞ですよね......。
8.心もよう
デデデーン!という大仰な音から始まるバラードで、物悲しいんだけどフォークというよりはもはや演歌みたいな世界。
ヴァースの部分では静かなギターとベースの後で鳴っている寒々しいシンセの音が印象的。サビではピアノの音も入ってきたりバンドサウンドもまた大仰な感じになって、ある種自己陶酔的な悲劇性を感じる曲です。
遠距離恋愛なのか、遠くに住むあなたに手紙を書くという歌詞ですが、手紙を書きながらも既に2人の関係が終わっていることを知っている......という強烈な諦念の感じられる内容。
さみしさのつれづれに手紙を したためています あなたに 黒いインクがきれいでしょう 青いびんせんが悲しいでしょう?!
この「?!」のやけっぱち感みたいなのが凄え。
あなたにとって見飽きた文字が 季節の中でうもれてしまう
遠くで暮らす事が二人に良くないのは わかっていました
と、暮らす場所の遠さが心の距離の遠さになってしまったことを暗示しながら、最後のサビでは
あざやか色の春はかげろう まぶしい夏の光は強く秋風の後 雪が追いかけ 季節はめぐり あなたを変える
と、時が無常/無情にもあなたを変えてしまったことが美しい四季の描写によって描き出されるのがなかなかエグいっすよね。
9.待ちぼうけ
辛気臭い曲コーナーからガラッと雰囲気を変えて軽快な雰囲気の、でもその中に切なさもある曲。
Aメロの歌が、タタタ、タタタ、タタタ、タータター(いつも、ぼくは、きみを、まーてるー)というリズムなのが楽しいっす。
遠くから響いてくるような不思議なコーラスも良い。
歌詞は君を待ちながらも結局君は現れずに待ちぼうけるというもので、この何かを待ちつつ家から出ずにいる感じは「あかずの踏切」や「氷の世界」にも通じる気がします。
少しドアを開けてみたら 誰か「こんにちわ」と言った だけどそれは隣の住人 さようならとドアを閉めた
この塩対応には笑うけど、誰かを待ちながらもこうして心を閉ざしている様は息苦しくもあります。
10.桜三月散歩道
そしてこれはまたフォーク調の曲。物悲しいアコギのイントロが美しくも不穏さを漂わせ、歌声もちょっとボヤッとしてて不気味さを感じさせます。
サビはリズム隊が前面に出てきて、ギターも激しくなりロックっぽくなってかっこいい。
途中で語りが入ってるのもちょっと珍しくて良いっすね。なんせ声が特徴的なので語りも映えますよね。
あと、ラスサビではバイオリンが強めに入っててドラマチックに終わるのも良い。
作詞は漫画家の長谷邦夫さんによるものらしいですが、田舎への憧憬や穏やかな狂気は陽水っぽさを感じます。
タイトルが頭韻を踏みながら、「さくら・さんがつ・さんぽみち」と1文字ずつ増えていくのもリズミカルで言いたくなるタイトルっすね。
ねえ 君二人でどこへ行こうと勝手なんだが 川のある土地へ行きたいと思っていたのさ
歌詞の内容は、街への忌避と三月に咲く狂った桜の光景。郷愁を歌った歌のようでもあり、環境破壊や経済成長への不安を狂った桜に託しているようにも聴こえますね。
11.Fun
前の曲の狂気的な雰囲気を和らげるような穏やかな曲。
結構バイオリンやピアノの主張が強いんだけど、そのわりに大仰な感じにはならず、良い意味で小さな曲というイメージがあります。
歌詞も他愛ないと言えば他愛ない、恋に敗れた「君」へのエールのような歌です。
明日が天気になると 今日の事が 想い出のひとつになり 君は笑うかな?
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五月雨 夕立 時雨
みんなぬらしてゆくけれど
いつかそれも乾くのを
君はまだ知らないのかな?