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スピッツ『ハチミツ』今更感想


大ヒットしたシングル「ロビンソン」「涙がキラリ⭐︎」を収録した、1995年リリースのスピッツ最大のヒットアルバム。

ハチミツ

ハチミツ

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前作『空の飛び方』は売れようとして突き抜けられなかったようなところがありますが、本作はポップでキャッチーに振り切って、しかしスピッツの昏い魅力も随所に覗かせ、スピッツで最も有名な曲の一つ「ロビンソン」から、ファン人気がトップクラスに高い名曲「愛のことば」まで収録されています。

本作のリリースは阪神淡路大震災地下鉄サリン事件のあった1995年。「愛のことば」は「命」をテーマにしたこれまでになく深刻な曲だし、「Y」は喪失の中から希望を見出すような曲で、これまで世の中と隔絶したところにいたスピッツも本作では世相を反映したかのような曲を作っています。
思えば9.11の時の「ハネモノ」や3.11の時の『小さな生き物』、コロナ禍における「紫の夜を越えて」など、スピッツは世の中の悲しい出来事に寄り添うような歌も作り続けているので、本作がその始まりだと言えるかもしれません。

まぁともあれ、スピッツディスコグラフィの中でも特別な位置を占める名盤です。




1.ハチミツ

いきなりタイトルチューン、いきなりキラーチューン。
短くも印象的なギターフレーズのイントロから、Aメロも短く30秒も経たないうちにサビが来ちゃう。
ほぼ3分ちょうど、長めのアウトロを抜いたら2分半くらいの中にA→サビ→A→サビ→間奏→大サビと、歌の部分の大半がサビっていう、今のサブスク時代のヒット法則に則っているような構成になっています。
そんな構成自体がキャッチーですが、メロディ、そして「素敵な恋人ハチミツ溶かしてゆく」という歌詞のフレーズも含めて全てがキャッチー。
PVも(かなりキモいけど)ポップで、同時代の渋谷系の雰囲気も感じます(詳しくないから知らんけど)。
6枚目のアルバムにしていよいよ最強の名盤が登場することを1曲目から報せてくれます。
ちなみに、『ハチミツとクローバー』のハチミツ部分はこの曲が由来らしいです。

歌詞は、めっちゃ明るいですね。
スピッツの特に初期の歌詞といえばネガティヴ、陰気、根暗、非リア、ストーカー、オタク、キモい、などの形容しか思いつかないようなものでしたが、前作あたりでもだんだん妄想から覚めて現実を見だしたような曲も出てきて、ついにただのリア充みたいな歌詞になりましたね。
童貞期間が長かったけど初めて彼女が出来てIQが30くらい下がったような歌で、ここまで浮かれてると「どうせすぐ別れるぜ」と意地悪言いたくなるくらい浮かれトンチキな歌詞ですよね。

一人空しくビスケットの しけってる日々を経て
出会った君が初めての 心さらけ出せる
素敵な恋人 ハチミツ溶かしてゆく

非モテ表現も「ビスケットのしけってる日々」と、陰鬱さは薄めてポップな表現。
この「ビスケット」やタイトルの「ハチミツ」をはじめ、ガラクタ、ピーコートシャイ、子犬、蝶々結び、宝石と、カワイイを極めたワードチョイスがあざとい。
そう、なんか可愛こぶってるような「あざとさ」ってのがこれまでのスピッツにはない感覚で新鮮ですよね。

安心感のある「灯り」の場所まで、不安定な「綱渡り」で行くのがスピッツ流。このフレーズの後に長めのアウトロで、綱渡りしてるような不穏さをチラ見せしつつまた戻ってくるのが良いっすね。

私も初めて彼女が出来たと思った時はこんな感じでしたが結局別に付き合ってるぽいことをする間もなくフラれましたね。




2.涙がキラリ⭐︎

平成7年の7月7日に発売された「七夕ソング」。
売れてきてまずやることが「クリスマスソングへのアンチテーゼとして七夕ソングをヒットさせる」なのが草野マサムネ的でしかなくて笑っちゃいます。実際めちゃくちゃ売れたので良かったねぇと思います。 
小学生の頃は「タイトルに⭐︎なんて入れて良いのか......💢」と憤慨していましたが、この⭐︎も七夕を表しているのでしょう。

