偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

梶龍雄『若きウェルテルの怪死』感想

トクマの特選、梶龍雄青春迷路ミステリコレクションの第2弾。


昭和9年、旧制二高生の堀分が寄宿先である考古学者の大平先生の邸宅で変死した。彼の死は自殺と判断されたが、堀分の死に違和感を抱いた友人の金谷は、はぐれ者の刑事と協力して事件の真相を探り......。

リア王密室に死す』に連なる旧制高校シリーズで、2度の大戦の間に当たる昭和9年が舞台。

堀分の死を皮切りに大平邸で次々に事件が起こっていき、その度に旧家の大平家が没落へ向かっていくという展開で、とにかく次々と色々なことが起きるので面白くてグイグイ読めちゃいます。
ミステリとしては、そんな風に複雑に絡み合った出来事たちがどう繋がるのか?というところが主眼。小技の連発みたいな感じなのでやや散漫な気もしてしまいますが、あれもこれも意味を持ってくる伏線の魔術師っぷりは流石で、大筋の予想は付いても細かいところで何度も驚かされました。

また、本作は昭和9年の青春を描いた小説としても見どころ満載。
右傾化してやがて戦争へと向かっていく日本の不穏な空気感は言いたかないけど現在にも通じるところがあり、しかしかといって反戦団体の活動にもなんとなく反発を感じてしまう主人公の普通さにかなり感情移入してしまいます。
政治的には無知で自分のスタンスが定まっていない彼が、事件を通しておのずと考えを深めざるを得なくなっていく成長が描かれていて面白かったです。
作中での設定がすでに老人が若者に昔の手記を読ませるというものなので、当時の時代背景などにまつわる注釈が大量に付されていて、令和の読者にもわかりやすくなってんのも良かった。
ただ、時代が時代だけにかもしれませんが恋愛描写が微妙にある割に薄味で、ここもうちょい膨らませて欲しかった気はしてしまいます。ときめきたい。