偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小田雅久仁『残月記』感想

本棚探偵さんにて。

寡作な著者の3冊目の著書。
短編2編と中編の表題作からなる変則的な作品集。
各話に内容のリンクはないものの、「月」をテーマにしたSF要素のあるファンタジーで、月によって人生を奪われたり狂わされたりする話というのが共通しています。
常にシリアスなトーンで硬めの文章で内容も重たいので読むのにかなり疲れたんですけど、その分強く印象に残る一冊でした。特に表題作が物凄かったです。

以下各話感想。



「そして月がふりかえる」

妻と2人の子供を持ち、テレビ出演などで名声もある大学教授の大槻。ある夜、家族で訪れたレストランで、満月が振り返るのを見てしまう。その瞬間、彼の人生はタクシードライバーをしているもう1人の大槻のものと入れ替わってしまう。

仕事での成功も、愛する家族も、人生を全て一瞬にして奪われてしまう......否、自分以外の人たちにとってはそれが元よりある世界で奪ったとか忘れたとかいう感覚すらない......。
他人と人生が入れ替わるというありきたりにも思えるような題材ではありますが、硬質な文章で淡々と強烈な孤独が描かれるので思わず我が身に引き寄せて読んでしまう生々しさがあります。派手な展開は一切ないのに常に胸を締め付けるような苦しさがあり、クライマックスもただ会話するだけなのに緊張感があってとても良かったです。
ただ、ラストが微妙で、良い話だとは思うんだけど、なんか急に打ち切り漫画っぽいエンディングになってそれまでの雰囲気との落差でちょっとダサく感じてしまいました。



「月景石」

主人公の幼少期に若くして亡くなった叔母が遺した"月景石"。大人になり、アパートの隣室に叔母に似た少女を見つけたことをきっかけに、叔母が言っていた通り月景石を枕の下に入れて眠った主人公は、こことは違う世界の夢を見て......。

前話は奇妙な話という感じでしたが、こちらはがっつりファンタジー味が強い一編。
どう考えても別れた方がいいでしょそんな男!と思うような奴とズルズル付き合ってる生々しい現実パートとディストピア全開の月世界パートを行き来する落差が面白いんだけど、なんせ月世界が嫌な話すぎるし現実も別の意味で嫌な話なのであまりにも読んでいてしんどく、そもそもこういうファンタジーが苦手なのもあって正直あんまハマらなかったです。



「残月記」

性衝動や暴力衝動の亢進する明月期と、ダウナーになり3%の確率で死を迎える暗月期を繰り返す感染症「月昂」の流行する近未来の日本。時の独裁政権は月昂患者を療養所という名の監獄に収容しながら、影では明月期の月昂患者を戦わせる剣闘を行っていた。月昂に冒された彫り師の宇野冬芽は剣闘士となって同じく月昂患者の娼婦ルカと恋に落ちるが......。

表題作の本作は、「月昂」の設定はファンタジー寄りでありつつ、病気そのものの恐ろしさだけでなく、患者を排斥し、或いは見世物にする独裁政権の恐ろしさを描いた社会派SFでもあり、なにより悲しく美しいラブストーリーでもある非常に濃密な作品。これが中編の分量で読めるのは贅沢かも。
事実上の独裁政権を敷くカリスマ首相や、その悪趣味から生まれた月昂者を戦わせる剣闘など、かなり極端な設定でありながらもその醜悪さが今の現実の延長線上に見えてしまい胸糞悪くなる恐るべき未来図。
そんな暗黒世界で、人並みの幸せどころか置かれた場所で辛うじて手に入りそうな幸せすらも大きな力で潰されてしまう様が悲しい。
そんな冬芽の人生が、月昂が治療可能な時代から回顧されていることも「時代が違えば......」というやるせなさを強めています。
また、宇野冬芽という男の一生を描きた物語でありつつ、月昂時代の架空日本史のような側面もあり、月昂にまつわる事件や文化などの細部がいちいち面白かったです。
そして、現実の過酷さに対抗するように幻想色を強めていく終盤の美しさは圧巻でした。あんなん泣くしかない......。