イントロのギターのフレーズが鮮烈ですが、全体には高めの位置のベースが曲を引っ張っている印象です。
間奏のない曲なのてギターの見せ場は少ないけどその分イントロのフレーズがアウトロでも繰り返されてより印象に焼き付きます。
サビ入りのドラムのフィルや、サビの「キュッとなる」のところの「バシャーン、バシャーン」っていう思い切ったシンバルの音がカッコいい。

あと、大サビの「かすかな光〜」はマジでどっから声出しとんねん以外の感想がない。カラオケで歌おうと思ったら1000オクターブくらい下げなきゃ無理。

歌詞はこれも「奥手の童貞がラッキーで気になるあの娘と夏祭りデートに行けちゃったぜ」的なやつ。
「ハチミツ」は少女趣味的なワードチョイスだったのに対し、こちらはコウモリ、カギ、ガイコツ、天使、幻、惑星と厨二感を強めてきてますね。
「ハチミツ」が大学生の話でこの曲は高校生くらいのイメージかなぁ。
「星を待っている二人」ともう明確にロマンチックな雰囲気に持ち込むことに成功しているくせに、

君の記憶の片隅に 居座ることを 今決めたから

本当はちょっと触りたい 南風やって来い

ってんだから、かつての自分を見ているようで「だあぁぁぁっ!!!」って言いたくなりますね!
カレシになりたいじゃなくて、記憶の片隅に居座りたい。抱きたいじゃなくて、ちょっと触りたい。しかも南風のせいにしなきゃ触れないという意気地なさ。
でも、実は付き合って別れて忘れられるよりも「記憶の片隅に居座る」方が難しいし崇高な感じがしますし、セックスしたいよりも「ちょっと触りたい」という気持ちの方が切実な気がします。

浴衣の袖のあたりから 漂う夏の景色

「君の浴衣姿が可愛い」を、こう言い回せるのが強いですよね。エロいのにエロく感じさせない。

2Bでは、

映し出された思い出は みな幻に変わってくのに

と無常観みたいなことを言っているけど、大サビに至って

二度と戻らない この時を 焼きつける

と、無常の虚しさを超えていく軽やかさが爽快。
これもやはりこれまでの陰気なスピッツから突き抜けたような曲っすね。




3.歩き出せ、クローバー

アルペジオとジャンジャンした音のツインギターのイントロがカッコよくはあるものの、スピッツの平均的な曲という感じがしなくもない......などと思っていると曲の構成がカッコいいし歌詞も新境地で、それだけで強烈な個性を放っています。

とりあえずAメロは普通なんですが、「戦闘機よりも〜」からのフレーズがBメロなんだけどサビっぽさがあってその後でタイトルのフレーズが本物の(?)サビとして来るのがかっちょええ。
さらに、2番ではサビに入るかと見せかけて同じメロディのギターソロが来てCメロっていうとこの流れがもう最高なんですよね。んで、このCメロの不穏なギターが最高。穏やかな曲調のわりに歌詞がシリアスなんだけど、この微妙に捻った構成が穏やかな中にも緊張感を生んでいて、歌詞に見合った曲になってると思います。

で、その歌詞はというと、「恋」というワードも直接出てきてパッと聴き恋の歌っぽいんだけど、その恋の向こうに「命」という言葉も見えて来るような感じで、2曲後の「愛のことば」にも通じるところがあります。
軽めの童貞っぽい曲が続いた後の3曲目にこれが来てこのアルバムの重厚な側面がチラ見えするのがセンス良いと思います。
恋や日常に対して、個人のレベルではどうすることもできない災厄の影を見せることで生きることを浮き彫りにするような内容。
「空」「入道雲」から漂う死の匂いは、これまでの曲のような青年期特有の抽象的な死への畏怖よりはもう少し切実に描かれている気がします。
とにかく何が起きているのか分かんない歌詞ではあるんだけど、書籍『スピッツ』に載ってたインタビューによると、この曲は『フォレスト・ガンプ』からインスピレーションを受けて書いたらしいです。
となると、この曲の語り手と「君」はフォレストとジェニーのように別々の道を歩むことに決めて、『歩き出せ、クローバー』というのは君への餞別のエールのようなもの......というレイヤー。そして、それとは別に世の中で起きている痛ましい出来事(フォレストガンプでのベトナム戦争と本作リリース時期の震災や事件を重ね合わせている)に触れて別れてもお互いそれぞれに生きていくことの尊さ......というレイヤーの二層から成っているように感じます。

