偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

辻村深月『朝が来る』感想


子供ができず、長く苦しい不妊治療の末に諦めに至った佐都子と清和の夫婦。しかし、テレビで「特別養子縁組」を知り、とある少女が産んだ子供を引き取ることになる。引き取った息子を朝斗と名付けて大切に育てていた夫婦だったが、ある日「子供を返してください」という電話が掛かってきて......。


特別養子縁組をテーマにした、映画化もされた長編。

『傲慢と善良』『盲目的な恋と友情』など私が読んだことのある辻村作品でもお馴染みの、前半と後半で視点を変えた二部構成の物語。またそれか!と思ってしまいつつもそれがめちゃくちゃ面白いんだからしょうがないよ。

前半は養子を引き取ることにした夫婦の物語。
冒頭、幼稚園での嫌な感じの出来事を描くことで子育ての大変さと息子への愛情を感じさせつつ、すっと物語に没入させる見事な導入。
そこからの不妊治療や養子縁組に至る過程の苦しさ、喜び、そして手に入れた幸せが今壊されようとしている理不尽さまで、ものすごい力でグイグイ読まされるのがいつものことながら凄い。
そして、後半では打って変わって中学生の幼い恋愛と、火を見るよりも明らかなその結末、そしてそこからの受難の人生が描かれていき、まさかあんだけ面白かった前半よりもさらにグイグイ読まされることになるとは......と驚かされます。
子供が出来ず養子を貰う夫婦、中学生で出産することになってしまう少女......どちらもありきたりで自分とは関係のない苦しみだと思ってしまいそうなところを、「その一つ一つにこれだけの苦しみがある」みたいな一文を突き付けてくるところに凄味があり、実際にその苦しみを描く解像度と分かりやすさもとんでもないためもはや他人事とは思えなくなってしまうのが凄い。
終盤、「あとページ数こんだけしかないのにこんな状況でちゃんと終わるの??」とメタ心配しちゃうところから、「朝が来る」というタイトルが沁みてくる完璧なエンディングまでのまさに怒涛の展開に、さらにラストスパートでグイグイ読まされる......。

しかし、登場人物たちに共感、というよりはもはや入り込むような感じで読まされる勢いや求心力がありつつ、それと裏腹に構成は計算し尽くされているのも凄かった。
冒頭であのくだりを描くことで一つの出来事への見方の違いのいわば例題のようになってて、そこから二部構成でそれを拡大してやってのけるのも凄いし、1箇所だけ子供視点が挿入されるところとか、終盤で二つの視点が合流するところのエモさとかも上手すぎる。ミステリとは言い難い作品ですが、こういう構成の上手さとかにミステリ作家としてのセンスを感じて嬉しくなります。

まぁそんな感じでめちゃくちゃ没入させられた傑作でした。