だんだん解ってきたのさ
見えない場所で作られた波に
削りとられていく命が
混沌の色に 憧れ完全に違う形で
消えかけた 獣の道を歩いて行く

このフレーズはなんか当事者っぽい感じだし、君か僕のどちらかが死んでいるのか?という気もしますが......。
ともあれ、「見えない場所で作られた波に削り取られていく命」という歌詞が出てきたことで、(何様目線ですが)作詞のステージが一段上がったようにすら思います。


4.ルナルナ

シリアスな前曲から一転、ホーンが強調されてファンクやAORっぽい匂いのある曲。
前前作の『Crispy!』っぽいというか、「夏が終わる」と「裸のままで」のあいのこみたいな雰囲気があります。もちろんクオリティは『Crispy』の頃とはダンチですが。
夏のリゾート地の夕暮れのような非日常感と解放感とエロティックさがあって、でも実はリゾート風のラブホでした〜みたいな安っぽさもあるのが最高。
中学生の時には夏休みに旅行に行く時とかによく聴いてましたが、たまに幼いながらに何か卑猥なものを感じて気持ち悪くて聴けなくなったりとかした曲ですね。その点「ラズベリー」と同じカテゴリかも。

歌詞はかなり抽象的ですが、ざっくり言うとめっちゃイチャイチャしてる感じ!?
でも1行目からし

忘れられない小さな痛み 孤独の力で泳ぎきり

なので、フラれて一人で妄想してますみたいなキモさもある。
そう考えると、1番のAメロ終わりの

瞳のアナーキーねじれ出す時 君がいる

というところが妄想ゾーンの入り口で、そっからサビの

二人で絡まって 夢からこぼれても まだ飛べるよ
新しいときめきを丸ごと盗むまで ルナルナ

に入って行く......という構成ですね。
2番には「羊の夜をビールで洗う」ともあるので、ヤケ酒飲んでいやらしい妄想に耽っているみたいな。
あとはもう全体の意味合いとかよりも各フレーズが単体でめちゃくちゃいいってとこですよね。

特に好きなのが、

不思議な出来事は 君へと続いてる ルナルナ

よく分かんないのになんかめちゃくちゃ分かるっていう。
「不思議」というワードはそれこそ「不思議」というタイトルの曲があったり「1987→」の歌詞にも出てきたりと、近年に至るまでスピッツの歌詞のキーワードとなってる言葉ですよね。
面白いでも美しいでもなく「不思議」が最上級の特別さを表す語彙であることに草野の非凡さを感じます。




5.愛のことば

この曲はもう、好きすぎて何を書けばいいのか分かんねえっす。そして、ファンは全員この曲のことが好きすぎるはず!
ロビンソンが表の人気ベスト1ならこの曲は裏ベスト1だと思っていて、それがどっちも入ってるのがこのアルバムの凄み。

歌詞の世界観が頭にあるから余計にそう思うのかもしれませんが、不穏さと緊張感と哀しみとが入り混ざった空気感はスピッツ全曲の中でも特異な立ち位置にあると思います。
イントロからして、スピッツらしい美しいアルペジオのメロディに、遠くでなっているような茫漠としたシンセの音が虚無感を運び込み、切り裂くようなエレキギターの音が不穏さを掻き立てます。
歌い出すと同時に耳障りなほどに金属的なギターのカッティングがさらに緊張感を引き立てます。

歌詞はスピッツの曲でも特に抽象度が高いですが、ざっくり言うと大きな虚無感や喪失感に包まれながらも、「愛のことば」を探し続けて生きて行くしかない......というような雰囲気。
この曲の歌詞を言葉で説明するのが難しい、ということがそのまま「愛のことば」を探すことの難しさを表しているようにも思います。

限りある未来を搾り取る日々から
脱け出そうと誘った 君の目に映る海

歌い出しからもういつになく深刻で生々しい現実感のあるフレーズ。
「海」が死の象徴とするならば「抜け出」す方法は......。

昔あった国の映画で一度観たような道を行く

この映画というのは『誓いの休暇』というソ連の映画のことだそうです。

優しい空の色いつも通り彼らの
青い血に染まったなんとなく薄い空

この辺もよう分からんけど、平和なこの場所で見る優しい空と繋がったどこかの空の下ではいつも誰かの血が流れている、みたいなことかしら。

今 煙の中で溶け合いながら探しつづける 愛のことば
傷つくこともなめあうことも包みこまれる 愛のことば

「煙」というのは戦場の爆煙や砂埃のイメージにも、心理的な暗喩のようにも聞こえますが、いずれにせよ深刻な状況にあって本当にあるのかどうかもわからない愛のことばを探す悲壮さが強烈な印象を残す素晴らしいサビっすね。


6.トンガリ'95


タイトルの通りトゲトゲしたサウンドの元気で攻撃的な曲。
この曲自体は好きなんですけど、正直に言うと「愛のことば」が好きすぎて、その余韻をぶち壊すように明るいこの曲が始まるとちょっと疎ましく感じてしまいます。
とはいえ良い曲。
イントロのリフからしてジャカジャカしてるのにカッコいいではなく「可愛い!」と思ってしまう不思議なゆるさがあり、その可愛さが歌詞の情けなさやサビの「とがっ」あたりの可愛い高音となって最後まで続きます。
普通にかっけえと感じるのは2サビ終わりのコーラスのパートから間奏にかけてのギターなんだけど、これが超かっけえから堪らんよね。

歌詞はよう分からんけど、なんか多分オナニーの歌。
「壊れかけのサイボーグを磨きながら」とか言ってる時点でそう。
プラスチック、カバー、フライデー、ビーム、テープ、サイボーグと、出てくるカタカナ語が絶妙にチャチいチョイスで空元気っぽい虚しい楽しさがありますね。
君(俺)は今誰よりもとがっている、というサビはCDで聴くと強がってる感じだけどライブだと本当にスピッツも観客の俺たちもとがっている感じがして映える曲ですね。



7.あじさい通り

前の曲が「ジャっ!」と歯切れ良く終わったとこから、どこかアンニュイでシンセの音も印象的なこの曲のイントロが急に始まってガラッと雰囲気変わる繋ぎが好きです。
この曲はとにかくうだうだしたベースラインがめちゃくちゃ良いんすよね。ベースだけでなんか切ないの。
そしてギターはポリスの「ロクサーヌ」みたいに「ジャッ、ジャッ」と歯切れの良いリズムを刻んでてこれも良い。
全体になんか歌謡曲っぽさが強くて(タイトルもぽいし)、何かは知らないけどなんかレトロなコロコロコロ......って音の楽器とかも入ってて凄え歌謡曲っぽい。

歌詞もまた絶妙に歌謡曲っぽさとスピッツらしさが同居してて、「サンシャイン」とかにも近い気がします。

雨 降り続くよあじさい通りを
カサささずに上向いて 走ってく

いきなり映画のワンシーンみたいな歌詞なのが新鮮な気がします。これまでの歌詞は映像的でも実験映画みたいな感じだったので。
カサがカタカナ表記なのは知らなかった。正直漢字のがかっこいい気がするけど、「カサ」はただ傘のことじゃなく比喩的な表現ということかしら?

いつも 笑われてるさえない毎日
でも あの娘だけは 光の粒を
ちょっとわけてくれた 明日の窓で

周りからバカにされる中であの娘だけが優しくしてくれたらそりゃ好きになるさ!という感じだけど、それを「光の粒をちょっとわける」と表現するのが美しすぎます。

だから この雨あがれあの娘の頬を照らせ ほら 涙の数など忘れて
変わらぬ時の流れ はみ出すために切り裂いて 今を手に入れる

この辺もオーソドックスな歌謡曲っぽいとうか、まぁ普通っぽいんだけどそれでも「はみ出すために切り裂いて」とかはスピッツ節だし、変わらぬ時の流れをはみ出すことで今を手に入れるという表現もなるほどと思わされます。
あの娘への恋によって冴えない毎日からはみ出す、切り裂くという強さが良い。
しかし、あの娘が光の粒を「分けてくれた」という部分だけ明確に過去形になっている点や「名も無い街で一人」というところから、「あの娘」とはもう会えない状況にあるらしいことも伝わってきてめちゃくちゃ切ない歌でもあるんですよね。
切ないんだけど、決意の歌でもある。あの娘のことを歌いながらも「今を手に入れる」と、過去に囚われようとしないところが美しいですよね。



8.ロビンソン

正真正銘の神曲
スピッツ御三家の一つですが、この曲だけは、手放しでただただ好きです。
今さら別に語ることもないような名曲ですけどそれを言っちゃあおしまいなのでなんか書きます。

まずイントロがやっぱ良すぎるですよね。ガンズンローゼズのスイートチャイルドなんとかって曲を湿気の多い日本の空気の中で鳴らすとこうなるのか、みたいなオマージュ。普通に日本でイントロカッコいい曲ベスト10に入ると思う。
切なさとやるせなさだけ詰め込んだような、暗いというよりは空虚な香りのする曲で、その虚ろさのおかげで何千回聴いても飽きないんだと思います。

歌詞についてももはや特に言うことはないんだけど、例えば冒頭の「新しい季節は」だけでもう春夏秋冬のどの季節なのか4通りの読み方が出来るわけで......。
というのも私は小学生の頃から直感的にこの曲を夏の終わり(新しい季節=秋)の歌だと思い込んでいたんですが、誰かが春の歌だと言ってるのを見て「あ、秋の歌とは限らないのか」と目から鱗が落ちたんですよね。
今更ながらこの時期のスピッツの歌詞ってそういう聴く側が勝手に思い込める余白がたっぷりあって、代表曲で出世曲のロビンソンにも歌い出しからそういう魅力が詰まってんなぁ、と改めて思った。

しかしスピッツの曲にしては「河原の道」とか「交差点」といった現実的なロケーションが歌われているのでどこか歌謡曲とかフォークソングみたいなノスタルジックは切なさもあって、そんなありふれた日常の風景から「ルララ宇宙の風に乗る」への飛距離によってそれが幻想的な切なさへと変わっていくところがめちゃくちゃ良いんですよね。
「誰も触れない二人だけの国」だけだともう頭沸騰してるベタ甘ラブソングのようにも聴こえるんだけど、

待ちぶせた夢のほとり 驚いた君の瞳
そして僕ら今ここで 生まれ変わるよ

で一気に死の匂いが立ち上ってくるのが怖すぎる。
しかし、後追いとか心中とかの歌だと言われがちですが、猫が片隅に捨てられても呼吸をやめていないのでこの歌の主人公も生きることをやめられないまま夢でだけここにはいない君に会っている......みたいな感じにも受け取れる気がしています。
いずれにしろ、とてつもない切なさの中に、だからこその甘美さがあるハイパー最強名曲っすわ。




9.Y

そんな超名曲ロビンソンの次にあってこのアルバムの中でも特異な存在感を放つ隠れた名曲がこちら。
歌始まりのこの曲はヴァースの部分は物悲しく陰気なギターのアルペジオに乗せて切なげな声で歌われていくお葬式みたいな感じなんだけど、そこからサビでトンネルを抜けて光が見えるように暖かみや優しさに溢れたサウンドやメロディに転じるのが圧巻。間奏などでクラリネットファゴットオーボエ(クレジットによれば多分それ)といった木管楽器が入っているのがまた暖かい音色。

歌詞はよく分からないんだけど私は僕が死んでいて、これからも生きていく君を見守っている「雪風」みたいな状況をイメージしてます。
「ボロボロの約束胸に抱いて」→「愚かな言葉を誇れるように」とか、「目を伏せないで」→「まだ歌っていけるかい?」みたいな。

小さな声で僕を呼ぶ闇へと手を伸ばす
静かで 長い夜

これがなんかもう死の呼び声に魅入られてしまった感じっすよねたぶん。
それに対して、

やがて君は鳥になる ボロボロの約束 胸に抱いて
悲しいこともある だけど夢は続く 目をふせないで
舞い降りる 夜明けまで

これが僕が越えられなかった夜を明かしてほしいというエールなのかな、と思って。
エールと書いて気づいたけど、タイトルの「Y」もyellの意味もあるのかもしれないですね。私は2人の道が分かれていく形を表している(Y字路みたいな)んだと思ってたけど、ダブルミーニング的に。

強がるポ-ズがよく似てた二人は
弾き合い その後引き合った

こことかマサムネ節でいいっすよね。

あと、直接的には描かれてはいないけど、リリース当時の大きな惨劇が重なった世相を表してヴァースの暗い部分が鎮魂歌、サビの暖かさが復興への希望を表しているようにも思えて、「愛のことば」と並んで後の社会的な問題意識をさりげな〜く入れ込む作風に繋がる曲なような気もしています。気のせいかもしれんけど。




10.グラスホッパー

これもめちゃ好きな曲なんだけど「Y」の余韻の後だとちょっとうるさく感じてしまう......。
デーン!デッデーン!(みょ〜〜ん)っていうイントロからして強制的にテンションぶち上げられるロックチューンで、超カッコいいんだけどなんかカッコつけすぎててちょっとダサくなってる感じがたまらなく良い。
サビは気持ち良すぎてまさにグラスホッパーのようにホップしちゃう跳ねちゃう。
Bメロのギターが最高なんすよね。あと最後の「疲れも知らずに」でもう一回サビを繰り返すとことかもすげえアガる。
ちなみにアジカンが原曲に忠実にカバーしてて、なのにめちゃアジカンの曲になっててそっちも好きです。

歌詞は「ハチミツ」で初めて出来た彼女とドキドキ初体験みたいな、続編的な歌ですね!(?)。

こっそり二人 裸で跳ねる
明日はきっとアレに届いてる
バッチリ二人 裸で跳ねる
明日はきっとアレに届いてる 輝く虫のように

もう完全にやってますもんね。
アレというのが絶頂のことなのか向上心的なことなのかは知らんけど、とにかく明日はきっとアレに届いてると明日を明るく肯定してしまうくらい浮かれてる様子が感じられて微笑しいです。




11.君と暮らせたら

最後の曲ですが、軽快で爽やかな曲調はアルバムの2、3曲目に入ってそうな感じ。
穏やかな中にもどこか切なさがある素敵なメロディ。
そして、1番2番間奏サビと来た後で急にメロディが変わってそのまま終わるという歪な構成が面白いです。この構成は歌詞の内容と関わってくるので後述しますが、ここがあることでアルバムの最後に相応しい余韻の残る曲になってるのがさすがっす。

さて、歌詞ですが、1番2番ではさまざまな表現を駆使してタイトルにある「君と暮らせたら」という願望を描き出していきます。
「〜ような」「〜そうな」という例示を重ねて君と暮らせたらどんなに素晴らしいかをあげつらっていく様は、それが現状とは異なっていることも示唆していて素敵であればあるほど切なく悲しい......。
「可愛い年月を君と暮らせたら」なんて最高にエモいフレーズをどうやって書けるんだ......。

そして、最後の曲調が変わるシークエンスの歌詞が、

十五の頃の スキだらけの 僕に笑われて
今日も眠りの世界へと すべり落ちていく

というもの。
夢オチ、というか、眠る前の妄想オチになっているのがなんとも切ないような情けないようなやるせないような終わり方が最高......。
最初の「緑のトンネル抜けて朝の光に洗われるような」という歌詞と眠りの世界へが円環構造のようになっているのも毎日毎日妄想して眠っているんだろうなという悲しさを仄めかしていて上手いっす......。